8 波打ち際にて
ユナは波打ち際に立つと、じっと海の向こうを見ている。何百メートルか先に島が見えるが、あそこへ向かうのだろうか。
もしかして、サバイバル系の番組で見かける、自前でイカダを作るみたいな流れなのでは。
わたしがドキドキしているのを他所に、ユナはリュックからスコップを取り出した。
「何するの?」
「貝掘り。しばらく時間があるから」
ユナは砂浜を掘り始めた。後ろで見ていると、面白いように貝が出てくる。
「ねえ、わたしもやっていい?」
「じゃあ、ある程度採ったら、バケツの中に海水を入れて、漬けておいて」
そう言ってスコップを手渡すと、ユナは林の方に向かって歩いていく。
「どこに行くの?」
「焚き木取ってくる」
ユナがいなくなると、途端に心細くなる。ここにたどり着くまで、わたしはユナに頼りっぱなしだ。彼女がいなければ、わたしはとっくに野垂れ死にしていたかも知れない。
この世界で死んでしまうとどうなるのだろう。結局のところ、わたしはまだ、この世界の事を何も知らない。ユナが帰ってきたら、その辺りを少し聞いてみよう。
もくもくとスコップを動かし、貝を採ってはバケツに入れる。ただそれだけのことなのに、なんだかとても楽しい。気づいたらバケツが貝で一杯になっていた。
「随分採ったね」
焚き木を抱えたユナが戻ってきて、呆れ気味に声を上げた。
「えへへ、はりきり過ぎちゃった。この貝、食べるの?」
「うん、ホイル焼きにする」
ユナは焚き木を組んで、火を付けた。採れた貝をホイルに包み、オイルや塩で味付けをして蒸し焼きにしていく。
「なんでも入ってるね、そのリュック」
ユナのリュックは確かに大きいが、今まで出てきた物がどうやって入っているのか、ちょっと想像出来ない。
「もしかして、異次元に繋がってたりしないよね」
ユナは何も答えず、淡々と焚き火を扇いでいる。確か、以前リタイアした時に貰ったと言っていたが、あり得るのでは。そもそも、この世界では、どこまで常識が通じるのだろう。
「この世界はね、何度でもやり直せるの」
不意にユナがつぶやいた。
「でも、それは心が続く間だけ。レミは生き返りたいって、思うよね?」
「……うん」
わたしは今、生と死の中間にいる。それはなんとなくわかっていた。
「ここまで来るだけでも結構大変だったでしょ? 大抵の人は、途中で諦めちゃうんだよ。やり直しそのものをね」
「諦めたらどうなるの?」
わたしはそっとユナの横顔をうかがった。
「もちろん、死ぬことを認めることになる。その場で消えておしまい」
わたしがもしユナと出会えなかったら、一周目はあっという間にリタイアしていたのだろう。何もわからないこの世界にひとりでいるなんて、考えただけでゾッとする。
ユナも同じ気持ちなのだ。だからこそ、彼女は二回の失敗の後、一緒に旅する相手としてわたしを呼んだ。
「そのリュックの中、気になるなら見てもいいよ」
「えっ」
これはユナがわたしを信頼してくれているということかも。
パンパンに膨らんだ水色のリュックを手繰り寄せ、そっとジッパーを開けてみる。沢山の物が詰まっていると思いきや、中は一見空っぽのように見えた。
リュックの中に恐る恐る手を入れてみるが、肩まで突っ込んでも何もない。というか、底そのものがない。わたしは思い切って覗き込んでみた。ぼんやりと光っているような、不思議な空間が広がっている。
「ユナちゃん、これ、どうなってるの」
「自分で言ってたじゃない。レミの想像通りだよ」
まさか本当に異次元に繋がっているとは。道理で何でも出てくるわけだ。この世界だから、こういうモノが存在しても不思議ではないけれど。
「でも、何も入ってないよ」
「中身の持ち主しか取り出せないんだよ」
そう言うと、ユナが近づいてきて、わたしの代わりにリュックに手を入れた。少しだけゴソゴソして、中から取り出した物をわたしに差し出してくる。
「あげる」
ユナが持っているのは、銀色のフレームの可愛い腕時計だった。
「これは?」
「時間がわかった方がいいでしょ」
「そうだけど、高い物なんじゃ」
「大丈夫だよ。それも貰い物だし」
よく見ると、ユナの腕時計と同じデザインだ。
「……時間、わたしのに合わせとくから」
ユナはそう言って手早く調節すると、押し付けるようにして手渡してきた。こんな風に誰かにプレゼントを貰ったのは初めてかも。なんだか気持ちがほわほわする。
「ありがとう、ユナちゃん」
「……ん」
ユナによると、わたしは彼女を支えるためにここにいるらしい。でも、実態はわたしの方がお世話になってばかり。少しでも役に立てるようにならないと。わたしは少し照れているユナの横顔をそっと見つめた。