第一話
軍の基地の中で重火器の整備の音がする。
ガチャガチャガチャガチャと音が部屋の中でする。
一つ一つ部品をはめ込んでいく音だ。
ただの単純作業、面白みもなければ考える余地もない。
そこにあるのはただの空虚。
作業を行う者、その人物はただ部品をはめ込むだけの機械と化す。
だがそれは心に平穏をもたらす。
「こういう単純な作業をやってると心が落ち着きますよね」
作業台に向かって座る私の向かい側に居る男に向かって話しかけた。
「そうか? 俺はこんなにつまんない単純作業なんかやってられないって思うけど」
全く意見の合わない解答が返ってきたことに驚きはない。
そういう考えの人もいるということだ。
続けて彼は言う。
「まぁ、やらないといけない作業だし、別にこの作業やってるからって命に危険はないわけだ。むしろ安全、この作業のおかげで他の兵士達は戦えるわけだ」
確かにその通りだ。
僕達兵士の仕事は戦うこと、殺しあうことだ。
ただし、あくまでも基本的にはの話しだ。
こうやって弾倉に弾を詰めるというのも僕たち兵士の仕事の一つ、整備兵の僕の仕事は車両の修理や兵装の整備、他にもいろいろある。
もちろん、兵科によって作業は様々だが、銃弾の装填は他の兵科の人と一緒にやることもある。
何せ今のご時世は。
「それにしても、平和ですねー」
「平和だなー」
そう、戦争なんて起こっていないのだ。この国とその周辺諸国は平和なのだ。
年がら年中睨み合いをきかせてドンパチやりそうな国は世の中には存在するが、少なくとも 今、この国とその周辺諸国一帯は戦争をしていない。
戦争が起こっているのは遠くの小国ぐらいだ。
戦争が起こっていない理由は簡単だ。
実のところ最後に我が国が戦争を行ったのはつい最近である。
つい最近といっても俺が産まれる前の話だ。20年は経っていないかも知れない。
初等教育の教科書にも書かれているくらい大きな戦いだったようで今の時代にもその爪痕が残っている地域もある。
そんな戦争から学んだのか、国の指導者たちは戦争を行おうとしていない。
「俺たちが日陰ものだから、国が平和でいられる」
「それを言うなら、平和だから僕達は日陰者でいられる。の間違いじゃないですか?」
「どっちでもいいだろ? 平和なんだし」
「まぁ、確かにその通りですね」
「士官学校でも言われましたしね。君達が日陰者であるから平和である。誇りを持ってくれって」
「卒業式の時のお偉いさんのスピーチだよな? 覚えてる」
「そうそう、あのスピーチです。今は平和だし、訓練が仕事みたいな状態ですけど、僕達だって、いつ戦いが起こるのかわからないんですから。卒業はしたもののまだ軍人一年生です。正式に配属先が決まるのはまだまだ先ですけど、今のうちに覚えること覚えておかないと」
「そういうお前こそ、今のうちに覚えること覚えておかないとって言っておきながら、時計の修理なんて隠れてやってる暇あんのかよ?」
「あれは祖父の形見ですから、空いている時間で修理しているんです」
「時計の修理なんて技術、どこで手に入れたんだよ?」
「祖父が時計職人なんです」
「爺さんが時計職人だから時計の修理技術持ってるんてあり得るのかよ?」
「子供のころ工房に入り浸って、隣で修理を手伝ったり見たりしていたんです」
そんなやりとりをしている僕達は人が近寄ってきていたことに気が付きさえしなかった。
「平和で君達や私が日陰者でいられるから、君達はそうやって無駄口を叩きながら作業ができると言うわけだな」
会話をしながら弾丸を装填する僕達は近くに人がいることに気が付かなかった。
俺達は即座に立ち上がり敬礼をする。
上官がこんな場所に来るとは思いもしなかった。
これは間違いなく。
罰直だろう。
罰直、上官が軍師精神注入棒を使い部下をボコボコにブン殴り入院したなんて言う出来事も過去にはあったらしい。
