表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりたび  作者: 神楽一斗
7/16

7 乗馬体験

 大きな身体を支えるには心許ない細い足。長い首には立派なたてがみが生えていて、つぶらな瞳に、可愛らしい耳がピンと立っている。

 その生き物の名は、馬。広大な草原地帯に、何頭もの馬が草を食んでいた。

「雄大な自然って感じだねえ」

 最近まで雪原地帯を歩いていたとは思えない光景だ。わたしが深呼吸していると、草原の一角の小屋から、ユナが椅子のようなものを持ってきた。

「それ、なあに?」

「鞍だよ。今から馬で移動するから」

「え?」

 ユナは手慣れた様子で、持ってきた馬具一式を近くにいた馬に着け始めた。


「どうしたの、早く乗りなよ」

 数分後、ユナは当然のように馬に乗ると、わたしに言った。

「あのう、わたしはお馬さんに乗ったこと、ありませんけど」

「大丈夫だよ。スピードさえ出さなければ。跨ったら、手綱を握って、重心を真っ直ぐにするように心がけて」

 そもそも、どうしてこんなところに馬具が置いてあるんだろう。小屋みたいな人工物を見たのも温泉以来だ。

「そんなこと言っても、高くて乗れないよ」

 わたしは跳び箱とかが大の苦手で、未だに三段だって跳べない自身がある。

「しょうがないな」

 見かねたユナが、一度馬から降りて、わたしのお尻を押してくれた。やっとの思いで跨ったものの、今度はどこを握ればいいのかわからない。

「目の前に手綱があるでしょ。強く引っ張らないように握って」

 言われた通りにしたはいいが、思ったより高くてちょっと怖い。

「この子達は頭がいいから、軽くお腹を蹴ってあげたら、前に進むから。止めるときは手綱を引いて、お腹を強めに挟む」

 まさに、言うは易し行うは難しだ。どのくらいの強さで蹴ればいいのか全くわからない。そもそもお腹を蹴ったりして、怒られないのだろうか。

 とはいえ、ユナがじっと見ているので、やらざるを得ない。心の中で謝りながら、わたしはお馬さんのお腹を軽く蹴った。


「わあ、進んだよ、ユナちゃんっ」

 生まれてはじめて乗った馬が、わたしの指示で進んでいる。ちょっと感動してはしゃいでしまった。

「簡単だったでしょ。でも、油断しないで。馬は臆病だから、何かに驚いて振り落とされることもあるから」

「は、はい、気をつけます……」

 急に脅かされて緊張感が戻ってくる。


 ユナと共に、馬に乗って草原を進む。空は薄曇りで少し肌寒いが、馬に乗るのも思ったより身体を使うので、丁度いい。

 死にかけてからこんな体験をするなんて、思ってもみなかった。ここまでのユナとの旅を振り返ると、初めての体験ばかり。わたしは結構楽しんでしまっているが、いいのだろうか。一応わたしは生死の境目にいるはずなのだが。

「ユナちゃん、前来たときも馬で移動したの?」

「前回はね。初めてきた時は歩きだったから、途中でリタイヤしたんだけど」

「それはつまり、この草原で行き倒れちゃったということ……?」

 ユナはそれ以上答えない。確かに今いる草原はどこまで行っても同じ景色で、終わりが見えない。こんな場所を徒歩で歩いたら、わたしは確実に迷子になる。

 今は馬が荷物を運んでくれるし、徒歩より早いし、かなり楽だ。お馬さんに改めて感謝する。


 馬に乗り続けて数時間。ちょっとお尻が痛くなって来たところで、潮風の香りがしてきた。

「海が近いの?」

「もうすぐ、海岸線に出る」

 わたしは山奥育ちだったため、海には本能的な憧れがあるのだ。

「早く行こう」

「焦らない。馬も大分疲れてるから」

 確かに、ここまで何時間もわたしたちを乗せて運んでくれたのだ。いたわってあげなければ。自分を諌めつつ、あと少しだけお願いねと、首を撫でる。お馬さんはブルッと返事をしてくれた。


 どこまでも続くかと思われた草原の先に、不意に揺らめく光を感じた。水面に反射する日の光。海にたどり着いたのだ。

 わたしは、はやる気持ちを抑えつつ、ユナの後ろをついて行く。海岸線に生えるヤシの木の側で馬を停め、わたしたちは砂浜に降り立った。

「ここまでありがとうね」

 馬から降りて、もう一度首を撫でると、くりっとした瞳でわたしを見つめてきた。

「繋いだりしなくていいの?」

「ここからは海を行くから」

「そうなんだ。……え?」

 わたしは思わず聞き返した。周りには船らしきものは見当たらなかったからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