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四つ目の怪物と飢餓の女

マブレン公共図書館にて



大きな爆発が轟き、眠っていた誰もが叩き起こされた。


「敵襲!敵襲!武器を取れ!」


市民軍は枕元に置いた銃を手に、この場所を守る為に応戦する。


派手な爆発と、悪戯好きな妖精のように飛び跳ねる曳光弾の光は、暗闇に慣れた目へ焼き付く。


「高圧砲はまだか!?」


「さっき取りに行ってたぞ!」


「遅すぎる!俺が行くからここは任せた!」


激戦の後ろでも、戦いは起きていた。


負傷した者を手当てするための医薬品はもう底を尽き、包帯は煮沸した物を使い回しているが、それでも医者としての責務を果たそうと奮闘している。


救護所として使用されているこの場所は、普段は来館者が静かに本を読む場所だった。


しかし今は誰もが叫び、静かにしているのは死人か、石タイルの冷たい床に薄っぺらの毛布一枚で寝かされ、血の臭いが本に染み付くほど出血した者だけだった。


地に伏す者達の間をくぐり抜け、地下の武器庫へ急いだ。


「お前ら何してる?さっさと砲を持ってこい!」


「あぁ、いま爆弾を用意してるところですよ」


「爆弾?」


ドア裏に忍んでいた存在が、首の動脈を狙って突き刺し、呻き声すら漏らせずに死に絶えさせた。


「私は目標を破壊する 他は撹乱を」


4つ目の悪魔はM4A1を構え、図書館内の撹乱を開始する。


爆弾を仕掛け終わったルーマは、本棚に被った埃を払いながら漁り、オイルライターで炙り燃やした。


架空戦記の棚からBHD、麦と兵隊、ネプチューンスピア作戦を。


農業の棚から、コルホーズ、オーガニック農業、ハーバーボッシュ法の歴史を。


ファンタジーの棚から、資本論、1984、創造論を取り出し、すべて燃やした。


「アーヴィング1-1から全隊へ」


「上階の焼却が完了、これより地下での作業に掛かる」


「こちら1-2、民兵が何人か裏手に回っている」


「りょーかーい」


通路を進むと、1-2が射殺した死体が放置されていた。


胸に2発のダブルタップで5.56mm弾を叩き込まれていた。


訓練通りの見事な射撃だ。


流れ出る血液に目蓋が降りてしまうが、これではいけないと頭を振った。


「飢餓を抑えないと」


ルーマは強烈な空腹で頭痛を起こすが、何とか気を持たせようとする。


「パンケーキもっと食べときゃよかった」


作戦前にソーセージを6本とパンケーキ3枚、翼竜の尻尾肉を腹に入れたが、まだ食べ足りなかった。


「食べちゃおうかな……でも吸うなって言われてるし」


どうしようかな、こうしようかな、なんて少しだけ悩んでいると、後ろの扉が開いた。


即座に銃口を向け、胸に2発放った。


サプレッサーのくぐもった銃音は、外の戦闘に掻き消される。


菓子屋の前で指を咥えて品定めしていた子供から、兵士の顔に変わった。


「武器庫に急げハンス!弾がもうないぞ!」


飛び出して来た民兵へ照準を合わせ、ホロサイト越しに見える相手の胸を撃ち抜く。


自分がこれから死ぬことを、夢とも思っていない顔をしながら倒れる。


「ハンス!なんてこった!なんなんだ!?誰が撃ってるんだ」


通路の角で顔を出さずに怯える民兵へ接近し、銃身で横腹を突いてよろめかせ首にかぶりついた。


「何者なんだ…………」


そのまま首の骨を折り、肉を噛み千切った。


ルーマは口元を拭い、人皮を吐き出して地下の図書貯蔵室へ向かう。


「こっちだユメ、お前は地下に隠れるんだ」


「私も戦えるよ」


「馬鹿言うな、子供が銃や剣を手にしてなんになる。役に立つもんか」


照準を男に合わせ、引き金を引いた瞬間、何かが運命を狂わせたのか弾が発射されなかった。


「不発!?」


弾が不良品だったのか、カービン銃から弾が出なかった。


弾倉を抜き、チャージングハンドルを引いて薬室から不発弾を取り除く一連の動作を行い、再び構えて引き金を引いた。


撃針が弾薬の雷管を叩く音だけが響き、またしても発射されなかった。


「クソ故障か」


M4を放棄し、グロック19拳銃に持ち替えて引き金を引く。


「嘘でしょ……」


2丁の銃が故障という最悪の展開を引き当てた。


ルーマがモタモタしてるうちに、コルトは自分が狙われていることに気が付き、慌てて物陰に隠れてる。


「尺余の銃は武器ならずってね」


腰に携えたマチェットを抜き、コルトに向かって突撃を敢行する。


「下がれユメ!」


コルトは銃弾を命中させるが、ルーマの防弾ベストに阻まれ大したダメージを与えることが出来なかった。


