第4話「沈黙の殿堂」
──魔族評議会《黒曜の円卓》にて
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地の底深く、紅蓮の熔岩が仄かに灯る巨大な円形の空間。
ここは《黒曜の円卓》――魔族たちの議政の場である。
十二の玉座に座すのは、古より各氏族を束ねてきた長たち。
中央に立つのは《黒翼の参謀》ラトス・ノヴァ。
その片手には、戦場報告の石版が握られていた。
「……西方ザレムにて発生した戦闘について、報告する」
場の空気がぴんと張り詰める。
「ザル族の戦士、カイ=ザルヴァが人間の“勇者”――レオニス・ヴェルトによって討たれた。
これにより、人間側は“光の剣”の威光を世に示すこととなった」
報告を終えると同時に、低く重たい沈黙が議場に落ちる。
その静寂を破ったのは、強硬派の族長、《焼鉄のグラン・ヴァルド》だった。
「……共存派の末裔を前線に立たせた結果がこれか。ザル族は我らの中でも古く誇り高い血筋。
その若き柱を人間に奪われたこと、看過はできぬ」
「カイは……」と、口を開いたのは若き知者、《霧角のヴェリカ》だった。
彼は中立派の筆頭であり、魔族の歴史と未来の両方に目を向ける者だった。
「確認した者は誰もいない。遺体もない。
それなのに、“勇者に討たれた”と断定し、神格化するのはあまりにも早計ではないか?」
「お前は何が言いたい?」
グランが怒気を孕んだ声で問い返す。
「私は――彼が“利用された”のではないかと疑っている。
ラトス殿、あなたの報告には“真実”がどれほど含まれているのか?」
一瞬、会場がざわついた。
ラトスは表情一つ変えず、ただ冷ややかに答えた。
「真実とは、誰にとってのものだ?
我らが求めるのは、正確な事実ではなく、“必要な象徴”だ。
勇者に討たれたという物語は、カイの死を最大限に価値あるものにする」
「彼が生きていたとしても、だな?」
ヴェリカの声が鋭くなった。
「生きていてなお、語ることも戻ることも許されず、死者として扱われると?」
「感傷で未来は築けぬ」
ラトスが石版を静かに机に置いた。
「勇者・レオニス・ヴェルトの名は、今や人間たちの神話となりつつある。
我らもそれに応える“象徴”が必要なのだ。
カイの死は、それにふさわしい」
議場が再び静まり返った。
沈黙は同意か、諦念か、それとも恐れか――誰にも分からない。
***
議会の後、ヴェリカは一人、黒曜の回廊に立っていた。
熔岩の川が静かに流れる音が、遠くから聞こえてくる。
(……カイ、お前がまだ生きているのなら)
(もしこの戦争が、憎しみと物語だけで作られた虚構なのだとしたら――)
彼はそっと胸元の小さな古文書を握りしめた。
それはザル族に伝わる「人間と魔族は同祖である」という失われた書だった。