5 ビギナーズラック
雨宿りした場所から川にたどり着くまで、更に三時間ほど歩いた。河原にテントを張って、やっと一休み出来るかと思いきや、ユナはリュックから棒状の道具を取り出した。
「それ、何?」
わたしが隣で覗き込むと、ユナは二本の棒の片方をわたしに持たせた。伸ばしてみると、持ち手が折り畳めるタイプの網だった。ユナが持っている方は釣り竿のようだ。
「もしかして、釣り? 餌とかがいるんでしょ?」
「それで採るんだよ」
ユナはわたしが持っている網を指さした。
具体的なイメージを持っていなかった、自分が悪いのだ。わたしの許容範囲は、せいぜいミミズ位までだった。
ユナは網で川底の浅い場所をすくって、わたしに見せた。泥や石に混じって、ソイツはいた。
ユナが平気な顔で摘むそれは、小さなエビというか、大きいダニというか、とにかくゲジゲジした虫だった。
「餌って、そんなお姿なのね」
わたしは直視出来ずに後退りしてしまう。
「いいよ、無理しなくても。レミはテントで休んでなよ」
「そんなわけにはいかないよ」
ユナは手際よく虫を針に引っ掛けて、釣り竿を垂らした。釣りをまともにやったことはないので、結局わたしは隣で見ているしかない。
「釣れるかなぁ」
「気長に待つ」
川がゆっくりと流れる音は、雨音と同じく聞いているだけで心地よい。川の水も透き通っていて、キラキラと光っている。空を見上げると、いつの間にか太陽が登っていた。
「やっと朝が来たね」
ここに来るまで肌寒かったが、陽の光のお陰で大分ポカポカしてきた気がする。
川辺りでの日向ぼっこを続けて小一時間ぐらい経った。一向に魚は釣れそうにない。
「釣れないね」
「そう簡単にはいかないよ」
「ねえ、わたしがやってみてもいい?」
お願いしたら、ユナは餌を付け替えて、わたしに竿を差し出してくれた。人生初めての釣り。水面とにらめっこしてみると、思ったより落ち着く。心の中を無にして、魚の動きを捉えてみよう。
「……引いてるよ」
「えっ」
ユナに言われて、糸が何かに引っ張られているのに気づく。魚の動きを捉える以前の問題だ。
「どうしたらいいのっ」
パニックになっていると、ユナが一緒に竿に手を掛けて、思い切り上に引っ張った。同時に糸の先に引っかかった魚が、水面から勢いよく飛び出してきた。尻もちをついたが、それなりに大きい魚がかかっていた。
「イワナだよ。やるじゃん、レミ」
「えへへ、わたしは釣り竿を持ってただけだけど」
ビギナーズラックというやつだろうか。褒められて悪い気はしない。ユナは折り畳みバケツに採れたての魚を放り込んだ。
その後、わたしがさらにもう一匹、ユナが二匹釣ったので、今日の食料は確保できた。わたしたちは薪を集めて、河原で焚き火を始めた。釣ったイワナに塩を振って串焼きにする。
パチパチと焚き火の音とともに、イワナの皮が焼ける香ばしい匂いがしてくる。正直なわたしのお腹が反応して、鳴き声を響かせる。
「もう食べれるかな」
「まだ。しっかり火が通るまで待ってて」
ユナに怒られたので、仕方なく焚き火を眺めて待つ。こちらに来てから、明るい空の元でのキャンプをするのは初めてだ。
「太陽、いつまで出てるのかな。朝も夜もわからなくなってきたよ」
「この世界の昼夜は、天気と一緒なんだよ。太陽が出るか出ないのかは、その日次第」
「そうなの? じゃあ、いきなり夜になったりするんだ」
「だから、体調を崩さないように、時間の管理が大事だよ」
そう言って、ユナは腕時計を見せた。あまり意識していなかったが、ユナはそういうところも管理していてくれたのだ。
「今は、午後五時十分。あくまで、この時計頼みの目安だけどね」
「その時間、地球の時間と合ってるの?」
「……どうだろ。でも、わたしはこの時間を基準に動いてる」
今からいただくご飯は、夕食ということか。真昼のように明るい空を見上げて、わたしは首を傾げた。