寸でのところで振り下げられた刃を避け、至近距離から銃撃する。


幾ら防弾装備に防がれているとはいえ、当たればプロボクサーのパンチに匹敵する打撃力だ。


それだと言うのにこの女、よろめきすらしない。


コルトの渾身の右ストレートが炸裂し、ルーマの脳を揺らすが、それでも殴り返して来る。


ルーマが肘で顎を殴り付け、マチェットの柄で頭蓋を横叩きにした。


マチェットを振り下ろそうとする腕を掴み、一緒にベルトを掴んで女を投げ飛ばした。


「畜生痛てぇな、随分タフな女じゃないか」


コルトは顎を撫でながら、骨がずれてないか口を動かして確認する。


相手が起き上がると同時に拳銃を構え、警告を放つ。


「動くなよ、次は頭を狙う」


飛び道具を持っている以上、こちらが有利だ。


この10m距離、外しはしないし外せはしない。


「我が指よ、君主の名の元に矛を破りたまえ」


ルーマの指は炸裂して結晶となり、血液で出来た線が石タイルの床を叩き割りながら進んだ。


「マジかよ」


血の茨がコルトに迫る瞬間、横から別の魔法が掻き消した。


「あら?」


極太のレーザーが辺りを焼き払い、ルーマは吹っ飛ばされた。


ユメの手のひらから放たれたレーザーは、運命を塗り潰すような破壊をもたらした。


「い゛い゛い゛ぁぁぁぁ゛」


ルーマの皮膚は硫酸浴びたかのように焼け爛れ、苦しそうにしている。


焼けた服の隙間から、白く柔らかな生々しい膨らみが見えた。


「また助けられちまったな」


そう言ってユメの肩に手を置いた。


「この人、死んじゃうの」


明かにユメは動揺していた。


その動揺の理由は、これから初めて人を殺すという理由だけではないようだった。


「駄目だよ、焼くなんてあんまりだよ」


「………焼き殺したくないのか?」


「うん」


「それなら、こいつを助けないとな」




マブレン市民軍 モンゲ軍 会合場所にて



「そちらの指揮官はまだ来ないのか」


「移動に時間が掛かっている、もうすぐだ」


フーバーはその返答を一笑し、バンプを煽った。


「聞いたか諸君!モンゲンロート帝国のお偉方は、現場の事なんて何にも考えていないらしい!」


隣に居たコルトは、交渉のテーブルで相手を煽るフーバーの態度に、怒りを感じるどころか驚いていた。


「口の聞き方に気を付けろ、我々はまだ十分戦える力を残しているぞ!」


「お前らこそ何様のつもりだ!勝手に来て勝手に戦争を仕掛けやがって恥を知れ!」


「これが大人の言い争いかぁ……」


「まぁこんなもんさ、身体がデカい子供ってのは意外と多い」


遠い目をしたユメとコルトは、砲撃で屋根が吹き飛んだ建物から、うっすらと昇る太陽に照らされた空を見上げる。


そして、その空を震わせる黒鳥が飛来した。


「ヘリコプター?」


ヘリから降りて来た集団は、異様な殺気を放ちながら周囲の警戒に当たる。


「2人着いて来て、それ以外は外で待機」


4つ目の護衛を従えて現れたその人物は、どす黒い獣の血のような髪色の女だった。


「おはようございます皆様、ガーベラ大隊指揮官のアデリーナです」


彼女が首を撫でると、身に纏っていたトレンチコートが収納され、白シャツに黒いスカートを履き、チェストリグを身に纏った姿が露になる。


「早く始めましょう。胸の大きさ関係なく、銃を吊り下げたままだと肩が凝るわ」


MP446を部下へ預け、文字通りの交渉の席に着いた。


この交渉の席が設けられたのは、双方余裕がないということを意味していた。


弾薬が尽きかけているモンゲ軍と、戦闘で人員を消耗した市民軍は、互いに威勢の良いことを述べはしているが実際はジリ貧だった。


しかしこちらには、交渉のカードとも言える存在があった。


先ほど捕虜にした女だ。


あの充実した装備から察するに、特殊部隊あるいはそれに準ずる部隊の出だ。


たった1人に、どれだけの譲歩を引き出せるかわからないが、やらなければどのみち生きてこの街を出られはしないだろう。


「捕虜は負傷しているが、今のところ死体になるほどの怪我ではない」


嘘である。


全身の殆どを焼かれ、自分で命を絶とうともがいている状態だ。


あと1時間で死ぬだろう。


「だが、お前達に怨みを持った人間が図書館内に大勢いる。日が昇らないうちに、捕虜を殺せと大挙して押し寄せて来るかもしれない」


引き出すなら、人道回廊の設定や一時停戦といった譲歩だ。


まだ捕虜の息のあるうちに、自分達だけでも街から脱出する時間を作ることができれば万々歳だ。


「この際、捕虜の為に腹の探り会いは無しにしましょう」


