表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりたび  作者: 神楽一斗
4/16

4 雨の匂い

 ユナいわく、次の目的地は、西の方角。半日ほど歩くと川にたどり着くらしい。

「よくわかるね、地図もないのに」

 わたしはユナの言う方に目を凝らしてみたが、砂漠が続いているのみで何も見えない。

「ポイントごとに方角を押さえてるだけだよ」

 この人は、人間コンパスだ。ユナがいなかったら、とっくに行き倒れている自信がある。

「ユナさん、わたしから離れないでね」

「置いてなんかいかないよ」

 ユナははっきりと言い切った。なんて男らしいお言葉だろう。

「……荷物がなくなると困るもの」

 わたしは口を尖らせた。もちろん、荷物持ちでもなんでもやるつもりではあるのだが。この旅は文字通り、持ちつ持たれつだ。メインのリュックと、テント一式が入ったバッグを交代で持ちながら、わたしたちは歩みを進めた。


 二時間ほど歩き、疲れて足元ばかり見ていたら、突然ユナが立ち止まった。わたしは背中にぶつかりそうになるところで踏みとどまる。

「どうかした?」

 ユナは空を見上げて、雲の流れを観察していたが、何も言わずに近くの木陰にわたしを引っ張っていった。

 わたしが不思議に思っていると、程なくしてポツポツと雨が降り出した。

「すごい。よくわかったね」

「雨の匂いがしたから」

 ユナに言われて、空気の匂いを嗅いでみたが、わたしにはよくわからない。そのうち、雨は本降りになった。あのまま歩いていたら、荷物ごとずぶ濡れになっているところだ。ひとまず、わたしとユナは並んで木に寄りかかって、空を眺めた。


 数十分ほど経っても、まだ雨の気配は遠ざかりそうになかった。

「雨、止みそうにないね」

「……うん」

 雨音は嫌いじゃない。聞いていると、気持ちが落ち着くからだ。歩き続けて疲れたこともあって、わたしはそのうち、まどろんできた。ユナの髪がふわっと頬をかすめたのを感じたが、そのまま眠りに落ちてしまっていた。


 次に気がついたとき、わたしは椅子に座っていた。体には薄い毛布がかけてある。見上げると赤紫の空が見えている。いつの間にか雨は上がったようだ。木のそばにテントまで張ってあるところを見ると、それなりの時間、眠っていたらしい。

 ユナの姿を探すが、近くに姿はなく、リュックはテントに置いてある。わたしは彼女を探して付近を歩いた。

 砂漠地帯から一変して、植物が生い茂る山岳地帯に変わっていた。ユナは山の中に入ってしまったのだろうか。茂みを覗き込むと、丁度ユナが降りてくるのが見えた。

「ユナちゃん、ごめんね、寝ちゃってた」

「寝ててよかったのに」

 そう言うユナは、袋を提げていた。

「何か採ってきたの?」

「山の幸」

 袋の中を見せてもらうと、ゴボウや春菊など、山菜がぎっしり入っていた。


 採った山菜を鍋で茹でてアク抜きをする。ゴボウだと思っていたものは自然薯で、表面をよく洗ってからすりおろす。鍋に水を入れ、粉末だしと醤油、山菜を入れたら、しばらく火にかける。沸騰し始めたところへ、すりおろした自然薯をスプーンで落としていく。自然薯と山菜のお吸い物の出来上がりだ。


「あたたまるね」

 簡易テーブルを挟んで、ユナとお吸い物をいただく。温かいお汁は、身体の芯からポカポカと温めてくれる。自然薯のお団子のふわふわした食感がたまらない。わたしはしばらく食べるのに夢中になってしまった。

 ひとしきり堪能して、一息ついて、わたしはお椀から立ち昇る湯気の向こうのユナを、チラと見た。

「ユナちゃん、何でも出来るよね。尊敬しちゃうよ」

「……そんなことないよ」

「いやいや、ユナちゃんにそんな風に言われたら、わたしなど、何の役にも立たないただの小娘でございますよ」

 ユナちゃんはリアクションが薄いので、ついついこちらの口数が増えてしまう。

「……わたし、うるさい?」

 ユナは少しだけわたしの顔を見たが、何も言わずにお吸い物をすすった。これはどっちなんだろう。判断出来ないので、わたしはしばらく黙ってご飯を頂いた。


 採れたての山菜はシャキシャキしていて、お互いの咀嚼音がよく聞こえる。それだけに、沈黙が気まずい。わたしがウズウズしていると、ユナが箸を置いた。

「気を遣うことないから」

「え?」

 わたしが見ると、ユナは三秒もしないうちに視線を反らしたが、つぶやくように言葉を継いだ。

「……長い旅になるんだし、やりづらいでしょ」

 ユナはそれだけ言うと、自分の食器を雨水を貯めたバケツで洗い始めた。ユナこそ、わたしに気を遣っている。なんなら、わたしをもてなそうとさえしている。きっとそれは、彼女の二回目の願いに関係している。もう少しお互いの事を知れば、話してくれるだろうか。

「ユナちゃんもね。遠慮しないで、何でも言ってよね」

 わたしは残ったご飯をかきこんで、食器洗いに加わった。

 この旅がどういうもので、どこに向かうのかは、まだわからない。それでも、彼女がいれば何とかなるような、そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