腕が千切れるまで腕立て伏せでもやらされるかもしれない。
「腕立て伏せだ」
やはり言われた。
「銃弾の装填が終わったら二人とも腕立て伏せをするように」
「はい!」
命じられるがままに銃弾の装填を再開する。
何回、いや何十回腕立て伏せさせられるのだろう。
「それでは私は次の予定があるから失礼する」
そう言い残し上官は去って行った。
背筋を正して立っていた僕たちは上官が立ち去った直後、気が抜けたように椅子に座る。
「腕立て伏せだと」
「そうみたいですね。腕が引きちぎれるまでやらされるんじゃないでしょうか」
「お前が無駄話なんてやってるからだぞ」
「それはお互い様です」
「それもそうだ。まぁどうせこの仕事やってたら、数え切れないくらい腕立てなんかやるんだ。今回の腕立てだって軍人から見たら日常茶飯事、誤差みたいなもんだ」
「そうですね」
力なくそう言い、僕達は座り直す。
2人で無言の装填作業を続ける。
いくら日常茶飯事とはいえ、気が重いのは当然だ。
目の前にいるハヌッセンはどう思っているか知らないが。
いや、彼のことだ。内心では喜んでいるのかもしれない。
何せ彼は前線に出るつもりでここにいる。
僕の場合は整備、工作と言った兵科、分野だが彼は違う。
もちろん、前線に出る彼らとともに最前線へ行く事だってあるだろう。
でもまさか、彼と研修地まで同じだとは思わなかった。
彼との付き合いは士官学校時代からになる。
「そう言えば、エリックって家族に遺言とか手紙とかって書いてないのか?」
と、唐突に聞かれた。
「いきなり何言ってるんですか?」
「家族とは時々手紙をやり取りしてます。それにもちろん、遺言も書き終えてます」
「意外だな、もう書いたのか。俺はまだ書いてない。どんな内容にしたんだ?」
などと聞いて来た。
家族への遺言だ。何で教えないといけないんだ。
「何で教えないといけないんですか?」
「それが実はまだ書いてないんだよ。いざ書かないといけないってなると、何を書いたらいいのかわからなくなってさ。お前はどうなんだよ? 書くのに悩まなかったのか?」
そういうことか。
家族にどんな遺言を書くのか悩む。
僕も悩んだ。軍人の通過儀礼であり。悩むのはよくあることだ。
「よくある話ですね。他の方も悩んで書いてましたし。自分で書こうとして書けない人は代筆屋に依頼してますよ」
そうアドバイスした僕自身も、代筆屋を使おうか悩んだものだ。
「代筆屋ってなんか抵抗あるんだよな。自分で書くわけじゃないし。それにわざわざ休暇取って代筆屋にまで行かないといけないし」
「ここの基地にも代筆屋さんいますよ」
「え?! 居るのか? ここは基地だぞ。民間の人間が入れるわけないだろ。それとも軍属の代筆屋でも居るのかよ?」
ハヌッセンは知らなかったようだ。
この基地には代筆屋がいる。
それなりに腕の良いと言われる代筆屋が居るのだ。
「軍属ではないですが、国営の郵便会社があるでしょう」
「あぁ、国営の、それで基地にも代筆屋が居るのか」
納得したように彼は言った。
それもそうだ。民間の代筆屋が基地に入れるわけはない。
基地は国防の機密情報だらけだからだ。
軍事にまつわる情報が他者へ、敵国へ漏洩することを国は嫌う。当然のことだ。
もちろん、この基地で働く代筆屋や郵便会社職員は身元をしっかりと調べられたうえで働いている。
この基地で働く代筆屋の彼女の仕事の評判はそれなりに良いらしい。
「国営ですし。ここで働いている郵便会社の社員さんは秘密保持義務がありますから、依頼するのもいいと思いますよ。代筆する社員さんは綺麗な若い女性って噂です」
「それは聞き逃せない情報だなっ! 男ばかりの基地の中の心の癒しだ」
どうせハヌッセンのことだ。どんな女性なのだろうとでも思っているのだろう。
そうアドバイスをした僕とハヌッセンは、装填作業を終え、腕立て伏せへと向かった。




