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 私は出雲と恋人になって有頂天になった。


 それはもう、浮かれに浮かれていた。


 前世の私には恋人がいたことはない。流れるままにハードルの低すぎる女子高に入り、大学に入り、そのまま微妙にブラックな会社へ……という道程をたどった私の人生に、恋人などという華が添えられる隙はなかった。


 しかも、前世とあわせても初めての恋人が推し――出雲なのである。


 これで浮かれないヤツは人間じゃない……というのは言いすぎかもしれないが、だれだってこんなシチュエーション――推しと恋人になる――に放り込まれたら舞い上がってしまうだろうと私は思う。


 前世から出雲を推していて、加えて夢女子だった私は、我が世の春がきたと思った。


 私は出雲と出会ってから、出雲だけを見ていた。


 そう、出雲だけを。視野狭窄的に。


 だから、気づくのが遅れた。


 この世界が私の知る前世の世界とも、出雲が出てくる漫画の世界とも違うということに。


 ……始まりは出雲の嫉妬心が尋常じゃないなと思うようになったことだ。


「紬は俺だけを見てればいーの」


 こんなセリフが出雲の夢小説に出てきたら、きっと前世の私は喜んだだろう。


 でも、今はもう素直に喜ぶことができない。


「そいつ、紬に必要?」


 出雲と恋人になってからわりとすぐ、出雲は私の人間関係に口を出してきた。


 そのときの相手は男友達でもないような、ただの異性のクラスメイトだったから、出雲の言葉に引っ掛かりを覚えつつも、深く考えることはなかった。


 表面だけを捉えて「あー嫉妬してるんだな。かわいい~」などとのん気に思ったものだ。


 彼女の異性の知り合いに嫉妬心を募らせるなんて、夢小説じゃ掃いて捨ててもまだまだあるくらいの展開だ。


 だからリアルの恋愛経験値がまったくない私は、出雲の言動に引っかかりはしても、すぐにおかしいと断ずるまではいかなかった。


 出雲がまだ小学五年生だったからというのもある。


 社会人になるまで生きていた記憶を持つ私からすると、小学生の出雲の嫉妬心なんて真実かわいいもの……だと思っていた。


 のん気に構えて、「推しの恋人になれて嫉妬までされちゃうなんてサイコー」とすら思っていた。


 本格的に雲行きが怪しくなってきたのは、出雲のクリスマスプレゼントを拒否してしまったときからだろうか。


「えっ……。……あの、こんな話をするのはあれだけど、すごく失礼だとはわかってるんだけど……えっと、このネックレス、結構()()よね……?」


 戸隠家で開かれたクリスマスパーティー。想定以上に高価なプレゼントを出雲から渡された私は、わかりやすく困惑してしまった。


 今世小学生で、特別ブランドものを知り尽くしているというわけでもない私でも知っているような、ハイブランドのネックレス。


 それは明らかに小学生が、同じ小学生の恋人に贈るには高価すぎる品だった。


 困惑し、当惑し、そして前世で社会に出ていた「大人」の記憶を持っていた私は、出雲からのプレゼントを受け取らなかった。


 出雲の気持ちはうれしかったが、そのプレゼントは明らかに今の出雲の身の丈には合っていないと思えたのだ。


 私はそれを、言葉を尽くして説明した。


 とは言えども私の中では動揺が大きく、きちんと説明できたのかは覚えていない。


 ただ出雲は納得のいっていない顔をしながらも、そのときは引き下がったことだけはたしかだ。


 私は「出雲のプライドを傷つけてしまったかも」とか「でもさすがに小学生であのプレゼントはちょっとダメだよね……?」とか、色々と考えてしまい、しばらくよく眠れなかった。


 けれども冬休み中の出雲はまったくいつも通りで、私は安堵したいっぽう、例のクリスマスプレゼントの話題には一切触れてこなかったことは少しだけ怖かった。


 私の知る出雲であれば、クリスマスパーティーの次に会ったときに、「あれはちょっと高価すぎたね」とかなんとか、上手い言葉で包み込んでひとこと私に言うくらいはしたはずだ。


 でもそれがなかった。


 私はそこに違和感を覚えつつも、蒸し返すのもスマートではないと思い、無視を決め込んだ。


 きっと出雲は私の言葉をわかってくれたのだろうと。


 これからはああいう高価すぎるプレゼントは遠慮してくれるだろうと、そう楽観的に思っていた。


 しかし冬休みが終わり三学期が始まると、出雲は斜め上に進化していた。


「紬は俺だけ見てればいーの」


 いつだったか聞いたことのあるセリフを口にする出雲に、私は恐怖を覚えた。


 私にちょっかいをかけていたクラスメイトの男の子、陰で悪口を言っていたクラスメイトの女の子、きわめつきはちょっと接触が多いかなあと違和感を抱いていた若い担任の男性教師が――いなくなった。


 それはもう綺麗にいなくなった。


 あまりの「なんちゃら跡を濁さず」ぶりに、「え? 生きてるよね? 消されてないよね?」とその生死に気がかかったのは無理もないと思う。


 こっそりと私みたいな根暗陰キャも気にかけてくれる学級委員長みたいな――みたいであって委員長ではないのだが――クラスメイトの女の子に事情を聞けば、全員引っ越したと聞いた。


 同時期に? 三家族が? ピンポイントで?


 私が脳内をクエスチョンマークで埋めている姿を見て、クラスメイトの女の子はうらやましそうな顔をして笑った。


「いいなー八重垣(やえがき)さん。愛されてて」


 私は彼女がなにを言っているのかわからなかった。


 輪をかけてわからなかったのは、周囲のみんながみんな、大人から子供までこれは「仕方のないこと」として受け止めていることだった。


 私は始め、それは戸隠家の権力を指してのことだと思った。


 日本で知らぬものはいないほどの一大企業を経営する戸隠一族。その権力を使えば三家族を町から消すことすらたやすいのだと、そう思っていた。


 でもそれは半分合っていて、半分違った。


「八重垣さんは戸隠くんに愛されててうらやましい」


 クラスメイトのみんなは、口々にそう言った。


 出雲の目がある前ではそう言わざるを得ないのかと思ったが、違った。


 みんな、心の底からそう思っているのだ。


 三家族を町から消すほどの権力を振るった出雲のそれは「愛情表現」で、そんな「愛情表現」をされる私はうらやましい存在で――そしてそんな「愛情表現」ができる出雲の「愛」は素晴らしいものなのだと、みんな心の底から、本気で思っているのだ。


 ――なんだこれ? 「ジャンル:ホラー」じゃん。


 私がそう思ったのも無理はないと思う。

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