手野警察署
手野市には、手野市を管轄とする手野警察署が設置されている。
手野警察署は、大阪府において警察業務が開始された後、明治13年に初めて設置された。この際には、隣接する別の地域に置かれた砂賀警察署とともに、現在の手野市の領域を分割して管轄していた。
明治33年になると砂賀警察署が廃止され、その管轄が手野警察署の領域とされた。
さらに昭和8年以降には手野警察署には陸軍から憲兵連絡員が常駐数rことになり、戦時体制に組み込まれていく。
戦後には現在の手野市が成立する過程と同じくして、管轄とする市町村名が変わっていくが、その範囲は現在の手野市と同一のものであった。
そして、現在の手野市警察署へとつながることになる。
もっとも変わっているものと言われているのは、手野警察署として使っている庁舎である。
手野警察署は現在、3つの庁舎から成り立っている。
第1庁舎は1880年、明治13年に初めて設置されたときから使用されており、その建物は国指定登録有形文化財とされている。
近代和風建築の一つであり、要予約であるが一部フロアを見学することもできる。
第2庁舎は1940年、すでに戦時突入前夜の世相が現れ始めているころに設計、竣工されたため、500kg航空爆弾の直撃にも耐えられるほどの堅牢さを有している。
さらに、手野地域の防衛指揮部を設ける計画もあり、屋上には対空気銃が現在でも据え付けられたままになっている。
ちなみに、今でも実弾を発射することができるといわれているが、空砲程度を打つだけで、それも年に1回あるかどうかぐらいの頻度である。
そして、現行最大規模があるのが第3庁舎である。
第3庁舎は2007年着工、2009年竣工し、2010年から使用開始されているものである。
気象庁マグニチュードで8.0相当の直下型地震にも耐えられるように設計され、当番弁護士も控えられるようになっている。
もしも南海トラフ巨大地震や大災害が起こり、手野市の他の警察業務ができなくなったとしても、第3庁舎だけはその機能を存続することができるようにされている。
そのため、第1庁舎、第2庁舎よりも一回りも二回りも大きくなっている。




