引き返せ
「なぁお前、死ぬ寸前はどんなことを考えてた?」
父親は玄関先に置かれた椅子に座り、足元に並ぶビールの空瓶を眺めていた。
「さあな、そういう時は撃ちまくってた」
癌に蝕まれつつあるその身体は、気のせいか小さく思えた。
肉体は百の幸福を受け入れる用意があるというのに、節理は百の苦難を与えることを望んでいた。
「何故」なんて思ったりはしない。
それが世の中ってやつなのは、ジャングルでの戦争で分からされた。
「意外とな、達観出来るもんなんだよ」
「慣れるからな、そのうち眼前に切先を向けられても何も感じなくなる」
「いやそうじゃない、今後の憂いが無くなるからさ」
「俺よりマシな死に方をしろコルト」
クロッカス診療所にて
目覚めた瞬間、細胞という細胞が活性化しているのが分かった。
あれだけ迫っていた死が遠退いていて、あの世の対岸に居るかのような感覚だった。
「心臓が止まるどころか動悸がしやがる」
腕に繋がる管の先には、緑色の点滴が吊るしてあった。
対急性放射線症候群治療薬と表記されたその薬液は、この世界で3番目に人を救ったとされる薬だった。
「ヴェロニカか……」
「そうヴェロニカ」
腕を組んで座る彼女は、医者の風貌をしていた。
小さな村に一つだけある唯一の診療所にコルトは連れて来られていた。
本来なら、こんな辺境のこんな場所に連れて来られたとしても助かりっこなかった。
「あなた幸運よ、被ばく治療の第一人者がここにいるんだから」
「まさかあんたが?」
女医は肩を竦めてまさかと言った。
「第一人者は外で遊んでるあの子」
窓の外にはまるで聖女のように微笑みながら、ユメと共に子供みたいに跳び跳ね遊ぶ姿が目に映った。
「参考までにどうやって助かったか聞かせて貰ってもいいか?」
「あの子がここまで運んで、私達が延命させた」
「延命?」
「被ばく量と時間経過によって、ヴェロニカの効力は大きく変わる。あんたの場合、大量に打ち込まなきゃならないくらい放射線を浴びてた」
ヴェロニカは死んだ細胞を蘇らせることが出来るが、投与量が一定の数値を越えると体内のマクロファージが暴走して攻撃的になる。
そして他の細胞を破壊し始める。
「火を消す為に船に水を入れなければならないが、入れ過ぎれば沈没する。そういう薬なんだよヴェロニカは」
「あとどのくらい持つ?」
「雪が溶けるまでは保証できない」
冬の寒さのように堪える答えだ。
「親父には癌よりマシな死に方しろと言われてるが、どうやら無理そうだ」
「海辺でも眺めながら余生を過ごせるなら、そうした方がいいかな」
ため息混じりにそう話す彼女は、でもどうせ何かしらやろうとするんでしょ、という目を向けていた。
「どうしてこう、みんな楽な方向に進もうとしないのかって思うよ」
「楽な選択なんてない、人生は耐えるしかないんだ」
コルトは病床から起き上がると、ドアノブに手を掛け回す直前に振り返った。
「魔女が何処にいるか知ってるか?」
彼女は聞こえないフリをした。
「答えないなら外の女に聞くぞ」
「………その質問は適切ではない。正確には魔女は何処にある?だ」
「魔女は場所なのか?」
「あれほど強烈な違和感を覚える場所はないよ、それに変だ」
隙間風が足首を撫でながら、止めろと引っ張る。
「ここから北東に進んで、それから灯台が5つ並んで建ってる道を道なりに行けば辿り着く」
「そうか、星を並べ変えて座標を示すよりも具体的な説明ありがとよ」
外へ出ると、ユメの元へ歩き出す。
歩ける、それだけでいい。
「あっコルト!もう大丈夫なの?」
「あぁ、この通りだ」
隣で一緒に遊んでいたあどけない顔の女は、肌に切り傷や銃創の跡が残っていた。
身体や歩き方は歴戦の兵士、だが目付きと雰囲気は温室育ちのお嬢様みたいだった。
「じゃあね、ユメ」
「うん、またね」
信用するな、彼女は化け物だ。
一度会っただけの、しかも殺そうとしてきた奴の言葉に惑わされたりはしない。
自分自身が奴の言葉の通りであると、思っているからだ。
だが、確信に至るまでは到達していない。
その魔女ってのがどんなもんなのか、確かめてからだ。
モンゲンロート帝国にて
燃え上がる自動車工場の前に、工場員達は立ち竦んでいた。
あと数十年持つ筈であった工場施設が、全て燃えてしまったのだ。
「これで俺達無職だ……」
燃えているのは工場だけではない。
街全体が爆撃とガスによって破壊しつくされていた。
「風向きが変わる前に防護服を着用しろ!」
「工場長お怪我は?」
「私なら大丈夫だ、工場の被害は?」
敵は戦略目標だけを正確に破壊し、生産基盤を失わせた。
今後数百年、我々は獣や竜で移動するしか出来なくなるだろう。
自動車が出来たのはほんの70年前であるが、70年も経てば父親の代から受け継いだ仕事なのだ。
「復旧は不可能、もう我々の手先がネジを触ることはないでしょう」
頭を抱え下を向く工場員の肩を工場長は掴んだ。
