表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んで生き直す無限ループ  作者: Putra Maulana
第1章 人類の7つの大罪
2/13

第1章 | パート2: 外国人の名前

ありがとう

「名前は?」


その声は澄んでいながらも、鋭く突き刺さるようだった。

カイトの唇から零れ落ちる一音一音が、頭の奥で反響する。


俺は黙り込む。答えたくないわけじゃない。ただ、その単純な問いが、心の奥深くを抉るように感じられたからだ。

――名前。

名前、か?


その言葉を噛みしめた瞬間、記憶が蘇る。



---


フラッシュバック


俺は一生、自分に“本当の名前”があった気がしなかった。

確かに、人々は俺を「ジロー」と呼んでいた。

だが、その名を呼ぶときの彼らの視線はいつも軽蔑に満ち、耳元では皮肉な囁きが響いていた。


俺はただの“ウィーブ”――そう呼ばれ、蔑まれる存在だった。

だが二次元の世界は、現実よりもはるかに温かかった。

漫画のページやアニメの画面の方が、他人の偽りの笑顔よりもずっと信用できた。


時々考える。

なぜ俺は“インドネシア人”として生まれてしまったのか、と。

政治に汚染され、民を苦しめ、弱者に居場所を与えない国。


十年前のあの日から、俺はすべてを失った。

両親――国会議員として忙しく、家にほとんど帰らなかった人々。

生まれた時から愛情など感じたことはなかった。

そして十五歳のとき、その報せが届いた。


汚職――一兆ルピア。

刑は、斬首による死刑。


その日、俺は“誰かの子供”ではなくなった。

ただの“汚職議員の息子”となり、すべての人が伝染病を避けるかのように俺から離れていった。


必死に立ち上がろうとした。

自分を証明するために、軍に入ろうとした。合格発表の掲示板には確かに俺の名が刻まれていた。

だが、喜びも束の間。見知らぬ者の名にすり替えられ、俺の名は赤線で消された。

賄賂。金。権力。


――もううんざりだった。この国には。


SNSに真実を晒そうか。世界にこの腐敗を叫ぼうか。

そう考えたこともあった。だが結局――誰も気にしないのだ。


俺はただの凡人。

現実を忘れるために朝も昼も夜も運動を繰り返し、働いて、働いて、いつか小さな家庭を築ければと夢を見ていた。

美しい妻に抱きしめられ、子供が笑い転げる居間で、慎ましくも温かな家。


――そう、俺は“感じすぎる人間”になんてなりたくなかった。

感受性が強ければ強いほど、世の中は敵意と嘲笑に満ちて見えるからだ。


これが、俺の人生だった。すべてが崩れる、その前までは。



---


異世界に戻って


「名前は?」


再び、その問いが耳に響いた。


カイトの顔が目の前にある。静かで、だがその瞳はまるで俺の心を覗き込むように深い。

迷い。恐れ。

俺はしばし答えをためらった。


そして、決めた。偽名を名乗ることに。

幼い頃、憧れていた人物の名前を借りて――。


「……ジロー・ホリコジ。」


力強く言い切ると、カイトは片眉を上げた。


「ホリコジ、か。珍しい名前だな。だが――その服装、変わっている。別の大陸から来たのか?」


反射的に答える。

「……俺はインドネシアから来た。」


「インドネシア?南方の大陸の一つか?」


俺は息を飲み、嘘を紡ぐ。

「インドネシアは――調和に満ちた国だ。人間しかいない。互いに助け合い、平和で、豊かで……腐敗のない公正な政府に守られている。」


唇が震えた。自分でも、そんな言葉が信じられなかった。


カイトはじっと俺を見つめ、ふっと笑う。

「……素晴らしいな。本当なら、の話だが。」


その青い瞳が、夜空そのもののように輝いた。

俺は一瞬、この世界に迷い込んだ事実すら忘れてしまう。


「ジロー。宿はないんだろう?」


俺は無言で頷く。


「なら、来い。俺は屋敷に住んでいる。“はぐれ者”たちと一緒に。お前ならきっと馴染めるはずだ。」


迷うことなく、俺は彼に従った。



---


屋敷への道


石畳の道を、ランタンの灯りに照らされながら歩く。

この街は美しくも、どこか冷たい。

王国風の建物は荘厳だが、行き交う人々の影には秘密めいたものが潜んでいた。


「ジロー。お前、本当に本が好きなんだな。さっきの漫画の見つめ方で分かった。」


俺は乾いた笑みを浮かべる。

「……まあ、そうだな。俺にとっては、現実よりフィクションの方がずっと理にかなってるんだ。」


「フィクションは面白い。」カイトはコートのポケットに手を入れたまま言う。

「なぜなら時に、フィクションの方が現実よりも正直だからだ。歴史だって物語に過ぎない。勝者が書き、敗者は忘れ去られる。」


「……哲学者みたいなことを言うな。」


「哲学者じゃない。」カイトは微笑んだ。

「ただの物語好きさ。」


俺たちは食べ物や言葉の違い、王国の政治の噂まで語り合った。

心地よかった。この世界に馴染める気がした――その瞬間までは。


不意に、俺は誰かにぶつかった。いや、正確には“女性の胸”に。


「っ!」


よろめいた俺の前に立つのは、一人の女性。

高く、優雅で、長い髪がランタンの光を浴びて輝く。

その唇が、冷ややかな笑みを形作った。


「……ふふ。こんな街に、スケベ坊やがいるなんてね。」


「なっ……!?」


彼女は俺を頭から足まで見下ろし、囁く。

「その柔らかそうな体……これなら、貫けそう。」


ぞくりと背筋が凍る。心臓が暴れる。

今まで出会ったどんな女とも違う。


やがて彼女の視線がカイトに移る。

「……あなたの瞳、とても綺麗ね。」


刹那、カイトが手を上げる。

見えない力が彼女を押し退けた。


だが、女は怒るどころか笑った。

胸元に手を差し入れ――十メートルもの巨大な針を引き抜いたのだ。


「なっ……!?」


細い身体のどこに、そんなものを隠していたのか。

そして彼女は、迷いなくカイトの腹に突き立てた。


「カイト!!」


血が溢れ、カイトが崩れ落ちる。

俺は震えながら叫ぶ。

「な、何をしてるんだ!?」


女は俺に冷酷な笑みを向ける。

「私こそが、あなたの物語の主人公よ。」


次の瞬間、その巨大な針が俺の頭を貫いた――。



---


Return by Death


闇。


すべてが消え去った。


そして目を開けたとき、俺は再び同じ場所に立っていた。

目の前には、変わらぬ表情のカイト。


「あなた……この街の人じゃないですね?」


――同じ言葉。


俺は膝をつき、震える手で地面を支えながら、必死に呼吸を整えた。


なぜ……?

なぜ俺は生きている?

あの女は誰だ?

人間か? それとももっと恐ろしい“何か”なのか?


疑問が、心を食い尽くしていった。


またね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