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お喋り護衛は親切だ

対地火力支援艦 オクオパスにて



「やあお二方!観光は楽しんでるかい?」


「うん、壁のシミが素敵」


護衛役のフォッケに向かって皮肉を込めた言葉を返すユメは、不機嫌そうに壁の方を向いていた。


半強制的にこの艦に乗せられ、行き先も知らされないまま5時間が経った。


「ずっと拘束されてるんだから、観光もクソもあるかよ」


「せめて軟禁と言ってくれ、まぁそうだな……外の空気ぐらい吸わせてやらんこともない」


フォッケはコルトだけを部屋の外へ連れ出し、上甲板まで一緒に出た。


手すりに寄り掛かりながら、懐から紙の封筒を抜き手渡した。


「100万ムベルデ入ってる」


「意図が分からんな」


「悪いことは言わない、あの女をここに置いて今すぐ老後を考えろ」


「ふざけるな、ムベルデ紙幣なんざグースに比べればゴミだ」


「ならグース紙幣を用意しよう、言い値でいい」


「拉致監禁の次はオークションか?翼人は礼儀を知らんのか?」


こいつらそんなにユメが欲しいらしい、やはり魔力って奴は厄介事の種だ。


フォッケの後ろにある空には、視界の端から端まで戦艦やらフリゲート艦が並んでいた。


こんな戦力を保有してるにも関わらず、魔法っていう技術が必要なのだろうか。


「お前らのクイーンは欲張りだな」


「ちと違うな、クイーンは依頼されただけだ」


「そんな依頼をした馬鹿は誰だ?」


「俺がそんなにペラペラ喋るタイプの男に見えんのかよ」


風防に当たる風が激しくなり、薄い鉄板がバタバタと暴れだす。


見上げれば雲が近くに見える。


小さな雲一つで艦が覆い尽くされてしまうほど、高い高度を飛んでいた。


艦は橋桁の真下を潜り抜けるように、雲の下を通り抜けてゆく。


時折吹く強い風のせいで、フォッケが持っていた札束が飛んで行った。


宙に舞うムベルデ紙幣をどうでも良さそうに眺め、手で掴もうともしなかった。


こいつはあの金を、この交渉では無価値な物だと理解しているのだろう。


金で釣る気がないならば、俺をどう説得するつもりなのだろうか。


いや或いは説得するつもりがないのかもしれない。


ポケットナイフの刃を片手でゆっくりと取り出し、いつでも殺せる準備を整えた。


この間合いなら、奴が腰にぶら下げている洒落た短剣を抜く前に動脈を搔き切ることが出来そうだ。


「そう怖い顔をするな、教えてやるから俺の首を狙うのはやめろ」


「頼んで来たのは口数の少ない奴だって聞いてる。無口で愛想のない男、良く言うなら寡黙な奴だとさ」


こんな馬鹿な話を信じられるものか、どこの馬の骨とも知らん誰かの為にここまでやるなんて到底思えない。


「お前らになんの利益があるってんだ?」


「あんたからあの子を買い取ったところで利益なんてものは出ないさ、庭先に迷い込んだドラゴンを追い出すようなものだ」


その例えからは言葉通りとは少し違うニュアンスを感じ取れた。


「わからんな、小娘がドラゴンに見えるのか?」


「質問を返そう、あんたにはあの子がどう見える?」


ただの小娘、そう言えるならここまで面倒に巻き込まれることも無かったのだが、ユメはただの小娘ではない。


