三話
狼の吼えるような声もこの音には競り負けている。
「へっ?」
《聞こえるか?!あと少しだと言っただろう?》
着いた先は大きな滝だった。水量はそこまで多くないものの、十分過ぎる豊かさと清廉さを秘めていた。
滝から散じた水滴が滝の回りに繁茂している木々を濡らし土を湿らせ豊かな芽吹きがそこかしこに見受けられる。
「本場のマイナスイオンだわ。お肌が卵みたいになっちゃうかも。」
樹代は口をぽっかり開けながら周りを見回して感嘆の声をあげる。
「ねね、狼さん。ここは貴方の住みか??」
滝の音に負けないように狼の耳に顔を近づけて聞いてみる。
狼は器用に壁から突出した岩を踏み台にして滝の裏側へとゆっくり回ろうとしていた。
答える素振りを見せない狼を気にせずに樹代は滝に手をのばしす。
「冷たい…」
上流から落ちくる水が樹代の手を強かに打ち付ける。顔や服に水飛沫が返るのも気にせずそれを楽しんだ。
不思議だ。
気づいたら先程まで酷使していた身体と精神の疲れが薄れている。
呼吸をするたびに涼やかで清廉な空気が樹代の体を巡り、内から浄化しているような感覚だった。
深緑や土の湿る匂い。川の周りに聞くさざめきやそれに乗ってくる風の冷たさを体全体で感じ取りながら樹代は深呼吸をする。
「空気が美味しいってこういうことを言うのね」
狼の背に揺すられながらついた先は滝の裏側。
薄暗く滝の水滴のせいか少しばかり湿度が気になる洞窟だ。
大きな体の狼でさえも軽々と呑み込める洞窟の入り口は、彼女の好奇心を十二分に刺激して早々に狼の背から飛び降りて探険したいという欲求に火をつけた。
「すご〜。洞窟なんて初めて!狼さんはここに住んでいるのね?!」
狼が返答することを半ば期待せずに発した再度の質問。
《…そうだ。ここは神聖な我が聖域。》
今度はしっかりとした返事が返ってきた。
「へ〜。奥には何があるの??」
《水鏡と剣が置いてある》
水鏡と剣?!
まるでファンタジーだ!!
「狼さんは此処に1人で住んでいるの??……。」
あっ。
人語を喋るからついつい人間用の助数詞を使ってしまった。
《違う。まだいる。》
えっ。まだいらっしゃるので?!
「誰がいるの?」
《大巫女だ。》
「オオミコ?」
《そうだ。もう枯れてしわしわだがね。》
オオミコ?枯れてシワシワ?
「ね、オオミコってなぁに?」
首を傾げる樹代に狼は答える。
《巫女だ。神に仕え、神託など承ける人間をいう。知らないのか?》
「あぁ!!巫女さんなのね?!しわしわってお婆さん?!」
《そうだな。百年少し前からこの洞窟で祷りを挙げている。そろそろ代替わりの時期ではあるな。
だが、主。岩波に婆など言うでないぞ?》
「百年?!もう完璧超後期高齢者じゃない?!」
《超こうき……なんだって?》
「超後期高齢者よ。」
《………。あやつは年齢に敏感だからな。あまり刺激するようなことは口にするな。》
今絶対にわからないからスルーしたわ。
「わかった。ていうか初対面の人にそんな不躾な質問しないわよ。岩波ってその巫女さんの名前?」
《そうだ。皆は岩波姫という。……少し黙っていたほうが良い。舌を噛むぞ。》
そう言うと狼は暗い洞窟をもろともしない動作で高い段差に飛び乗ろうと背を屈め、足の筋肉に一瞬、力を溜める。
樹世はそれに気付き、口を閉じ、振り落とされないように狼の首に腕を回した。
瞬時の浮遊感。
衝動はさほど強くなく着地は余裕を持ったものだった。
森からの道中の受けた衝撃から比べて今の衝撃は屁でもない。
あの時は強張って体に余分な力を入れていたために狼との体動にタイミングを合わせられていなかったのかもとふと思う。
《岩波。連れてきたぞ。》
狼の歩みが止まり、樹世は顔を上げた。
えっ。
読み返したらあまりに酷くて所々修正致しました。
まだまだ半熟な作者ではありますが、今度ともよろしくお願いいたします。