観覧車の卒業式
「あの観覧車、なくなっちゃうんだって」
晩ごはんを食べ終えて席から立ちあがろうとした俺はその言葉に動きを止めた。
「……どこの観覧車?」
下を向いてご飯を食べていた母は反応があったことに驚いたようにこちらを見る。
「あ、あの、近所の公園の。昔よく行ってたでしょ」
「ああ……」
「日曜日、明日が最後になるんだって。お母さんといっしょに、行かない?」
「……考えとく」
机の上の携帯電話を手に取って立ち上がる。
母の「うん……」と言う小さな声を聞きながら、俺はリビングの扉を閉めた。
自分の部屋に戻ってひとつ息を吐く。
久しぶりに母親と会話をした気がする。
高校生になって反抗期と言うのか何と言うのか。母と話すのが面倒くさくなった。話すことも特にないし。
部屋の窓から外を見ると置物のような観覧車が小さく見える。
最後に乗ったのっていつだっけ?
思い出そうとしたけれど、頭の中には何も浮かばなかった。
次の日。
俺は母親と一緒に観覧車の前にいた。
仕方がない。あんな目で見られたら誰だって心が揺らぐというものだ。
観覧車の前には色んな人がいた。
おじいさんとおばあさん。小さな子どもを連れた夫婦。一人で来ているおじさんもいた。
長い列に並びながら観覧車を見上げる。
そんなに大きなものじゃない。
快晴と呼ぶにふさわしい空をピンクや水色や黄色。カラフルなゴンドラがくるくると忙しそうに回っている。
この観覧車がこんなに動いているの、初めて見たかもしれない。
1回300円。
嬉しそうにニコニコ笑っているスタッフのおじさんに料金を手渡して、2人でゴンドラに乗り込む。
扉が閉まる。
ゆっくりとゆっくりと回っていく。
俺と母は黙って外を眺める。
……気まずい。相変わらず話すことないし。
観覧車はあっという間にてっぺんに着いた。
母がぼそりと言う。
「お母さんね、観覧車がある町だから、ここを選んだのよ」
俺は母を見た。
母の顔がこちらを向く。
そのまま嬉しそうに笑った。
「いっしょに乗ってくれてありがとう」
どうしてだろう。
胸が締め付けられた。
俺はたまらなくなって窓の外に顔をそらした。
「こんなことで大げさなんだよ」
母はただ「そうね」と言った。
窓の下の世界。途切れることのない列が見える。
長くこの町にあった観覧車はたくさんの思い出を抱えていたのだろう。
快晴の空をゴンドラが回る。
たくさんの「さようなら」を乗せて。
今日は卒業式。
明日からこの町は母の好きな観覧車がある町じゃなくなる。