第8話「揺らぐ剣先──異端の勇者」
神聖王都ミルザニア。その中心にそびえる大聖堂は、まるで空に手を伸ばすかのように尖塔を構え、神の威光を宿していた。
その奥深く、静謐な聖域に、レオニスはひとり座していた。
白磁の床に落ちる陽光が、彼の腕に刻まれた紋章を淡く照らしている。
「お前に、真実を告げねばならぬ」
重い扉の向こうから現れたのは、神官長ユステラ・レミウス。
王都の歴史を知る数少ない者であり、勇者の選定に立ち会った聖職者でもある。
「その紋章は……いにしえの“融合の印”」
「融合……?」
レオニスは言葉の意味をつかみかねていた。
「遥か昔、人と“魔”がまだ一つであった時代、稀に、両方の血を受け継ぐ者が現れた。その力は、神の祝福か、あるいは呪いか……人はそれを恐れ、歴史から葬り去った」
ユステラの言葉に、レオニスの背筋が冷たくなった。
「まさか、俺が……魔族の血を?」
「その可能性は否定できぬ。だが、それゆえに選ばれたのだ。神託が降りた理由も……恐らくはそこにある」
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その夜、レオニスは眠れずにいた。
部屋の窓辺に立ち、遠く夜空を見上げる。
星は静かに瞬き、何も答えをくれない。
扉が軽く叩かれた。
「……レオ? 起きてるか?」
フィンの声だった。
レオニスは黙ってうなずき、フィンを中へ招いた。
「なんだよ、顔に出すタイプかと思ってたけど、そんな顔初めて見るな」
「……なあ、フィン。もし俺が、“魔族の力”を持ってたとしたら……お前は、どうする?」
問いは重かった。だが、フィンは少しもたじろがなかった。
「だから何だよ。それがどうした? お前が人を守ろうとしてるってことは、変わらねぇだろ?」
「でも……」
「でももくそもあるか。お前が勇者なのは、力を持ってるからじゃない。どんな力でも、“どう使うか”を選べるからだろ?」
レオニスは目を伏せた。
「……ありがとう」
ほんのわずかに、肩の重みが軽くなった気がした。
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その頃、王都の評議の間では、レオニスに関する“噂”が密かに交わされていた。
「勇者の力には、“魔”の痕跡があるそうですな……」
「いかに神託があれど、異端を担がねばならぬとは……陛下のお気持ちはいかがか」
「……あの少年が“光”か“闇”か、それは今後の導き次第だろう」
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そして、同じく地の底《黒曜の円卓》でも、レオニスという名が取り沙汰されていた。
「奴は、異常な適応性を持っている。まるで我らの術を理解しているかのように」
「あるいは……“交じり”なのではないか?」
「ほう……ならばいっそ、“迎え入れる”ことも選択肢かもしれぬな」
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世界が揺らぎはじめていた。
勇者を称える声と、勇者を恐れる声が交錯する中で、レオニスは決意を新たにする。
「それでも、俺は戦う。この力がどこから来たものであろうと」
その目に宿ったのは、迷いを断つ光だった。
(この剣が、“争い”ではなく“終焉”をもたらすためのものだと証明してみせる)
物語は、さらに深く混迷の闇へと踏み込んでいく――