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ふたりたび  作者: 神楽一斗
9/9

9 秘密の入口

「うわあ……」


 わたしは思わず感嘆の声をもらしてしまった。

 貝づくしのご飯をお腹いっぱい食べているうちに、潮がすっかり引いていたのだ。さっきまで満ちていた海水はどこにもなく、向こうに見える島まで陸続きになっている。


「さ、そろそろ行くよ」


 荷物を片付けたユナは、焚き火を消してストレッチを始めていた。


「あの島に何があるの?」

「秘密の入口」


 ユナはいたずらっぽく言うと、少し笑った。わたしたちはこの世界の出口を探して旅をしている。あの島に出口があるのだろうか。でもユナは入口と表現したし。などといくら考えてみてもわからない。

 ユナがさっさと歩き出したので、わたしはここまで連れてきてくれた馬たちに別れを告げて、砂利石の道に足を踏み入れた。


 島にはゆっくり歩いても十五分程度でたどり着いた。見渡す限りに沢山の木や草が生い茂っていて、ちょっとしたジャングルのようだった。ユナにもらった腕時計に目をやると、午後六時半を指している。


 ユナは長い草を掻き分けて進んで行く。わたしはついて行くのでやっとだ。島に着いて三十分ほどして、それは唐突に現れた。レンガで出来た朽ちたかけた建物が、目の前に建っていたのだ。


「今日はここまでかな。中で休むよ」

「これ、崩れたりしない?」

「大丈夫だよ」


 その建物は外から見た限りはボロボロで、ちょっとつついただけで崩れてしまいそうだ。腰が引けながらユナに続く。

 中には松明が置いてあって、ユナが次々にライターで火を付けながら進んでいく。灯りに照らされた黄色い石壁がぼんやりと浮かんで、中の様子が把握出来るようになる。どうやら、いくつもの小部屋が廊下で繋がった構造になっているようだ。


 三つほど進んだ部屋に、煮炊きが出来そうなかまどがあって、ユナはそこに荷物を下ろした。


「ちょっと食料を採ってくる。ここで休んでて」

「えっ、わたしも行くよ。怖いもん」

 つい、本音が出てしまう。未だにわたしは、ユナがいないだけで心細くて仕方がないのだ。

「結構険しいところに入るから。肌を出さないようにしっかり守って」

 そう言って、ユナはリュックから薄手のジャケットと手袋を出してくれた。とりあえず置いていかれなくてホッとする。


 時計が示す時刻は既に午後七時を回っているのに、当然のように日が高い。そのお陰で夜のジャングルを歩く羽目にならずに済んだ。

 ユナの後をついていきながら、ふと不安になる。ジャングルってちゃんとした食料が採れるのかしら。


「ねえ、ユナちゃん。こんなところに食べるものなんかあるの?」


 わたしが聞くと、ユナは黙って前方の木の枝を指差した。細長い紐状のものが枝に絡まっている。よく見るとそれはゆっくりと動いていて、先端に付いた目がわたしの方を捉えた。


「わあ、蛇っ!」


 思わずのけぞって、尻もちをついてしまう。ジャングルだもの、そういう生き物もいるだろう。でもまだ心の準備が追いついていなかった。


「ごめん、レミ。普通は驚くよね」


 ユナが苦笑いしながら手を差し出してくる。わたしはその手を取ってなんとか立ち上がるが、まだ足が震えていた。


「まさか、あんなのを食べるの?」

「食べたいなら」

「食べたくないよっ」


 ユナはクスクス笑うと、蛇のいる枝のさらに上を指差した。そこには表面がトゲトゲしたフルーツが実を結んでいた。


 胴体をくねらせている蛇の視線を避けながら、フルーツを見上げる。手を伸ばすと噛みつかれてしまいそうだ。


「あんなのどうやって取るの?」

「ちょっとどいてて」


 そう言うと、ユナは手にしていた何かをフルーツ目掛けて投げつけた。乾いた音がして、上から色々と落ちてくる。かがんでみると、カラフルなフルーツと一緒に、くの字に曲がった木製の物体が転がっていた。


「これって、もしかして、ブーメラン?」

「遊び半分でやってみたけど、案外上手くいくもんだね」

「ユナちゃんって本当に何でも出来るんだね」


 今まで数え切れないぐらい助けてもらったけれど、ここまでくると、感心を通り越して呆れてしまう。わたしもブーメランを拾って構えてみるが、とても真似出来そうにない。そもそも、フルーツがなっているところまで十メートルはあるし、投げたところで多分届かない。


「ねえ、レミ。そのまま動かないで」


 急にユナが小声で話しかけてきた。


「え?」

「いいから、言うことを聞いて」


 ブーメランを掲げた格好のまま、にじり寄ってくるユナを視線の端に捉える。なんとなく嫌な予感はしていた。

 ジャケットの薄い生地越しに、首元で何かが這い寄る感触を感じる。


「動かないでよ。絶対だからね」


 全身の血の気が引いていく。これはつまり、アレがわたしの体に貼り付いているということでは。


「むんっ」


 わたしの側まで抜き足で近づいてきたユナは、気合とともに素早く手を繰り出してくる。わたしは怖くなって、思わずぎゅっと目を閉じた。しばしの沈黙の後、ユナが大きく息を吐くのがわかった。


「もう、大丈夫だよ」


 そっと目を開けると、ユナが蛇の首元を掴んでいた。大きく開けた口からは、ちろちろと長い舌が出ていて卒倒しそうになる。

「ふふ、この子、毒はないから安心して」

「そういう問題じゃないよっ」


 ユナなら、不思議なリュックなんか無くても、一人で生きていけるような気がした。

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