山を抉り、化け物を一撃で粉砕し、弾道ミサイルを撃墜することを生身と杖一本でやってのけたのだから。


「……………大人ぶってるませたガキだ」


「おいおい、もう冗談を言い合う行程はとっくに過ぎてるぜ。個人でどうにかなる段階はとっくに過ぎて」


底が抜けるような感覚と共に、艦がぐらつき横っ腹から火柱が上がる。


「る………なんだ今の爆発は?」





艦橋にて



警報が鳴り響き、乗組員達は大慌てであっちこっちに動き回る。


「弾薬庫で火災発生!消火は困難に思われる!隔壁閉鎖及び炭素ガス注入を実行中!」


「機関室にまで延焼してきた!助けてくれ!」


「消火隊は何をしている!」


各区画から伝声管越しに上がる悲鳴に似た被害報告が、ことの重大性を表していた。


「こちらオクオパス、誰でも構わないから被害を外から確認してくれ!」


「こちら駆逐艦ポスト、ダメージチェックを行う。艦底に穴が空いているが黒煙で阻まれてて大きさはわからない」


「浮力が低下している!下部砲と側面砲を切り離せ!」


対地攻撃用の12cm砲が次々と滑り落ち、投下爆弾も放棄された。


火災は既に浮遊装置まで達し、2基ある内の1基は機能していなかった。


とにかく浮力を保つ為に、何もかもを捨てて行く。


武器も食料も燃料も何もかも捨てて、艦は火力支援艦としての機能を失っていた。


火災は竜骨まで広がり、重大なダメージを負っている。


上も下も火の海だ。


艦長は手詰まりであることを悟り、決断を下した。


「総員退艦!総員退艦!」


そう叫んだ直後、大きな爆発が起きて艦橋が吹っ飛んだ。


「おっほ、やっぱり良く燃えるねぇ火薬は」


オレンジ色に燃え広がる火の中を堂々と闊歩するルーマは、死体の山を背後に薄ら笑いを浮かべた。


消火隊は爆発が起きる前に全員殺害している。


だから火災は広がり続け、業火によってこの艦は身を沈めることになったのだ。


翼人達は我先にと艦から逃げ出し、無秩序な退避を行っていた。


無秩序な退避とは、飛び立った瞬間に別の翼人と衝突したり、爆発で飛び散った破片で体を切り刻まれたりすることだ。


だから翼を持っていたとしても、飛び出すのは危険なのだ。


羽に火の粉が降り掛かり、不死鳥のように火を纏って死に落ちる者や、負傷し身動きが取れないまま艦の中で焼け死んだ者など、楽な死に方さえさせてくれなかった。


その様子を周りから見ていた翼人兵の若者達は、究極の理不尽を目の当たりにした。


地に落ちる巨艦を何も出来ずにただ見つめることしか出来ない無力感を味わい、翼人艦隊は出鼻を挫かれる形となった。


オクオパスはゆっくりと着実に降下してゆき、7年の歴史に幕を下ろした。


敵に一度も砲を向けることなく




シルバーロック渓谷にて



「おーい!誰かいないのか?」


墜落現場は燃え盛る艦の残骸で覆い尽くされ、渓谷はまるで鉄製のダムが出来たかのように塞がっている。


「くそ……惨いな」


フォッケの眼前には、頭を貫かれたかのような同胞の死体が幾つもあった。


「銃か?」


同胞が何で殺されたか理解した瞬間、背後から羽を撃ち抜かれた。


「おい!大丈夫か鳥人間」


「隠れてろ!敵が居やがる」


銃声さえ聞こえなかった。


サプレッサーとか言うのを使ってるのか?


