3 一緒に旅してくれる人
足を取られて歩きにくかった砂地は、いつの間にか土に変わり始めていた。植物や木がポツポツと見つけられるようになってくる。空はずっと薄紫色。どんなに歩いても、一向に昼になる気配はない。そのあたりは死後の世界の雰囲気を醸し出している。
「ねえ、ユナちゃん、出口ってどっちかな」
「それがわかったら、苦労しないよ」
淡々と答えて、ユナは前を早足で歩いていく。
「急いでも仕方なくない?」
「この先に、温泉があるんだけど」
「えっ、温泉?」
砂漠地帯を抜けるまでに何度か休憩を挟みつつ、一日歩き続けていた。気温は低いとはいえ、さすがにお風呂に入りたいところだった。
「行きたいです! 早く行こう!」
わたしの全身に、俄然やる気がみなぎってきた。
岩場に囲まれた一角に、石を積んで作られた温泉があった。作りは簡素だが、硫黄の独特の匂いと湯気。雰囲気は十分、本格的な温泉にも引けを取らない。わたしたちは先にテントを張って、キャンプの準備をした。
湯は熱すぎないぐらいの丁度よい温かさ。泉質はとろみがあり、肌が滑らかになる気がする。わたしたちは肩まで浸かって旅の疲れを癒やしていた。
「生き返るねぇ。これがホントの地獄温泉だね」
わたしが言うと、ユナは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
「恥ずかしいでしょ、なんか言ってよっ」
ユナはクールな性格なのか、表情をあまり変えない。長い髪を後ろでまとめているからか、凄く大人びて見えてドキリとする。よく考えると、まだ彼女の年齢も知らなかった。何でも出来るし、頼れるし、もしかして凄い年上の方なのでは。わたしは恐る恐る聞いてみた。
「あのう、ユナさんの歳、聞いてもいいでしょうか?」
「十七だけど。なんで急に敬語なの」
同い年だった。失礼を働いていなくてよかった。
温泉に浸かっていると、体が温まって、少し気持ちにも余裕が出てくる。ここに温泉が湧くことはともかく、明らかに人が入れるように手が加えられていた。わたしは不思議に思ってユナに尋ねた。
「ねえ、この温泉、誰が作ったの?」
「……わたし」
意外な答えが返ってきた。
「前来たときに作ったんだよ」
「そっか、三回目って言ってたもんね」
ユナがこの場所に詳しいのは、何回か来たことがあるからなのだ。この世界で目を覚ましたときの心細さを思い出す。わたし一人だったらここにたどり着けたかどうかも怪しい。
ユナの横顔をチラリと見る。彼女がいることがなんと心強いことか。わたしは心の底から安心しすぎて、ちょっと涙ぐんでしまった。自分でも驚いて、慌てて湯で顔を洗う。
「……ひとりは心細い、か」
ボソリとユナがつぶやいたのが聞こえた。それはわたしに向けた言葉というより、独り言のように思えた。
「……聞いていい? この世界の旅が三度目なら、二回は出口にたどり着いたんだよね」
「逆だよ。二回失敗してるの」
この旅の失敗とはなんだろう。わたしは嫌な予感がして、それ以上は突っ込んだ質問は出来なかった。
「……出口にたどり着けずにリタイアしたら、希望を聞かれるんだよ。次の旅で必要なものはあるかって」
「それが支給品?」
ユナはうなずいた。
「一回目に貰ったのが、そのサバイバル道具一式」
ユナはテントを側に置いているリュックに視線をやった。道理で何でも揃っているわけだ。
「二回目は何を貰ったの? 乾燥豆腐じゃないよね」
わたしが聞くと、ユナはなぜか視線を泳がせた。
「……言いたくないなら、いいんだけど」
ユナには色々と複雑な事情がありそうだ。今のわたしには彼女しか頼れる人がいない。無理強いはしたくなかった。
翌朝、わたしがテントの中で目を覚ますと、またしてもユナが朝ご飯を作っていた。テント脇には洗濯物まで干してある。昨日のうちにやっていたらしいが、少しも気づかなかった。わたしは一気に目が覚めた。
「ごめん、ユナちゃん。全部やってもらっちゃって」
「別にいいよ。顔を洗っておいで」
ユナお母さんは何でもないように言うが、こんなことではいけない。
「次はわたしがやるからね」
「だから、いいって。二人分になったってそんなに変わらないし」
どうしてそんなに良くしてくれるんだろう。わたしが見ていると、ユナはため息をついた。
「……二回失敗したとき、お願いしたの。一緒に旅してくれる人が欲しいって」
彼女も言っていた、ひとりの心細さ。わたしはそれを埋めるためにここに呼ばれたということか。わたしに気を遣っているのだろうか。でも、死後の世界に来る原因を作ったのは、他でもないわたしだ。あれは、ある意味でわたしの意思だったと言っていい。
「それなら、尚更だよ。一緒に旅するなら、わたしだってやることはやります」
「じゃあ、レミはリュック担当ね」
「えっ、専任はちょっと……」
わたしが返事をためらうと、ユナが少しだけ笑ったような気がした。