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ただ、それだけの話だ

ヘリ空母ダズネルにて



「後続機の収容を急げ、戦闘ヘリはヘルファイアを補給後再出撃!」


ルーマは袋を被せられた男をヘリから降ろすと、艦内の尋問室へ連行する。


「私達が出るまで誰も入らせるな」


扉にロックが掛かると同時に袋を脱がされた。


「この本が読めるか?」


スチール製の机に置かれた分厚い本のタイトルには、さらば5人の勇者と書き記されていた。


「ああ読めるさ」


「中身を読めと言ってる」


気が進まないし、読む気もしないがここの連中のボスらしき赤毛の女が腕を組んで早く読めと圧力を掛けて来る。


最初は律儀に1ページづつ丹精込めて読んでいたが、徐々につまらなくなってきてそれから10ページ飛ばしで読み、最後には読む気が失せた。


「ふざけた小説だ。面白いのは最初のページだけ、後は何処かで観たような展開の繰り返し」


こんな本を売ろうなんて、消費者に失礼だと思わないのだろうか。


病院の待合室に美容雑誌か3日前の新聞しか置いてないのなら読むレベルだ。


「同感ね、こんな本が大陸中にあるのが不思議なくらい」


「詳しく聞こうか」


アデリーナは全てを話した。


この本とほぼ一致する内容の事件や出来事が、この数年で頻発しているということ。


ユメという少女の異常性について、分かっていることから分かっていなかったことまで全て話された。


「彼女を操っているのは、この本の著者だと我々は結論付けている。目的についても大方検討がついてる」


「ノンフィクション作家になるとでも言うつもりか?」


「奴は神になろうとしている」


「神?ふざけてんのか」


神とは信仰によって創られた存在だ。


崇める人間が多ければ多いほど、神というのは力が強くなる。


「信者を集めるには、魅力的な物語が必要になる。罪を免罪したり天国に連れてってくれるようなのがね」


「この本が魅力的な物語になるとは思えないがな」


「だからこそ、事実にすることに意味があるの」


この本の著者はセンスが全くない、はっきり言って二流から成長しないタイプの中途半端な奴が書いたものだ。


文章の端々に見える自己投影が、物語の世界観と噛み合わず、狂わせて滑稽なものにしている。


「どんなに荒唐無稽な話でも、それが事実として記録に残っているのならば、それは大きな意味を持つ」


「そいつはなんたって神になりたがるんだ?」


「一つ上げるとするならば、自己顕示欲を満たすことだ」


神になれば、自分を崇拝しクソつまらない小説を聖書として崇め奉るだろう。


「その為にユメを利用してるのか?合点が行ったよ」


「彼女の本当の名前かどうかも怪しいけどね。これまでに貴方含め4人騙してきたけど、全員聞かされてきた内容はバラバラだった」


何処を調べ掘り返しても、嘘ばかりで真実は何も見えやしない。


もし神なんていう存在になれば、殺すことが難しくなる。


「まだ因果が繋がっている以上、あんたは奴を追える」


「そうだ、貴様でしか奴を殺せない」


ルーマとジャルバーは、ユメと戦ってきた経験から答えを導き出せていた。


扉のロックが外され、武器庫へ連れ出された。


「好きなの持ってっていいよ、向こうの世界では型落ちだけど、こっちじゃ最新鋭の武器だ」


機関銃や大口径狙撃銃、サーマルスコープが載った銃まで揃っていた。


「すげえなアルシャナ大戦争の終盤シーンみたいだ」


「映画好きだねぇ、SFに興味はない?」


ルーマはM5ライフルを手渡した。


「高初速の6.8mm弾で防弾ベストでも貫ける。レーザーで距離を測定して弾道計算を自動で行うスコープも付いてる」


