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 そのころの私はと言えば、出雲のヤンデレメンヘラぶりに頭を悩ませるのと同時に、喫緊の問題に直面していた。


 正確にはその問題は出雲のヤンデレメンヘラぶり問題に内包されているものであったから、それらとまったく無関係な悩みというわけではないのだが……。


 とにかく、差し迫った明確な問題が存在していたことはたしか。


「ねえ、紬は大学に行くの?」


 はじまりは出雲のそんな言葉だった。


 私は出雲の言わんとすることがわからずに、「え?」と聞き返す。


 周囲は配られた進路希望票を前にして、近くの席のクラスメイトやらとわいわいおしゃべりに興じている。


 そこにはほとんど未来への希望に満ち溢れていた。


 そんな中で、出雲から放たれたその言葉は、私の周り数センチの空気だけを凍らせて行くような、異質な空気を感じざるを得なかった。


「え? 行くけど」


 前世ならともかくも、今世は勉強漬けの日々を送って、この進学校と呼ばれるような高校においても上位の成績をキープできている。


 勉強を怠っていた前世ですら大学――ネット上などでは散々な言われようの評判だったけれども――に進学したことを考えると、今世でも大学への進学を目指して受験することは、私の中ではごく自然な流れのひとつだった。


 そしてゆくゆくは前世とは違うホワイト企業に就職して、安定した生活を送りたい――。


 けれども――前世の云々の話は当然抜きに――語られた私の「夢」に対し、出雲は難色を示した。


「一八になったらさ、結婚するよね?」

「う、うん……? そうなの……? え? だれと?」

「あはは。俺が紬以外と結婚するわけないじゃん! それでさ……紬にはできれば家にいて欲しいし……子供だって」


 私は――言葉を失った。


 いや、こうなることはちょっと考えればだれにだって予測は可能だろう。


 けれども私はその恐ろしすぎる未来から目をそらし続けていた――ということに、今この場で、今さらながらに気づいたわけである。


 結婚。家庭に入る。子供。


 ……それらの言葉は私の耳から入り、脳へと到達して、深いところにグサッと刺さって、それから心臓や肝といった臓器を芯から冷えさせるような、そんな効果をもたらした。


「やっぱり子供はたくさん欲しいし……作るならどうしても若いうちのほうがいいって聞くし」


 それは知ってる。


 しかし私は顔を強張らせたまま、なにも言えなかった。


 結婚。家庭に入る。子供。


 それらの言葉が私の脳内で手を繋いでぐるぐると踊っている。


 私と出雲は恋人同士である以上、別れない限り人生の次のステップ――結婚へ進もうか、どうしようかという流れになるのは、別におかしいところはない。


 結婚。家庭に入る。子供。


 え? 私って出雲と結婚するんだ?


 え? 私って大学に進学しちゃいけないんだ?


 え? 私って出雲と子作りするんだ?


「あ――もちろん、紬がまだ子供は欲しくないって言うなら考えるけど」


 出雲は笑顔でそう言い切る。


 え? 考えるだけなんだ? ――という風にネガティヴな方向へと私の思考が舵を切ってしまうのは、致し方ないことだと思う。


「だ――大学には、行きたい、かな」


 かろうじて絞り出せたのは、そんな希望。


「でも大学なら何歳でも通えるよね?」


 ――私が言いたいのはそういうことじゃないんだけどな~~~。


 出雲の態度に、私の脳裏には「ムリ」の二文字がレインボーカラーに光りながら躍った。


 出雲は私にお伺いを立てても、こちらの意見を聞いてくれるかどうかは正直に言って五分五分というところがある。


 そういうときにお坊ちゃん育ちらしい傲慢さが見え隠れするのだ。


 出雲がやると言ったら、それはやり遂げられるのだ。


 そこに、例外はまず存在しない。


 つまり、このまま行けば私は出雲と結婚するし、大学には進学せずに家庭に入るし、子供も儲けることになる。


 ちなみに、今の私と出雲はキス止まりである。


 出雲が関係を進めたいオーラを出していることには気づいていたが、私は鈍感なフリをして無視していた。


 もしかしたらそういう関係の停滞もあって、出雲はあせっているのかもしれない。


 いや、それにしたってイマドキ「大学行かずに家庭に入って」発言はどうなんだよと思わなくもない。


 出雲、本当に現代人?


 ……などと脳内でアレコレ言っても事態は好転しない。当たり前だが。


 しかしかと言って、ここでヘタなことを言えば監禁コースまっしぐら。


 真正面から別れを切り出すなどということは下策中の下策である。


 このまま穏便に――私の心はまったく穏やかならざる状態だが――出雲と結婚し、家庭に入って生きて行くコースか、監禁コースか……。


 その二択しかないのだとすれば、前者を選ぶのが賢く無難な生き方というものだろう。


 でもそれで本当にいいのだろうか?


 もやもやとした雲が、私の心にかかってしまったかのようだった。


 でも、イヤならば出雲を翻意させるしか道はない。


 しかしその難易度の高さと言ったらエベレスト級と言っても過言ではないだろう。


 勉強はできても賢いわけではない私は、完全に手詰まりになっていた。


 ……そんなときに出会ったのが、私と同じ異世界転生者で、前世『あやかsickレコード』のファンで――出雲推しの夢女子、タチバナさんであった。


「幼馴染とか父親がトガクシコーポレーションの役員だなんてズルい手使って! わたしのほうが出雲のことあんたよりも愛してるのに……!」


 私はタチバナさんが神様に見えた。

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