第五話
私の執務室の扉の部屋がノックされた。
おそらく代筆の仕事の依頼だろう。そうでもなければ別の雑務か。
私はお入りくださいと言った。
「Mr.ハイデガー。代筆の依頼です」
扉の向こう側から声をかけられて、私はそれに応える。
「どうぞ」
中へ入って来たのは女性が2人だ。
軽く挨拶をした後で私は依頼人の女性に聞く。
正直少し驚いた。彼女はまさか。
「一応、聞いておきたいんですが、私で良いのですか? 女性の代筆者ではなく男の私で良いのですか?」
女性の手紙を代筆するのは気が引ける。渡す相手がどんな方なのか。女性の気持ちを汲み取って、それを文章にできるのだろうか。
「あなたも前の戦争で前線で戦われたと聞いています。私がこれから手紙を送る相手も前線に行ったきり帰って来ていません。あなたならあなたならこれから手紙を受け取る彼の気持ちがわかるのではないかと思いまして」
そう言われては期待に応えなければならない。
「それは期待に応えないといけないですね。でも私は前線で戦った経験があると言っても、あなたの大切な手紙の受け取り手ではないので受け取った方がどう思われるか、そこまでは保証しかねます」
「それは、そうですが」
彼女は肩を落とす。そんな彼女に続けて尋ねる。
「保証はできませんが、全力を尽くしましょう。それでよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
「それではそちらの椅子にどうぞ」
彼女は顔を明るくし。もう一人の従業員女性は部屋を出て行った。
部屋の中に据えられた振り子式の柱時計が、ボーン、ボーンと午後二時を告げるように音を鳴らす。
部屋にあるものは机、紙、タイプライター、柱時計、椅子、懐中時計。それに万年筆とインクとプロッター。
大きいとは言えないが小さいとも言えない部屋の中に物といえばそれくらいしか置かれていない。
「さぁ、話を始めましょうか」
「よろしくお願いします」
彼女は何を話してくれるのだろうか。彼女は何を話すのだろうか。彼女は何を言葉にするのだろうか。彼女は何を伝えるのだろうか。
私が彼女の手紙を書いたとして、それを受け取った彼女の恋人は喜ぶのだろうか?
私にはわからない。知るすべもない。
「それで、あなたのお名前は?」
女性のお名前をお聞きし、私はその仕事は特別な物になると思った。