4 雨の匂い
ユナいわく、次の目的地は、西の方角。半日ほど歩くと川にたどり着くらしい。
「よくわかるね、地図もないのに」
わたしはユナの言う方に目を凝らしてみたが、砂漠が続いているのみで何も見えない。
「ポイントごとに方角を押さえてるだけだよ」
この人は、人間コンパスだ。ユナがいなかったら、とっくに行き倒れている自信がある。
「ユナさん、わたしから離れないでね」
「置いてなんかいかないよ」
ユナははっきりと言い切った。なんて男らしいお言葉だろう。
「……荷物がなくなると困るもの」
わたしは口を尖らせた。もちろん、荷物持ちでもなんでもやるつもりではあるのだが。この旅は文字通り、持ちつ持たれつだ。メインのリュックと、テント一式が入ったバッグを交代で持ちながら、わたしたちは歩みを進めた。
二時間ほど歩き、疲れて足元ばかり見ていたら、突然ユナが立ち止まった。わたしは背中にぶつかりそうになるところで踏みとどまる。
「どうかした?」
ユナは空を見上げて、雲の流れを観察していたが、何も言わずに近くの木陰にわたしを引っ張っていった。
わたしが不思議に思っていると、程なくしてポツポツと雨が降り出した。
「すごい。よくわかったね」
「雨の匂いがしたから」
ユナに言われて、空気の匂いを嗅いでみたが、わたしにはよくわからない。そのうち、雨は本降りになった。あのまま歩いていたら、荷物ごとずぶ濡れになっているところだ。ひとまず、わたしとユナは並んで木に寄りかかって、空を眺めた。
数十分ほど経っても、まだ雨の気配は遠ざかりそうになかった。
「雨、止みそうにないね」
「……うん」
雨音は嫌いじゃない。聞いていると、気持ちが落ち着くからだ。歩き続けて疲れたこともあって、わたしはそのうち、まどろんできた。ユナの髪がふわっと頬をかすめたのを感じたが、そのまま眠りに落ちてしまっていた。
次に気がついたとき、わたしは椅子に座っていた。体には薄い毛布がかけてある。見上げると赤紫の空が見えている。いつの間にか雨は上がったようだ。木のそばにテントまで張ってあるところを見ると、それなりの時間、眠っていたらしい。
ユナの姿を探すが、近くに姿はなく、リュックはテントに置いてある。わたしは彼女を探して付近を歩いた。
砂漠地帯から一変して、植物が生い茂る山岳地帯に変わっていた。ユナは山の中に入ってしまったのだろうか。茂みを覗き込むと、丁度ユナが降りてくるのが見えた。
「ユナちゃん、ごめんね、寝ちゃってた」
「寝ててよかったのに」
そう言うユナは、袋を提げていた。
「何か採ってきたの?」
「山の幸」
袋の中を見せてもらうと、ゴボウや春菊など、山菜がぎっしり入っていた。
採った山菜を鍋で茹でてアク抜きをする。ゴボウだと思っていたものは自然薯で、表面をよく洗ってからすりおろす。鍋に水を入れ、粉末だしと醤油、山菜を入れたら、しばらく火にかける。沸騰し始めたところへ、すりおろした自然薯をスプーンで落としていく。自然薯と山菜のお吸い物の出来上がりだ。
「あたたまるね」
簡易テーブルを挟んで、ユナとお吸い物をいただく。温かいお汁は、身体の芯からポカポカと温めてくれる。自然薯のお団子のふわふわした食感がたまらない。わたしはしばらく食べるのに夢中になってしまった。
ひとしきり堪能して、一息ついて、わたしはお椀から立ち昇る湯気の向こうのユナを、チラと見た。
「ユナちゃん、何でも出来るよね。尊敬しちゃうよ」
「……そんなことないよ」
「いやいや、ユナちゃんにそんな風に言われたら、わたしなど、何の役にも立たないただの小娘でございますよ」
ユナちゃんはリアクションが薄いので、ついついこちらの口数が増えてしまう。
「……わたし、うるさい?」
ユナは少しだけわたしの顔を見たが、何も言わずにお吸い物をすすった。これはどっちなんだろう。判断出来ないので、わたしはしばらく黙ってご飯を頂いた。
採れたての山菜はシャキシャキしていて、お互いの咀嚼音がよく聞こえる。それだけに、沈黙が気まずい。わたしがウズウズしていると、ユナが箸を置いた。
「気を遣うことないから」
「え?」
わたしが見ると、ユナは三秒もしないうちに視線を反らしたが、つぶやくように言葉を継いだ。
「……長い旅になるんだし、やりづらいでしょ」
ユナはそれだけ言うと、自分の食器を雨水を貯めたバケツで洗い始めた。ユナこそ、わたしに気を遣っている。なんなら、わたしをもてなそうとさえしている。きっとそれは、彼女の二回目の願いに関係している。もう少しお互いの事を知れば、話してくれるだろうか。
「ユナちゃんもね。遠慮しないで、何でも言ってよね」
わたしは残ったご飯をかきこんで、食器洗いに加わった。
この旅がどういうもので、どこに向かうのかは、まだわからない。それでも、彼女がいれば何とかなるような、そんな気がした。