12 天の川
「この先に何があるかは、わたしにもわからないんだ。だから、絶対にわたしの側を離れたらだめだよ」
「言われなくてもそのつもりです」
ユナにしがみつくようにして、石畳の廊下を地下に向かって進む。中は暗いので、懐中電灯の明かりだけが頼りだ。
ユナの表情は見えないが、様子はいつもと変わらない。昨日は日記のことを考えていて、あまり眠れなかった。ユナを待っている間に見つけてしまった、日記の内容が気になって仕方がなかったのだ。
四日目
何周しても、この世界の無機質さは変わらない。
きっと、わたしの心を映しているのだ。
わたしは本当に生きたいと思っているのだろうか。
このまま諦めた方が楽かもしれない。
どっちつかずの自分が嫌いになりそうだ。
その頁を読んだ瞬間、わたしは咄嗟に手帳を閉じた。見てはいけないものだと感じたからだ。
わたしの前では平気な顔をしていたけれど、ユナは悩みながらこの世界を旅してきたのだ。それがどんな種類の悩みかは、なんとなくわかった。この世界に来る前、わたしも同じようなことを考えていたからだ。
緩やかに下る螺旋階段がどこまでも続いている。足を踏み外したら、地の底まで転がってしまいそうだ。
「ゆっくりね。体力を温存しながら行くよ。膝に負担がかかるから、あまり腕を振りすぎないように歩いて」
「うん。ユナちゃんも足元に気をつけてね」
ユナの後ろを一歩ずつ慎重についていく。この先の道のりがどれだけ長くても、ユナと一緒ならきっと乗り越えられる。これまでは簡単にそう考えていたけれど、頼り切ってばかりではいけない。ここから先はわたしもユナを支えなければ。
しばらく階段を下りていくと、広い部屋にたどり着いた。お化け的なものがいたらどうしようとためらいながらも、懐中電灯の光で探ってみる。そこは何もないがらんとした空間で、突き当たりに四角い扉を見つけた。
「あれが出口かな」
「そうだといいけどね」
二人で扉の前に立ち、手を当てて力をこめる。かなり重たい手ごたえがあるが、少しずつ開いていく。扉のきしむ音とともに、隙間から眩しい光があふれて目がくらんだ。
目の前に現れたのは、キリンの顔だった。木々に囲まれた小さな公園で、キリンの滑り台と砂場が設置されている。元の世界に帰ってきたのかと思ったけれど、時が止まったみたいにしんと静まり返っていた。
「どこだろう、ここ」
わたしは思わずつぶやいた。隣のユナは立ち尽くしたままキリンの顔を見上げている。
「……子供の頃、この滑り台をずっと窓から見てたの」
「窓?」
周りの景色を確認してみる。滑り台が見えそうなのは、近くにある病院の建物ぐらいだ。
「もう十年前に取り壊されて、ここは駐車場になってるけどね」
そう言うと、ユナは滑り台のてっぺんに座って手すりを掴んだ。
「一度でいいから、本当に滑ってみたかったんだ」
「滑ったことないの?」
「滑りたくても無理だったから」
ユナは寂しそうに笑うと、すうっと下まで滑り降りた。人の気配こそないけれど、今いるこの世界にはどこか懐かしさを感じる。ユナが子供時代に見た世界なのだろう。
「出ようか」
ユナが出口に向かって歩き始めたので、わたしは慌ててその後に続いた。
公園を出ると、急に真夜中のように真っ暗になった。たった今出てきたはずの公園も消えている。少し歩くと目が慣れてきて、空に沢山の星が瞬いていることに気づく。どうやらそこは、夜の高原のようだった。
夜空に散らばる光の粒の一つ一つがくっきりと見える。きらめく星々の様子に、しばらく時間が経つのを忘れてしまった。
「天の川が空を横切っているの、わかる?」
ユナがわたしの隣に来て、一緒に空を見上げた。
「雲みたいに見えるところだよね」
「そう。あれはわたしたちがいる銀河系の一部。だから、今見えているのは、切り取られた世界の姿とも言えるんだ」
「へえ、素敵だね」
ユナはいつもより饒舌だった。その顔は見えないけれど、嬉しそうな声に聞こえる。
「たった一度だけだけど、親に無理を言ってここに連れてきてもらったの。この場所にいると、世界の全てが見えるような気がして」
ずっと話してくれなかったのに、ここに来てからユナは自分のことを語っている。わたしの中で、うれしい気持ちと、不安な気持ちが入り交じる。
「……ユナちゃん、聞いてもいい? もしかして、何かの病気だったりする?」
「……うん。少しずつ話すよ。レミには聞く権利があるものね」
そう言った後、ユナが小さくため息をついた気がした。




