7 乗馬体験
大きな身体を支えるには心許ない細い足。長い首には立派なたてがみが生えていて、つぶらな瞳に、可愛らしい耳がピンと立っている。
その生き物の名は、馬。広大な草原地帯に、何頭もの馬が草を食んでいた。
「雄大な自然って感じだねえ」
最近まで雪原地帯を歩いていたとは思えない光景だ。わたしが深呼吸していると、草原の一角の小屋から、ユナが椅子のようなものを持ってきた。
「それ、なあに?」
「鞍だよ。今から馬で移動するから」
「え?」
ユナは手慣れた様子で、持ってきた馬具一式を近くにいた馬に着け始めた。
「どうしたの、早く乗りなよ」
数分後、ユナは当然のように馬に乗ると、わたしに言った。
「あのう、わたしはお馬さんに乗ったこと、ありませんけど」
「大丈夫だよ。スピードさえ出さなければ。跨ったら、手綱を握って、重心を真っ直ぐにするように心がけて」
そもそも、どうしてこんなところに馬具が置いてあるんだろう。小屋みたいな人工物を見たのも温泉以来だ。
「そんなこと言っても、高くて乗れないよ」
わたしは跳び箱とかが大の苦手で、未だに三段だって跳べない自身がある。
「しょうがないな」
見かねたユナが、一度馬から降りて、わたしのお尻を押してくれた。やっとの思いで跨ったものの、今度はどこを握ればいいのかわからない。
「目の前に手綱があるでしょ。強く引っ張らないように握って」
言われた通りにしたはいいが、思ったより高くてちょっと怖い。
「この子達は頭がいいから、軽くお腹を蹴ってあげたら、前に進むから。止めるときは手綱を引いて、お腹を強めに挟む」
まさに、言うは易し行うは難しだ。どのくらいの強さで蹴ればいいのか全くわからない。そもそもお腹を蹴ったりして、怒られないのだろうか。
とはいえ、ユナがじっと見ているので、やらざるを得ない。心の中で謝りながら、わたしはお馬さんのお腹を軽く蹴った。
「わあ、進んだよ、ユナちゃんっ」
生まれてはじめて乗った馬が、わたしの指示で進んでいる。ちょっと感動してはしゃいでしまった。
「簡単だったでしょ。でも、油断しないで。馬は臆病だから、何かに驚いて振り落とされることもあるから」
「は、はい、気をつけます……」
急に脅かされて緊張感が戻ってくる。
ユナと共に、馬に乗って草原を進む。空は薄曇りで少し肌寒いが、馬に乗るのも思ったより身体を使うので、丁度いい。
死にかけてからこんな体験をするなんて、思ってもみなかった。ここまでのユナとの旅を振り返ると、初めての体験ばかり。わたしは結構楽しんでしまっているが、いいのだろうか。一応わたしは生死の境目にいるはずなのだが。
「ユナちゃん、前来たときも馬で移動したの?」
「前回はね。初めてきた時は歩きだったから、途中でリタイヤしたんだけど」
「それはつまり、この草原で行き倒れちゃったということ……?」
ユナはそれ以上答えない。確かに今いる草原はどこまで行っても同じ景色で、終わりが見えない。こんな場所を徒歩で歩いたら、わたしは確実に迷子になる。
今は馬が荷物を運んでくれるし、徒歩より早いし、かなり楽だ。お馬さんに改めて感謝する。
馬に乗り続けて数時間。ちょっとお尻が痛くなって来たところで、潮風の香りがしてきた。
「海が近いの?」
「もうすぐ、海岸線に出る」
わたしは山奥育ちだったため、海には本能的な憧れがあるのだ。
「早く行こう」
「焦らない。馬も大分疲れてるから」
確かに、ここまで何時間もわたしたちを乗せて運んでくれたのだ。いたわってあげなければ。自分を諌めつつ、あと少しだけお願いねと、首を撫でる。お馬さんはブルッと返事をしてくれた。
どこまでも続くかと思われた草原の先に、不意に揺らめく光を感じた。水面に反射する日の光。海にたどり着いたのだ。
わたしは、はやる気持ちを抑えつつ、ユナの後ろをついて行く。海岸線に生えるヤシの木の側で馬を停め、わたしたちは砂浜に降り立った。
「ここまでありがとうね」
馬から降りて、もう一度首を撫でると、くりっとした瞳でわたしを見つめてきた。
「繋いだりしなくていいの?」
「ここからは海を行くから」
「そうなんだ。……え?」
わたしは思わず聞き返した。周りには船らしきものは見当たらなかったからだ。