「炎よ壁を」


残り火を使い、炎の壁を造り出す。


「ありゃ、魔法は凄いねぇ」


「あんたも魔法使えるでしょ」


M4を下ろし、ふぅんと鼻を鳴らすルーマは自分の身長の何倍も伸びる火の壁を前に笑ってみせた。


奴らの影には臆病者が隠れている。


どこまでも追いかけ回して、その後ろ髪を掴んで引きずり出してやる。


その為に本国に連絡して、戦車でも戦闘機でも何なら核兵器でも使ってやる。 


ルーマがそんな感情を抱きながら炎を睨むその頃、フォッケとコルト、ユメの3人は渓谷に沿って逃げ歩いていた。


「この渓谷はまずいぞ、獣が山ほど居やがる」


斜面に3匹のフォークがたむろし、こちらの様子を伺っている。


あれは恐らく斥候組だ。


群れの中でも優秀な個体が、縄張りに入ってきた不届き者の戦力評価を下すのだ。


勝てそうなら殺す、勝てなさそうなら群れを率いて殺す、そういう思考の存在に今狙われている。


「気味が悪いよ、ずっと見られてる」


「大丈夫だ、縄張りからさっさと出ていけばいい」


不安がるユメは頻りに周りを見回し、動物が毛を逆立てるかのように気を立たせていた。


いやフォークだけが彼女をそうさせている訳ではない。


この場所が全員の気を立たせているのだ。


「よし、ここを登れば追って来ない筈だ……とは思いたいな」


フォッケは鉤爪付きのロープを取り出すと、谷を守る砦の壁に引っ掛けた。


本来は鳥足で掴めない大きな荷物を運ぶ時に使う物で、羽を怪我してる今はクライミング用具として活用する他ない。


「良くそんなもん持ってたな」


「あぁ、いつも女を引っ掛ける時とかに使ってる」


「上手くないよ」


「子供には難しかったかな」


なんて下らない会話しながら歴史を感じる壁を登り切ると、途端に白けた景色が広がった。


ベンチやらゴミ箱が置かれ、構造物一つ一つに解説看板が備え付けられていたのだ。


砦の壁は鉄パイプで補強され尽くしていて、事故が起きた後の工場現場みたいに安全対策バッチリだった。


「拍子抜けと言うか………なんと言うか」


ユメの気分は反抗ソングを歌っていたバンドが、偉い人の札束に叩かれてcmソングに成り果てた時みたいな感じだった。


「コルトぉ、私は資本主義が憎いよ」


「お前コミュニストになるつもりか?」


「こ、こみゅ?」


この砦は大陸制覇を目論んだ南メガリア軍を撃退すべく、国家予算の2割を投じて建設された歴史ある建物だった。


しかし幸いにもメガリア軍はブリタニカ植民地兵団との決戦で敗北し、砦が本来の目的を果たすことはなかった。


それから数百年の間、砦は様々な目的に転用された。


平時は石灰岩の採掘場として、戦時は訓練施設として、そして独立戦争時には独立派の拠点として機能した。


この大陸の歴史、今は亡きレギオン合衆国の歴史の一部として残っていた。


「確か市長が砦の観光地化とか言って、テレビでバンバン宣伝してたな」


「なんだか悲しいよね、俗物に染まって行くのって」


「俗がなきゃ、世の中窮屈になっちまうぜ」


すっかり観光地化してしまった砦の中を通り、クラッカーのように乾燥した床板を踏み抜きながら歩く。


綺麗に並べられた大砲と弾、マスケット銃やら魔法の杖がガラスケースに展示されている。


「昔の連中は偉いよなぁ、こんな先込め式の武器と良く分からん力で戦争やってたんだからな」


「考えが逆だな、数秒の間に100発放てる銃やら何千キロを耕せる砲の物量の方が怖いね」


「2人とも戦争のことばっかり、もっと楽しいこと話してよ」


敵が後ろから追って来てるってのに、どういう思考になれば楽しい話を考えられるんだよ。


なんて心の中で思っていると、ユメの髪の毛を千切り抜けて鋭い一撃が飛んでくる。


「これはいったい?」


「待ち伏せだよくそったれ!」


崩れた壁の隙間、スイカ1個分程度の穴を狙って撃ち込んで来やがった。


敵のスナイパーは凄腕だ。


だが何故、こんな遮蔽物の多い場所で狙撃なんてしようと思ったんだ?


さっきの一撃が、腕が上手いだけの青二才が放ったとは思えない。


「どうする?前も後ろも敵で塞がってやがるぞ、袋小路だ」


「発砲煙は見えたか?」


「いや、ただ一瞬強力な魔力を感知した。羽の隅までビリっときたぜ」


「今居る場所より少し高い場所、多分……北の方角かなぁ」


正確な位置はわからないのならば、手当たり次第に吹っ飛ばすしかない。


ユメにはそれが出来るだけの力と、狙撃に対抗する手段をコルトから教わっていた。


「コルト!大技を使うわ」


「おい軽率な行動は」


「神と我が媒体に命ずる 破壊を機と」


ユメが詠唱を始めた一節を口にした時、背後にあった大砲の弾が浮遊し始めた。


伏せろ!なんて叫ぶ暇など無かった。


丸い防弾がユメの背骨を砕いた。

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