「まあ見ての通り、工場は金庫ごと燃えたからもう給料は出せんがお前達が居る。生きていればどうにでもなる」
「工場長………」
工場の前から、家族の待つ瓦礫の山と化した街中へ消える彼らの背中を見送った。
「ガラじゃねえな、この役」
ヴァイアーは作業帽とつなぎを脱ぎ捨て、下に着込んだ軍服から無線を取り出す。
「こちらの作戦は終了、次の段階へ以降されたし」
郊外の森に待機していたヘリ部隊は偽装を解き、高速で作戦域へ発進した。
回転翼機を主力とした空中機動部隊と機甲及び砲兵隊が、一斉に移動する。
街の住民から見れば、この卑劣な攻撃を企てた敵へ今から反撃に出ようとしているように見えた。
我々に向かって手を振る者や、果物を渡そうとする者まで居た。
「全隊に通達、これより72時間の無線封鎖を行う。目標達成後はポイントB1に向かえ!」
だがこれから攻撃するのは翼人の空中艦隊などではない。
たった今から、欺瞞の権化たる存在を叩き潰すのだ。
にて
「コルト早いよ!」
今まで、ユメの歩く速度に合わせていたコルトが速足で歩いていた。
何か急いでいることは直ぐに分かった。
「飯の食い過ぎだ、もうちょっと痩せろ」
「これは痩せた分が戻って来たんですぅー」
「コルトこそ、病み上がりなんだからもっと寝てた方が良いんじゃないの?」
「そうだな、もっと寝てて良かった」
「……………」
いつもならもっと弄ってくるのに、随分歯切れが悪い。
なんだろう、この疎外感
強烈なデジャヴと違和感が包囲していた。
それにさっきからずっと後ろから付けられてる気がする。
いつ何時後ろを振り返っても、黒っぽい何かに追われている。
この先に行きたくない。
そんな漠然とした不安が常に込み上げてくる。
「ねえコルト、そっちに行くのやめない?」
「何が嫌なんだ?」
「イヤ?そういう訳じゃないけど」
「じゃあ歩け」
「駄目、そっちには行きたくない」
融通の利かない子供らしい駄々をこね始めた。
灯台が7つ建ち並ぶ道を突き進み、遂に魔女の住みかが目と鼻の先に見える。
あそこに真実がある。
「駄目だよ人の家勝手に入っちゃ」
「今更だろ」
「駄目だよ、家の中の人驚いちゃうよ」
「ならノックして入るさ」
拳銃の安全装置を解除し、薄い磨りガラス越しに家の内部を伺う。
2人……いや3人か?テーブルを囲んで向かい合っている。
ぼやけた人影は、互いに向き合って不気味に静止していた。
始めに2回、次に3回と強くノックし続けた。
微動だにもしてくれない中の連中は、まるで何かを待っているかのようだった。
ドアノブに手を掛ける。
冷たい感触、擦れた金属の手触り、背中から突き刺す視線で突然不安になった。
「引き返せなくなるよ」
「なら俺を殺してでも止めてみろ」
後ろに逃げてみろ、楽になるぞ
逃げれるものならな、何処に逃げろっていうんだ
捻りきったドアノブを押し退け、魔女の家へと突入する。
入るなと言われた筈なのに、どうして入った?
「助けてくれ!目がない目が!」
「貴女が魔女何ですか?」
「検閲済み」
彼女はコーヒーを淹れようと棚に手を伸ばす。
「削除済み」
何故ここに来た?大人しく媒体を連れてくれば良かったのに
魔女は手紙を渡し、???はそっと手紙を開く。
「なんで嫌だ、ぶたないで、俺の指を返して」
「これは……私の記憶………」
「削除(要修正)」
「これは……私の記憶………」
「そうです、それが前の世界」
************
これはなんだ?何が起きている?
にて
「そんなまさか!」
「あうぁ……あー」
棒状になったの手は、お辞儀をすると、は部屋から出ていった
私の夢です、頭を切り裂いてやる、
草刈り機かタイヤで
「マスターアームオン、ライフル、ミサイル飛翔時間9秒」
デルタにて
にてにて
「なんでこんな奴が」
「もういい、死ね」
拳銃拳銃を俺は抵抗、頭へ突き付け、撃ち!引き金を、を、を、を、
「着弾、今!」
ヘルファイアが着弾し、家は爆発に包まれた。
「初弾命中!」
「煙で標的が確認出来ない」
「攻撃を続行しろ、つるべ撃ちだ」
120mm迫撃砲が順次砲撃を開始し、砲弾の雨で周囲を包み込む。
「戦車隊は前進、包囲を狭めろ!」
アデリーナはブラックホークの機内から指示を出し、一切の容赦もなく叩き潰す構えであった。
「F16の2000ポンド爆弾も使え、全て投射しろ!」
火力、圧倒的砲爆撃火力による耕しを行った。
弾薬を全て消費し、戦車は同軸機銃までも撃ち尽くした頃、ようやく煙が晴れた。
アデリーナは地上に居るルーマへ無線で呼び掛けた。
「ルーマ、死体を確認して頂戴」
「肉片が残ってるとでも?」
「だといいわね」
ルーマはジャルバーと共に消し炭と化した爆撃地点を捜索する。
「家屋は消滅、夫婦の死体も見当たらず 逃げられた」
まあ予想はしてたよと残念がるルーマは、隣で背伸びをするジャルバーが足で踏んづけている者に気が付いた。
「訂正、生存者一名を確認 恐らく運搬役の男です」




