第7話「勇者のいわれ〜神話と現実のはざまで〜」
王都ミルザニアは、勇者レオニス・ヴェルトの初陣成功を祝う祭典で沸き返っていた。
「光の剣を持つ勇者が現れた」と、民衆は歓喜の声をあげ、その名を口々に称えた。
神官たちが高らかに祝詞を唱え、貴族たちは杯を掲げ、街は熱狂に包まれている。
だが、その華やかな場の裏側では、冷ややかな目を光らせる者たちもいた。
神殿の内陣にて、数人の高位神官がひそかに集い、静かな議論を交わしていた。
「紋章の輝きは本当に神の啓示か?」
一人が低く呟く。
「真実などどうでもよい。民の希望がそれを神話に変えたのだ」
彼らの言葉は、祭典の喧騒とは対照的に重く響いた。
その頃、レオニスの私室に幼馴染のフィン・グレイアードが訪れていた。
「選定の儀の裏話を知っているか?」
フィンは静かに語り始める。
「お前が“選ばれし者”と呼ばれるのは、単なる偶然かもしれない。だが民はお前に希望を見ている」
レオニスはその言葉に耳を傾けながらも、心の奥に揺らぎを感じていた。
『自分は本当に選ばれたのだろうか――この戦いを終わらせる力が本当にあるのか?』
幼い頃、魔族によって家族を失った悲しみと怒りは、彼の胸に深く刻まれている。
だが、勇者として神話化される自分と、現実の自分の間には大きな溝があった。
ある夜、神殿の古文書庫では知る者が一冊の古書を開いていた。
「この紋章は、特定の血統に現れる遺伝子由来の印……神託とは別の自然現象の可能性がある」
彼は慎重にページをめくりながら呟く。
「真実はいつも一つではない。伝説は真実の一面に過ぎないのだ」
星空の下、レオニスとフィンは静かに語り合った。
「お前は英雄じゃなくてもいい。自分らしくあればいいんだ」
フィンの言葉に、レオニスはわずかに微笑みながら応えた。
「それでも、この剣を振るって戦うしかない。家族のために、そして争いを終わらせるために」
遠く影から、誰かがその姿を見守っていた。
「光の勇者が現れた。しかし、真実の光は別にあるかもしれぬ」
謎の声が闇に溶けていく。