「こんな凄いのがあるってのに、何故使わない?」


「ベテランほど電池で動く物を信用はしない。数も少ないしね」


刃は研いだ。


あとは突き刺すのみ


「サタニズム6から管制、弾丸を装填した」


「こちら管制了解、離陸を許可する」


「座標の位置から1km離れた場所に降ろす」


空母から離れ、どんどん遠くなっていく海を眺めながら爆撃によって作り出された業火の中へ突入する。


化け物は人の形をしている。


だから人を殺せ、躊躇うなよ




モンゲンロート帝国東海岸側にて



ヘリは焼け落ちた教会の目の前へ強烈なダウンウォッシュを浴びせながら着陸し、コルトを降ろす。


「幸運なんて祈らないから殺してこい!」


「真面目に祈ったことなんてないさ!」


石畳を辿って街の中心街へと駆け足で進んだ。


どこを見渡しても瓦礫と焼け跡、もしくは死体が目に映り、人々に暗雲をもたらしていた。


崩れた建物の瓦礫が道に雪崩込み、とにかく歩きにくく街の中を進んでいる気がしなかった。


誰もかれもが下を向いていて、警戒心の強い猫でさえもこちらを見向きもしなかった。


幾つも人が積み重ねっている場所があった。


火の手から逃れる為に地下街に人が殺到し、ミルフィーユみたいに積まれ圧死したのだ。


この光景を惨いと言わない人間がいるのならば、恐らく正気ではないのだろう。


「こっちにもっと油を持ってきてくれ!それと……」


警官と目が合った。


が、直ぐ後ろに振り返り、集められた死体に油を撒いた。


ライフルを下げた明らかに怪しい男が居たら、平時ならば確実に呼び止められていた筈だ。


ガスにやられて道のあちこちにゴロゴロと転がる骸によって築かれた道が、どこまでも続いている。


これから辿り着く場所が人生の最果てだとするならば、ここはまだ入り口なのかもしれない。


「星を見上げてきたぜ、ユメ」


座標が指す場所は旧大聖堂、宗教弾圧によって壊滅した宗教が布教の拠点にしていた場所だ。


スコープで周囲を偵察するが、ユメの姿は見えない。


「獲物はじっと待てだ」


コルトは大聖堂全体を見渡すことができ、なおかつ潜伏に適した場所である半壊した建物を選んだ。


銃に取り付けられたグリップバイポットを立て、スコープを覗いて周囲を監視する。


そのまま6時間ほど伏せた状態のまま、大聖堂前を通る人々の姿を注意深く見続けた。


そして日が暮れかけた頃、オイルランプを腰に下げた集団が見えた。


「モンゲンロート兵?」


2個小隊規模の兵力が大聖堂を包囲する。


「軽機は入り口を固めろ!第1小隊は大聖堂へ突入せよ」


これはまずい状況になる。


そう感じ、冷や汗が流れ出た。


25人の兵士が雪崩れ込み、銃撃戦を始める。


銃声が夜の街に響き渡り、汗が頬を伝い落ちた時には止んだ。


「まさか全滅したのか?」


列車がブレーキを掛けるような音が響き、その瞬間大聖堂の中からレーザーが飛び出した。


軽機関銃を構え、入り口で待ち構えていた分隊が消滅し、時計回りにレーザーが動き出した。


大聖堂の高さが5m短くなり、包囲を行っていた小隊は消滅した。


「会いたかったぜ、ユメ」


中から姿を表したのは、長身の男とユメだった。


長身の男はユメの圧倒的な力に唖然とし、ユメはバックを抱えて男の後ろに立っていた。


「お前すげえな!?そのバックの中に秘密があんのか?」


ユメへ拳銃を向け、問い詰める。


今まさに事実が創られている最中なのか、俺と同じようにユメへ銃を向けていた。


脚本がワンパターン過ぎてつまらないあの本と同じ展開だ。


多分ユメは次にこう言うだろう。


「「これは力なの」」


