11 日記
声が出なくなるまでユナの名前を叫んだが、わたしの声は暗闇の中に吸い込まれていくだけ。気づいた時には三時間以上が経過していた。
ユナのことにわたし自身のこと。今のわたしには、次々に襲いかかってくる不安を振り払うのが精一杯だった。ふらふらと部屋に戻ってリュックの隣に座る。この重たいリュックの中身を取り出せるのはユナだけ。もし、このままユナが帰ってこなかったら。また、そんな考えがよぎってしまい、わたしは思わず頭を振った。
万が一ユナとはぐれたとしても、このリュックは連れて行こう。ここまでずっとお世話になってきたのだから。そっとリュックに触れると、ほんのり温かさを感じる気がした。
「……これ、なんだろ」
わたしは、リュックの外側に付いているポケットに気づいた。こちらは普通の物入れのようで、小さい手帳が入っていた。開いてみると、手書きの文字が並んでいる。
十日目
スタート地点でキャンプを始めて十日が過ぎた。
まだもう一人は現れない。
十一日目
このまま待っているのは正解なのだろうか。
今日まで待って現れなければ、移動を始めることに決めた。
表紙には〝三周目〟と書かれている。これは多分、ユナの日記だ。
十二日目
旅立つ覚悟を決めたとたんに、希望がかなえられた。
同世代だったのは安心したけれど、複雑な気持ちもある。
十三日目
レミはとても元気で、一緒にいると気持ちが軽くなる。
それだけに、巻き込んでしまったことが気になって仕方ない。
わたしの考えすぎであって欲しい。
人の日記を読むのは良くないと思うけれど、一人になった寂しさが勝って、頁をめくってしまった。やっぱりユナはわたしを巻き込んだと思っていたみたいだ。わたしがここにいるのは、ユナのせいじゃない。そのことだけは、はっきりと伝えなければ。わたしはここで一晩過ごすため、囲炉裏の火を起こすことにした。
通路の松明を持ってきて、なんとか薪に火をつけることは出来た。たき火を見つめていると、早速不安になってしまう。ユナはこんな気持ちでずっと旅をしていたのだ。よく考えたら、ユナがいなかったらどこに行けばいいのかもわからないのだ。
今のわたしは生きても死んでもいない状態で、どこかにある出口を目指している。行先はユナの記憶が頼り。なんとしても、帰ってきてくれないと困る。
パチパチと薪がはじける音が心地よくなってきて、そのうちわたしは眠りに落ちていた。
* * *
わたしは、片道一時間半ほどかけて高校に通っていた。進学校なので、早朝と夜に課外授業があって、帰るころには十時を過ぎる。勉強が跳びぬけて得意というわけじゃないわたしは、次第に周りに置いていかれるのを感じていた。
その日、わたしは通学路途中の横断歩道で信号待ちをしていた。疲れが溜まっていたのだろう。歩道側にはみ出して走行するトラックに気づくのが一瞬遅れた。暗闇の中で近づく二つのライトがスローモーションに見えたそのとき、わたしは受け入れてしまった。
ここで終わりになっても仕方がない。そう考えたのは、わたし自身が自分を好きでなかったからだ。自信の無さで誰かの顔色を伺うことが増え、それでいて大した成果は生み出せない。わたしなんか、いてもいなくても変わらない。いつしか、そう考えることが増えてきていた。
そして最後の瞬間、大きな衝撃とともに意識が弾けた。
* * *
「ん、起きた?」
わたしは頬をくすぐられる感覚で目を覚ました。隣を見ると、ユナの肩に寄りかかっている自分に気づいた。
「ユナちゃん? 本物?」
「わたしは本物だと思ってるけどな」
ユナはふっと笑いながら焚き火を木の枝でかき混ぜた。長い黒髪と、落ち着いた優しい声。間違いなくユナだ。わたしは緊張感から解き放たれた反動で、涙が溢れてきてしまった。
「ちょっと、泣かないでよ。どこか痛むの?」
「ううん、安心しちゃって」
わたしの体には毛布がかけられていた。ユナを待つ間に寝てしまったのだろう。
「心配かけたね、ごめん」
「わたしの方こそ……」
ユナは湯気のたつカップを差し出してきた。日記帳のことが脳裏によぎる。勝手に読んでしまったことを謝らないといけないのに、言葉に出来ない。
「この場所のことを確認してたんだ。ここが〝出口の入口〟で間違いないみたい」
「どういう意味?」
「ゴールが近いってこと」
ユナの横顔が焚き火に照らされて赤く染まっている。いよいよ、この旅の終わりが見えてきたのかもしれない。




