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第六話

 今回の仕事は少し特別だった。本来、代表作業を終え、依頼者に提出する前に内容を確認し、その後さらに依頼者が内容を確認して受取手に郵送する。

 代筆者自らが受け取り相手のもとに向かうだなんてことは人生で最初で最後だろう。

 義娘もついて来ると言い出すとは思わなかった。

 だからこそ聞く。

「本当に私の手紙でよかったのですか?」

 素朴な疑問だった。

「Mr.ハイデガーでなくてはならなかったのです」

「それならよかったんですが」

「ハヌッセンのことを知っているのはあなたぐらいですから、義娘さんもご立派になられて」

「今でも悔やんでいます。あの日のことを思い出すと、どうしても涙が。どうして自分だけと」

 私が代筆したハヌッセンの恋人の手紙をハヌッセンの墓の前に置く。

 あの日、自分だけが助かった。

 目を瞑ると今でも思い出す。

 きっとどんな人でも人間は辛い過去は覚えているものだ。鮮明に。

 あの孤島の戦場の洞窟の中で自分だけが呼び出された。

「エリック一等兵! 軍部から帰還要請が出ている。直ちに帰還し、戦況を報告せよ。とのことだ」

 あの絶海の孤島に連絡する手段はその当時二つ。

 一つは通信機を使うこと、そしてもう一つは味方の航空機から手紙を投下すること。

 もはや通信機はあてにさえならなかった当時、一機の飛行機が島に着陸した。物資の輸送で来たその輸送機から降りてきた軍人は私を指名し本国に戻るように命令した。

 俺を呼び戻したのが誰だったのかそれは言えない。

 戦場で戦い、あの孤島でハヌッセンと共に命を失うべきだったのか、それとも生き残りこうして郵便会社の代筆担当の仕事を行っている私は今もわからないでいる。

 

 ボロボロになった軍服で輸送機に乗り味方を置いて本国に帰還した俺は輸送機内で気を失った。

 気がついたら、そこは病院だった。

 足と腕と体と頭に包帯が巻かれた私はベッドから動けずにいた。

 そこに軍服を着た軍人と軍属の書記官が入って来た。

 彼は私に前線の戦況を報告するようにと告げた。

 その後、なんら人間らしい会話をすることもなく、ただ俺の戦場だった孤島の状況を報告し続けた。

 報告を終えると軍人と書記官は病室から立ち去ろうとした。私はそれを呼び止めた。

「あの、私を呼び戻したのは誰なんですか? 戦況を報告するのであれば他の人でもよかったはずです」

「そのお方の名前は言うことは許されん」

 強めの口調でそう言い残して彼は再び壊れて動かなくなった懐中時計を置いて病室を出て行った。

 俺はその時、誰が呼び戻したのかを悟り窓の外を涙を流して見ていた。

 空は晴れ渡り、雲ひとつない空を見て生き残ったという安堵と残して来た仲間達への懺悔は今も言葉にも文章にもできない。


 あの人は戦犯として裁かれることになるだろう。

 

 命をかけて守り抜こうとした祖国の国民からあの負け方はなんだ、情けのない負け方だと批判されながら。

 命を散らしていくのだろう。

 きっと絞首刑になるのだろう。

 俺は病院のベッドから窓の外を見てそう思っていた。

 そして実際にそうなった。

 だからこそ私は今ここでこうやって郵便と代筆の仕事をしている。

「義父さん、行きましょう」

 ハヌッセンの墓の前で義理の娘に声をかけられ私は答える。

「そうだな」

 私は立ち上がり、娘に声をかける。

「そろそろ、俺も引退しようかと思ってるんだ。最近、手が震えてね。もう代筆はできなさそうだ」

「まだ現役でいて欲しいと思うのは私のわがままでしょうか?」

 私はもう代筆という仕事からは引退の時期だろう。ハイデガーポストオフィス社の経営に全ての時間を使うことになるだろう。

「私はまだ未熟な代筆屋です。それに経営に関してならほかに有能な人材がいるでしょう」

「そうだったな、じゃぁ少しだけ。もう少しだけこの仕事を続けることにしようかな」

 個人的にはもう引退し彼女に代筆部門の後を継いでほしいのだが、彼女はそれを望んではいないようだ。

「今夜はシチューにしましょう」

「ああ、そうしよう。さぁ帰ろうか」

 義娘は私を引き留める。

「待って。エリック義父さんに渡さないといけないものがあります。これを」

 そう言い義娘は私に手紙を渡してきた。

 私に手紙を書く人間なんているのか?

 そう思い封を開ける。いったい誰が私に手紙を書いたのだろう?

「これは、この手紙は・・・」

 そうかい。あの人かい。生きていたのですか。

「この手紙を読んで決めた。やっぱり、私は引退することにするよ」

 生き残されてしまった私は彼にどんな顔をして会えばよいのだろう。

 感謝の言葉を伝えたらいいのだろうか、それともなぜあの時仲間達と一緒に戦わせてくれなかったのだと怒り激怒し胸ぐらを掴めばいいのだろうか。

「さぁ、かえろうか」

「えぇ、帰りましょう義父さん」

 どんな顔をして話したらいいのだろう。

 この手紙に、どう返したらいいのだろう。

 今まで数えられないほどの代筆を行ってきたが、私はこの手紙の返事を自分で書くことはできないだろう。

 自分の気持ちを彼に素直に伝えることも伝えるための手紙も書けそうもない私は未熟な代筆屋の一人に過ぎなかったのだ。


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