コルトは迷わず、ユメが抱える本を狙い引き金を引いた。


衝撃で手から本が弾かれ、地面に叩きつけられる。


次に長身の男を狙う。


首をくねらせ弾を避け、凄まじい勢いでユメを回収して逃げた。


「さぁショータイムだ」


ユメが落とした本を拾い上げ、ポーチに押し込むと追跡を開始する。


「急げこっちだ!」


爆撃被害の少ない海岸側へ向かう2人をコルトは追った。


更地になった中心街と違い、海岸側には建物がまだ建っている。


俺を撒くつもりらしいが、ジャングルに比べればこんな舗装された場所は苦でも何でもない。


ましてやユメを連れた状態では思うように動けない筈だ。


あっという間に追い付き、銃撃を加える。


弾は脇腹を掠め、壁に命中する。


「クソ!見通しが悪い」


撃てそうな瞬間に曲がり角を進み、絶妙なタイミングで射線を切る長身の男は、振り返り待ち伏せをする。


コルトが曲がり角へ飛び込んだ瞬間、猛烈な勢いで銃弾を浴びせられる。


撃たれた衝撃で地面に転がるが、負けじと撃ち返す。


何発かが当たったが、防弾着に命中したお陰で痛みを感じるだけで済んだ。


「マシンピストルか?クソ9mm なんかで俺を撃ちやがって!」


ライフルを装填し終わると、制圧射撃を行いながら接近し、顔を一瞬だけ出して様子を探る。


既に姿は無く、逃げられたかに思えた。


だが焼け跡を歩いたせいで、微かに残る黒い灰が足跡という痕跡を残していた。


待ち伏せを警戒しつつ跡を辿りながら進むと、公園に出た。


火災の避難所として使われているらしく、多くの人が身を寄せ会い疲れ果てている。


この状況はまずい、何処からでも狙いたい放題だ。


恐らく銃や魔法は使わない、背後からの一突きで殺しにかかる筈だ。


何故分かるかと言えば、あの本の著者は最後の5人目の勇者がお気に入りで、なるべく手を汚す描写を避けていたからだ。


ここで銃や魔法を使えば周りの避難民に命中する。


だから撃たない、手を汚させたくないからだ。


コルトは親子供達がボール遊びをしている場所を背後に銃を腰だめで構える。


「さあ来いよ、俺を殺さなきゃ計画が頓挫するんだろ」


俺に言わせりゃ、そこに敵が居るならナパームで全員焼き払えばいいんだ。


子供を盾にしたお陰で、正面から人混みに紛れて長身の男が姿を現す。


膝を曲げ屈んでいるが、その不自然さは目に見える。


コルトは空に向けて銃を放つ。


驚いた避難民は一斉に悲鳴を上げながら発砲音から逃げ出した。


姿を隠す群衆が散り散りになったその瞬間、コルトは銃を撃ちまくった。


弾は長身の男を貫通して後ろにいた避難民にまで浴びせられる。


男は倒れ、コルトは背後から腰をナイフで刺された。


ユメは明確な殺意を向けながら、コルトを何度も刺した。


「うああああああ!」


腕を動かしているのは殺意だが、彼女の足を動かしたのは恐怖だ。


コルトという恐怖が、ナイフを向ける要因となっている。


ライフルが持てなくなり、仰向けに倒れる。


ユメは馬乗りになってコルトを刺し続けた。


心臓へ向けて振り下ろされるナイフを掴み、ユメの顔を横殴りにして意識を刈り取った。


刃の殆どは防弾着のプレートに当たって致命傷には至っていないが、腰を刺されたせいで歩くことが思うようにいかない。


拳銃を抜き、長身の男にとどめを刺した。


5人目の勇者は殺した。


あとはユメだけだ。


気絶したユメを狙い、銃口を頭へ向けた。




3時間後……



死体袋に包まれたユメをヘリコプターに収容すると、ルーマはジャルバーと共に血の跡を辿って歩き出した。


血の跡は一軒家へと続き、中からは死臭が漂っていた。