赤髪の女はそう言うと、本の表紙だけが描かれた紙を置いた。


「図書館内にある本の中から、これだけを渡してくれればいい。そうしてくれれば我々はこの地域から即時撤退する」


「本当か!?よし直ぐやろう」


さっきまでアデリーナの両脇に居る4つ目の護衛にビビり散らしていたフーバーは、コルトを遮るようにしゃしゃり出てきた。


「おい待て、まだそんな口約束を信用でき」


「この街の代表は私だ、余所者の君に口出ししないで貰いたい」


随分都合の良い奴だ、こういうのがトップだとこの街も苦労してるだろう。


「では決まりです。私の両脇に居る2人がそちらに行きますので、どうか」


「くそぉ特殊監査室の連中め、いい気になりやがって」


主導権を完全に握られたバンプ大佐は、歯軋りをしながらこの屈辱に耐えていた。


十数年前から軍内部に創設された特殊監査室の連中は、とにかく業務内容やシステムに首を突っ込んで引っ掻き回すのが好きな奴らだった。


監査室はハーキュリー号強奪事件を機に創設されたレッドチーム(仮想敵部隊)だった。


敵国の特殊部隊に停泊中の空中艦艇を制圧され、丸ごと盗まれたのだ。


それに危機感を覚えたモンゲ軍上層部は、組織の脆弱性を特定改善させる監査室を立ち上げた。


最初は海軍、次に陸軍、今ではこうして現場にまで介入する始末だ。


「お前らは何処まで付け上がるつもりだ?」


「付け上がってるつもりは無いのだけれども……」


アデリーナはそう思われるのは不本意なんだけど、という顔をしながら黒いスカートをたくしあげ、ストッキングに挟んでいた小瓶を渡した。


「これは……ダイヤか」


小瓶には小さなダイヤが2つ入っていた。


質に売れば、いい小遣いになるレベルの小さな物だ。


「それで踊り子のハンナちゃんが欲しがってる蓄音機でも買ってあげたら?ついでに酒樽みたいに大きくなった奥さんにも」


その言葉でパンブは背筋が凍った。


俺が財布の紐を妻に握られて金を自由に使えてないことも、浮気相手についても、嫁に対する悪口の内容まで知っているのだ。


小うるさいのを賄賂と脅迫で黙らせると、早速作業に取り掛かる。


4つ目の怪物に、図書館内に立て籠る住民達は思わず後退りするが、その直後、怪物が目を掴み頭の上へ持ち上げた。


「うゎ!……………お?」


4つ目の下には、人間と同じ2つの目というか、普通の人間と同じ顔があった。


よく見ると、目だと思っていた物はただのゴーグルであり、双眼鏡のような物が4つ並んでいるだけだった。


「噂ってやつは本当に信用ならんなぁ」


そう誰かがぼやいた。


「えーと、さらば5人の勇者って本を渡せばいいのか?」


「そうだ、早くしろ」


「チッ、先に仕掛けておいて、ふてぶてしい奴らだ」


住民達が本を探し回る中、ユメは鞄を抱え、じっと隅っこに立って目立たないようしていた。


まるで犯人探しだ。


確かユメも同じ物を持っていた筈だ。


コルトは兵士に悟られぬようユメの前に立ち、壁となって彼女を守った。


保存状態が悪かったのか、本は黄色く変色し、ページを捲るだけでペリペリと紙が薄く剥がれ落ちた。


こんな物を燃やす為に軍を送る理由が、まだ分からなかった。


「戦前の記録通り4冊を発見、それと12冊の簡易増産版を見付けました」


「ご苦労、ヘリに乗り遅れる前に帰途して頂戴」


4つ目を付けていた兵士は空の向こう側へ消え、残った紙の燃えカスの臭いだけが、鼻にこびりついた。



UH60機内にて



「もう包帯を取っても構わないぞルーマ」


寝起きの人間のように起き上がったルーマは、負傷しているフリを止め、皮膚ごと包帯を切った。


火傷の跡は消え、セラミックの如き輝きを放つ肌が太陽に照らされる。


「2丁ともジャムるなんて災難だったわね」


焼けて炭になった服を剥ぎ取り、半裸状態でマイクを装着して返答する。


「レーザーで丸焼きにされた時は焦った。久々に死を感じたよ」


「高圧照射魔法とは厄介ね。貴女に深手を負わせたその相手、探りを入れてみるわ」


「イエスマム」


「それと貴女一応吸血鬼なんだから、吸血鬼らしくお日様の光を嫌がってみたら?」


「ご冗談を、日に弱いのは全盛期までの奴らで私は新時代の吸血鬼なんですから」


「少しは可愛げのあるところを見せてみろって話よ」


「了解、善処します」

誰からも見られなければ、創作物というのは創られていないのと同意義になります。

この小説を存在させている読者の方に感謝します。

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