正しい告発、無意味な破滅
ロンドンでは、真実には二種類ある。
語る価値のあるものと、
語ったという事実だけが残るものだ。
ヴィヴィアン・ワイルドは、そのどちらもあまり好まなかった。
「真実なんて、裸の人間と同じですもの。愛しい人。誰もが見たがるくせに、いざ目の前に立たれると目のやり場に困るでしょう?」
その夜も、彼女の私邸には十人にも満たない客が集まっていた。
前の夜会より、いくらか明るい夜だった。
暖炉には火があり、銀器には曇りひとつなく、窓の向こうではロンドンの霧が街灯をぼんやりと食べている。
花瓶には白い薔薇。
菫はない。
ヴィヴィアンがそうしたのか、それとも使用人の偶然なのか。
誰も尋ねなかった。
そしてヴィヴィアンも、説明しなかった。
今夜の客人の中で、最も尊敬を集めていたのはサー・アーサー・ベルモントだった。
新聞が一度だけ「ロンドン紳士の良心」と呼び、本人はそれを笑って受け流した男である。
若い芸術家に金を出すことを趣味のように続け、妻と子供を連れて来る夜会では、誰もが彼の家族を「幸福」と呼んだ。
少なくとも、幸福というものを額縁に入れたなら、よく似た絵になるだろうと、ヴィヴィアンは思った。
だからこそ、彼女は彼を嫌いではなかった。
「ワイルド夫人は相変わらず手厳しい」
「褒めていますのよ」
「今のが?」
「ええ。嫌いな方には、もっと親切にしますもの」
アーサーはまた笑った。
その隣では、妻エレノアが困ったように微笑んでいる。
美しい女性だった。
若い頃にはさぞ多くの男を振り返らせただろうと思わせる面影が、今も静かに残っている。
その少し離れたところに、娘のベアトリス。
そして十九歳になる息子、ヘンリー。
幸福な家庭だった。
少なくとも、幸福というものを額縁に入れたなら、よく似た絵になるだろう。
ヴィヴィアンはそう思った。
だからこそ、その夜もう一人の客人――エヴリン・ハートが、ほとんど酒に口をつけていないことが気になった。
ヴィヴィアンはその呼び名を聞いたとき、
「良心に爵位が必要な時代になったのね」
と言った。
アーサー本人は笑った。
笑える男だった。
だから、ヴィヴィアンも嫌いではなかった。
その隣では、妻エレノアが困ったように微笑んでいる。
美しい女性だった。
若い頃にはさぞ多くの男を振り返らせただろうと思わせる面影が、今も静かに残っている。
その少し離れたところに、娘のベアトリス。
そして十九歳になる息子、ヘンリー。
幸福な家庭だった。
少なくとも、幸福というものを額縁に入れたなら、よく似た絵になるだろう。
ヴィヴィアンはそう思った。
だからこそ、その夜もう一人の客人――エヴリン・ハートが、ほとんど酒に口をつけていないことが気になった。
二十代半ば。
名家の出ではない。
だが聡明で、ある出版社で事務をしている。
ヴィヴィアンとは以前、詩人の朗読会で知り合った。
華やかな女性ではない。
それでも、言葉を口にする前に一度考える癖がある。
ヴィヴィアンはそういう人間を好んだ。
言葉を浪費しない者は、それだけで社交界では珍しい。
だが今夜のエヴリンは、言葉を節約しているのではなかった。
抱えている。
そんな顔をしていた。
「エヴリン」
ヴィヴィアンは隣に腰掛けた。
「秘密というものは、胸元を美しく見せる宝石ですけれど、あまり重いものを下げると姿勢が悪くなりましてよ」
エヴリンが顔を上げる。
「……そんなに分かりやすいでしょうか」
「いいえ。だから気づいたの」
ヴィヴィアンは微笑む。
「分かりやすい秘密ほど退屈なものはありませんもの」
エヴリンは笑わなかった。
代わりに、小さな革鞄へ手を置いた。
ヴィヴィアンの視線がそこへ落ちる。
「手紙があります」
「恋文?」
「そうだったら、どれほどよかったでしょう」
その答えで十分だった。
ヴィヴィアンの笑みが、ほんの少し薄くなる。
「誰の?」
エヴリンは答えない。
答える代わりに視線を向けた。
サー・アーサー・ベルモント。
暖炉のそばで、息子と談笑している。
ヴィヴィアンは何も言わなかった。
ただ、白い薔薇へ目を向けた。
整いすぎた花弁だった。
---
手紙は十四通あった。
夜会の途中、ヴィヴィアンはエヴリンと二人きりになった書斎で、それを読んだ。
宛先は若い女性だった。リディア・モリス。郊外に暮らす二十三歳。
差出人は、アーサー。
ヴィヴィアンは最後の一通を閉じた。
「本物?」
「筆跡は確認しました」
「まあ」
ヴィヴィアンは手紙を机に置く。
「嘘であれば、もう少し美しかったでしょうに」
