16 目覚め
目覚めると、真っ白な天井が目に入った。窓の外から鳥のさえずる声がする。わたしはどこかの病院のベッドに寝かされているらしい。
「レミ、わたしがわかる?」
上ずった声がしてそちらを見ると、母が泣きそうな顔をしてわたしの手を握っていた。
トラックにひかれて重体となったわたしは、一ヵ月ほど意識が戻らなかったらしい。怒ってばかりだった両親が、手のひらを返したようにちやほやしてくる。あの子も無事、こちらに帰ってこれただろうか。ユナという名前以外、どこに住んでいるのか、連絡先さえもわからない。もしかして、あれは夢だったのではないかと少しだけ心配になる。
しばらくリハビリを続けた結果、わたしは予定より早く歩けるようになった。こんなに前向きに励めたのは、ユナとの旅があったからだ。あの体験は幻なんかじゃない。
久しぶりに自宅に帰り、学校の教科書が綺麗に並べられた自室の勉強机を眺める。見るだけでも嫌だったはずなのに、今ではなんだか笑い話のように感じてしまう。
カーテンを開くと、ちらちらと雪が舞っていた。わたしの住む地域では珍しいことだ。そういえば、あっちの世界では雪だるまを作ったりしたっけ。
ふと、ユナが雪国の出身だと言っていたことを思い出して、わたしはノートパソコンを開いた。出口の入口を抜けた先にあった公園は、ユナが病院の窓から見ていた風景だという。ということは、あの公園の場所さえわかれば、ユナのいるところもわかるかもしれない。はやる気持ちを抑えながら、わたしはウェブブラウザを立ち上げた。
どこを見ているのかよくわからない、つぶらな瞳のキリンはすっかり色あせていた。
「ありがとうね」
わたしはキリンにお礼を言うと、その頭のてっぺんから目的の建物がまだあることを確認した。北国というキーワードだけでは、多分ここにはたどり着けなかった。この子の顔が少し特徴的だったおかげだ。わたしはキリンから滑り降りると、ひとつ深呼吸をして公園を出た。
その病院はわりと大きく、ロビーは多くの人がひしめいていた。わたしはひとまず受付に向かったおうと思ったが、ユナの苗字を知らないことに気づいた。下の名前だけで入院患者のこと教えてもらえるだろうか。
公園の場所を特定しただけで喜んで、貯金をはたいてここまで来たというのに。自分の浅はかさに呆れてベンチに座り込む。こんなとき、ユナならどうするだろう。そんな本末転倒な考えがよぎって頭を振る。
泣きそうになっていたそのとき、背後から肩を叩かれた。振り返ると、そこには見知った長い髪の女の子の顔があった。
「やっぱり、レミだ。どうしてここがわかったの」
車いすに座っているものの、それは間違いなくユナだった。感情がぐるぐると渦巻いてうまく返事が出来ないでいると、ユナはクスリと笑って隣に移動してきた。
「とりあえずこれでも飲んで、落ち着こうか」
言われるまま、ユナが差し出した温かいお茶のペットボトルを受け取って、一口だけ飲む。じわりと体が温まって、少し冷静になってくる。
「……体は大丈夫なの?」
「うん、まだ万全じゃないけど、前より随分調子がいいんだよ。目標が出来たからかな。お医者さんもびっくりしてたよ」
「目標?」
「大学に入って、考古学の勉強をしてみたいんだ」
「へえ、そうなんだ。偉いな」
不安そうだったユナは、もうそこにはいなかった。あの旅が、ユナの身体にいい影響を与えてくれたのだろうか。安心したことで、思わず大きく息を吐いてしまう。ため息だと思われなかったかしら。
「レミにはそういうの、ないの?」
不意に聞かれて、言葉に詰まる。目が覚めてからの第一目標は、ユナと会うこと。だけど、もちろんそれだけじゃない。
「ユナともう一度旅をすることかな。わたしも色々勉強してみたいし」
わたしが言うと、ユナはまたひとつクスリと笑った。
「なんで笑うの」
「ごめん、ユナって初めて呼ばれたなって思ったから」
「あ」
振り返ってみると、あの旅はそんなに長くなかったはずなのに、ユナとは小さいころから一緒だったような気もしてくる。わたしにとってはそれくらい、彼女の存在が大きくなっていたのだ。
「どこに行こうか」
「前よりすごい旅にしないとね。世界一周するぐらいじゃないと釣り合わないよ」
「ふふ、じゃあお金、貯めなきゃだね」
そう遠くない未来に、二人でまた旅が出来る。根拠なんかないけれど、屈託なく笑うユナを見ていたら、そう信じられる気がした。