食卓を囲む家族は、頭を撃ち抜かれ皆殺しにされていた。


机に突っ伏す首を立ててやれば、また家族団らんを楽しみ始めそうなほど、その原型を留めていた。


家族が死んだことに気付かないほどの速さで正確に撃ち抜いたに違いない。


タンスの引き出しや戸棚が乱暴に開けられ、誰がどうみても強盗に入られたと思うだろう。


ルーマは机の上に拳銃と共に置かれた手紙を開く。


吸血鬼の女へ

端的に言おう 俺は撃てなかった。

これが俺本来の感情なのかそれとも何ヵ月にも渡って操られ続けたせいなのかは分からないが、化け物に情が湧いてしまった。

ユメという名前も出で立ちも、それから身体の火傷の理由も全て嘘だと思う。

何一つ真実を話してくれなかったとしても、ユメという存在と共に耐え延びたこの旅路をこんな形で終わらせるには、少し長く歩き過ぎた。

自分の中にある利己主義的な考えを、どう転換すればユメを殺さずに済むか考えた。


その結果がこの通りだ


コルトは後に辿り着くであろう吸血鬼の女へ向けて、手紙を書くと家を出た。


ユメを殺さずに済む方法、それは自分に付与された英雄的行いを帳消しにすることだった。


いわば不名誉除隊だ。


仲間を助け、百以上の敵を葬った兵士が居たが、最後に頭がおかしくなって国に帰ったあと女児を強姦して除隊した奴がいた。


金を目当てに一家を皆殺しにする奴を大衆が英雄などと見なす筈がない。


苦し紛れに奪った時計や紙幣を排水溝に投げ捨てる。


砂浜に足跡を残しながら、薄暗くなる海へ進む。


冬の海は筋肉を硬直させ、ビリビリとした痛みをもたらす。


人生は苦難の連続、ただ受け入れ順応するのみ


「大丈夫だ、この暗さにも慣れてきたところだ」



機密施設アルファポイント74にて



死体袋に包まれた彼女は、鉛とコンクリートで出来た隔離部屋へ収容される。


「ここは本当に安全なんでしょうね」


「古い施設ですが、計算ではICBMの直撃に127回耐える造りになっています」


「一個人の力ではどうしようもないってことね」


アデリーナは報告書を読みながら、笑みを浮かべた。


「あの子、随分彼に肩入れしてるみたいね」


報告書の端々から見える情熱的表現は、読む者の心を的確に掴んでいた。


「貴女はどうなのですか?」


「そうね、せめて墓標を建てるぐらいはした方がいいんじゃないかしら」


「ではそのように」


アデリーナが読む報告書には、さらば5人の勇者達の無力化が確認されたという報告が記載されていた。


この本の著者が何処かで野垂れ死ぬその日まで、彼女は幽閉され彼の存在は秘匿される。


この本を書いた奴が、人間なのかそれとも何百年も生き続ける種族なのかはわからないからだ。


物語は終わっていない、ただ止まっているだけだ。


彼女が呪いから解放されることを願おう。


彼の名を再び呼べる日が来ることを願おう。






東海岸のビーチには、何も書かれていない墓石が建っているという。


地元民に聞いても、誰の墓かは知らないと答える。


解釈は様々だった。


大昔に大きな戦争が起きた時、爆弾で殺された沢山の人々を忘れない為に建てられた。


入水自殺をした女の霊が出て来たので、墓を建てて成仏するよう祈りを込めた。


名前も語らせたくないような酷いことをした罪人に、慈悲の心で誰かが墓を建てた。


そうやって、あることないこと噂を立てられていた。


だが私は知っている。


あの墓は彼を忘れない為にあると知っている。


忘れたりはしないのだ

投稿が遅れて申し訳ありませんでした

ここまで読んでくれてありがとうございました

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