エヴリンが眉を寄せる。
「公表するつもりです」
ヴィヴィアンは答えなかった。
「彼は慈善家として尊敬されています。家族を愛する立派な紳士として振る舞っている。でも裏では――」
「若い女性を愛した」
「妻を裏切ったんです」
「ええ」
「それだけですか?」
そこで初めて、ヴィヴィアンは彼女を見る。
「あなたは私に、何を言ってほしいの?」
「止めないんですか」
不思議な問いだった。
エヴリン自身も、口にしてから気づいたらしい。
「……すみません」
「いいのよ」
ヴィヴィアンは立ち上がった。
窓辺へ歩く。
霧の向こうで、馬車の灯りがぼんやり揺れている。
止めることはできる。
この手紙を暖炉へ投げればいい。
十四通なら、十分もかからない。
真実は灰になり、明日の朝には使用人が片づける。
エレノアは夫を愛したままでいられる。
ヘンリーは父を尊敬したままでいられる。
ベアトリスはベルモントという姓を恥じずに済む。
リディアという若い女性も、新聞に名前を晒されることはない。
そしてアーサーだけが、罪を抱えて生きる。
それは、とても美しい嘘だった。
ヴィヴィアンは暖炉を見る。
炎が揺れている。
「公表なさい」
エヴリンが目を見開いた。
「……いいんですか」
「なぜ私に許可を求めるの?」
「でも――」
「あなたの言っていることが事実なら」
ヴィヴィアンは静かに言った。
「あなたは正しいわ」
それ以上は言わなかった。
---
エヴリンが再びヴィヴィアンの邸を訪れたのは、それから二か月後だった。
痩せていた。以前より、ずっと。
ヴィヴィアンは紅茶を用意させた。
花瓶には白い薔薇があった。
まだ枯れていない。
アーサーはすでに社交界から消えていた。
エレノアは別居し、ベアトリスの婚約は破談になり、ヘンリーはテムズで引き上げられたあと、しばらく誰とも口を利かなかったという。
リディア・モリスの名前は、しばらくの間、新聞の片隅に残っていた。
誰も死ななかった。
それが、この一件に残された唯一の慈悲だった。
「私は」
エヴリンが言った。
「間違っていたのでしょうか」
ヴィヴィアンは紅茶を一口飲む。
「いいえ」
即答だった。
エヴリンが顔を上げる。
「あなたは正しかったわ」
「では、なぜ」
声が震える。
「どうして、こんなことになったんです」
ヴィヴィアンは答えなかった。
窓の外を見る。
ロンドンは今日も霧の中にある。
真実が明らかになる前も。
明らかになった後も。
街は何ひとつ変わらない。
「私はただ……」
エヴリンは両手を握った。
「正しいことをしたかった」
ヴィヴィアンは彼女を見る。
かつてなら、ここで皮肉を言っただろう。
正義について。
善人について。
あるいは、真実というものがどれほど趣味の悪い衣装を好むかについて。
けれど、言葉が出なかった。
前にも、こんなことがあった。
美しく整った死を前にして。
あの朝、ヴィヴィアンは一つの信仰を失った。
美は人を救わない。
そして今日、もう一つ失おうとしている。
真実もまた、人を救わない。
「エヴリン」
「はい」
「あなたは正しかった」
もう一度、そう言った。
今度は少しだけゆっくりと。
「だからこそ――」
そこで言葉を止める。
エヴリンが待っている。
ヴィヴィアンは白い薔薇を見る。
一枚の花弁が、音もなく卓上へ落ちた。
「……いいえ。何でもないわ」
その言葉を拾う者はいなかった。
---
エヴリンが帰ったあと、ヴィヴィアンは一人で窓辺に立った。
白い薔薇は、まだ美しかった。
アーサーのしたことは正しくない。
エヴリンの告発は間違っていない。
その二つは、どこまで考えても変わらなかった。
ならば、この破滅は誰の罪なのだろう。
答えはない。
あるいは、答えなど最初から必要とされていないのかもしれない。
ヴィヴィアンは落ちた花弁を拾う。
白かった。
汚れひとつない。
それが妙に腹立たしかった。
彼女は花弁を暖炉へ投げようとして――やめた。
窓を開ける。
冷たい霧が部屋へ忍び込んできた。
花弁を指先から離す。
白は一度だけ宙を舞い、
やがて霧の中へ消えた。
真実は明らかになった。
正しい者もいた。
間違った者もいた。
それでも誰一人、救われなかった。
あの夜へ戻ったとしても、ヴィヴィアンは同じ言葉を口にするだろう。
そのことが、何より彼女を憂鬱にした。
ヴィヴィアンは窓を閉める。
そして、その夜初めて思った。
美しいものが人を救わないのなら。
真実さえ人を救わないのなら。
人は一体、
何を信じて朝を待てばいいのだろう。




