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第三話

 場所は軍隊のいない片田舎。

 ロングスカート、長い髪を靡かせた女性が道の向こうから女性が歩いてくる。

 人気のない道路。片田舎の自然しかない地域の中。

 大きな鞄に仕事道具でも入っているのだろう。

 彼女は大切そうに鞄を持ってくる。

 長年クソ仕事をやって来た俺だが、人の心がないわけではない。

 伝えなければならない言葉がある。

 彼女はハイデガー。Ms.ハイデガーと言われる。

 国指定の国営郵便会社の子会社であるハイデガーポストオフィスの職員だ。

 現在は代筆の仕事を行っているらしい。

 この国の識字率はそんなに高くはない。

「秘密保持契約を結んでもらう。サインしてくれるかな?」

「内容によります」

「そうか、では契約書を見てくれ」

「確認します。あの、なんとお呼びすれば?」

 確かに俺のことをなんと呼ぶべきなのかなんと読んでもらうべきなのかそれさえ俺はわからない。

「適当に決めてくれ」

 彼女は少しだけ悩んでいる。そして一言。

「では救国の英雄と」

「お断りする。別の呼び方にしてくれ」

「それ以外に呼び方が思いつきません父さん」

「父親らしいこともしてやれなかったのにまだそんな呼び方をしてくれるのか」

 仕事道具の入っているであろうバッグを落として抱きついてくる実の娘は泣いている。

 散々泣いてお父さんと嗚咽を漏らしながら叫んだお父さんは俺の心に響きすぎる。

「落ち着いたら、手紙を書いてもらえるかなMr.ハイデガー」

「はい」

 泣きながら、涙を流しながら娘は答えてくれた。

 しばらく泣きじゃくり目を赤くした私の娘はだんだんと落ち着きを取り戻した。

「どんな手紙にしましょう」

「懺悔の手紙だ。何人もの若い命を失わせた男の後悔と懺悔の手紙だ」

「父さんが後悔する必要なんてない。父さんはよく戦ってくれたと聞いています」

「何もできなかった無能だよ」

「そんなことない!」

 そう言ってまた泣き始めてしまった。

「落ち着くまで少し外を歩こうか」

 そう言い、私は娘を連れ出し散歩に出かける。

「綺麗な場所だろ? 自然豊かで心が落ち着く」

 家の外には自然豊かな緑の多い林と田畑が広がっている。

 少し歩いたところには湖がある。療養地としては十分な環境だ。だが、療養と言っても最早隠居というべき年齢だろう。最早、余生を過ごしているといっても過言ではない。

「病気はいいのですか?」

 心配してくれているのだろう。それとも単なる世間話だろうか。世間話であってほしいとも思ってしまう。心配してくれるほど彼女と一緒に年月を過ごしていないのだから。

「まだ完全には治っていない。でもまぁ、この年だ治る前に寿命が来るだろう」

「病気も治っていないのに出歩いて大丈夫なんですか?」

「病気だからこうやって自然の多いところに居るんだ。心が安らぐ」

「それならいいんですが」

 娘は少しよそよそしい。当たり前と言えば当たり前だ。何せ子供の頃に親の都合で養子に出た。つまり完全に私の都合だ。

 歩きながら会話していると湖が見えて来た。

「彼は元気にしているか?」

「義父さんは元気すぎるぐらい仕事していです」

「そうか、それなら良かった」

 まさか彼が私の娘を養女にしてくれるとは思わなかった。

「父さんの救った命のうちの1人です」

「大したことはしていない。いや、大したこともできなかった」

「彼にMr.ハイデガーに会わないんですか?」

「少なくとも合わせる顔はない」

 そう言うと娘は悲しそうな顔をする。きっと私も同じ顔をしているのだろう。彼はもう私がこの世にいないと思っているはずだ。

「彼には私だと伝えないで欲しい。差出人の名前は大戦で生き残された愚かな指揮官とでもしておいてくれ」

 そうでなければ困る。私はもう死んだことになっている人間なのだから。あの戦争で敗戦し、戦犯として処刑された指揮官。我ながら、なかなかの肩書ではあることは間違いない。

「こちらでごまかしておきます」

「そうしてくれると助かるよ。しばらく散歩して戻ろう。そしたら代筆を頼むよ。ただ、うまくこの感情を表現できるかわからないけれど」

「それを文章にするのが私の仕事です」

 彼女なりの仕事に対する姿勢なのか。それともそういう仕事なのか。

「そうかい」

 我が娘ながら立派に育ってくれたものだ。とは言っても彼女が背徴するまでの間、近くにいたのは私ではない。親として子の成長を傍で見てやれなかったことは、私の人生の後悔の一つでもある。

「仕事はうまくいっているのか?」

「まずまずといったところです。上手くいっている時もあれば上手くいかないこともあります」

「そうかい。私の案件の後はどういう仕事に行くんだい?」

「秘密保持の関係から言うことはできないのですが、軍人から代筆を依頼されています」

 ずいぶん懐かしいもんだ。私も代筆を依頼したことがある。

 結局、自分が命を失った時に家族へ届くはずだった手紙は無駄になったのか無駄になっていないのかわからない。私は少なくとももう死んだことになっている。

「そうか。昔も今も軍には代筆屋がいるのか」

「えぇ、必要な仕事ですから」

「それじゃあ戻ろうか。代筆をお願いする」

「えぇ、父さんが先の戦争で伝えなければならなかったことを伝えるために私はここにきたんです」

 過去に父が伝えられなかったことを今の人達に伝えなければならない。

 それが代筆屋としてできることで娘としてできることでもあるからだ。


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