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翼人

夏の入道雲を眺めたことはあるかい?


とにかく巨大で見上げても、頂上が見えないのだ。


何万人が住めるほど大きくて、常に新しい姿を作り出すアーティストな一面を秘めている。


きっと誰もが子供の頃、雲の中に夢を見たことがある筈だ。


水蒸気で築城された城や、天使達が華麗に舞う様子を想像したのは一度や二度ではない。


だがある時、触れることの叶わない幻想の世界に迷い込んでしまって現実を見てしまったらどうなる?


翼を広げて大空を羽ばたく彼らがやっていることは、我々と同じように銃や剣を用いた殺し合いだった。


彼の追悼記より





巨大な目が閉じた瞬間、夜がすっ飛ばされて朝に変わり、あの残骸で溢れた無骨な製油施設から場面が切り替わるように何処かの平原に移動させられた。


もう驚きもしない。


こんな理解不能な事象などに驚いて居られるほど、慣れていないなんて思わないからだ。


「生き残った……んだよね?」


「あぁ、だが生き残ったと言うにはまだ早いな」


「どゆこと?」


コルトがその疑問に答える間も無く、長槍がユメの股の間をすり抜け地面に突き刺さった。


「ひゅっ!」


思わず声が出た。


男が股間を守る理由が何故か今、分かった気がする。


ケンタウロスの集団が野蛮な原住民族のように雄叫びを上げながら、原始的な武器を投射して来る。


「馬モドキめ!」


拳銃で応戦しながら窪みに飛び込み、防御態勢を取った。


騎兵の突撃なんて経験したことはないが、青草なびくだだっ広い平原を走るよりはずっといい筈だ。


「ユメ!」


コルトの呼び掛けに答え、杖を抜き向けた。


「破片よ叫べ!」


正方形の氷が生成され、地面に叩き付けられた瞬間、風を切ってケンタウロスの脚に突き刺さった。


「叫んで!」そう言って手を叩いて合わせると、筋肉に氷が侵食して繊維が千切れて弾けた。


先頭を駆けていた隊が、前足から転んで首をへし折った。


後続は勢い余って転がった死体に躓き、玉突き事故のようにゴロゴロ倒れていった。


仲間の骸を飛び越え、それでもなお血気盛んに突進を続ける彼らの行動は、我々からすれば蛮勇に写った。


「ホホホホホー!」


槍を投げようとした瞬間を狙って、上半身人間の部分を狙って胸に2発叩き込んだ。


倒れたケンタウロスの後ろに重なっていたもう1頭が、味方の死を無駄にしまいと矢でコルトをい抜いた。


幸い矢じりはポーチに納めていたM16の弾倉に突き刺さり、矢に塗られた毒に蝕まれずに済んだ。


僅か3mの距離こう間近で見ると、自分の2倍ぐらいには身長がデカい。


見上げなければ、顔が見えないほどだ。


あまりにも近すぎる為、拳銃を腰の位置で乱射した。


弾の殆どが馬の部分に命中するが、針で刺された程度の傷しか負わせられなかった。


「クソ!獣狩りに45口径は威力不足か」


ケンタウロスは下半身が馬で上半身が人間の種族だ。


思考と下半身は馬と同じように獣であるが、上半身は人間と大差はない。


そこなら拳銃弾でも十分なダメージを与えられる。


拳銃に新しい弾倉を装填し、離脱して再び突撃を図るケンタウロスの背中を狙った。


「コルト!」


ユメは肩に手を置き、拳銃に魔力を注入した。


全身に科学室のような臭いが漂い、下に引っ張られるような感覚がした。


ガバメントから発射された銃弾は、強烈なケミカル臭を放ちながら地面を抉り、身体がくり貫かれたが如く消えた。


「こりゃすげぇ威力だ」


「前から3体!また来るよ」


正面から向かって来るケンタウロスは槍でも弓でもなく、肩に筒を担いでいた。


「LAWか………ユメ伏せろ!」


放たれたロケット弾が至近距離に着弾し、視界が土の壁で覆い尽くされた。


衝撃で後ろにふっ飛び、頭を強打して視界が一瞬歪んだ。


「今のなに!?」


「使い捨てのロケットランチャーだよ!」


立ち上がろうと力を入れるが、頭が命令してるのに身体動いてくれなかった。


「いてぇな」


いいか、爆発で脳を揺られても指先は動く筈だ


常に闘志を忘れるな

  お前らはそういう風に訓練されてる


耳鳴りと一緒に訓練教官に叩き込まれた言葉が思い浮かぶ。


槍を手に突き刺そうとするケンタウロスの頭へ、仰向けになりながら銃で額を撃ち抜いた。


そいつの脳みそを土の養分にすると同時に、銃が弾詰まりを起こした。


いつものバンという好調な銃音が、パーティークラッカーのちんけな音のように軽かった。


恐らく弾薬のガンパウダーが古くなっていたのだろう。


火薬の爆発力が足りず、銃弾が銃身内で止まったのだ。


スライドを動かし強制排莢を試みるが、冷蔵庫に入れたジャム瓶の蓋のように固い。


「クソが!こんな時にジャムりやがって」


ユメは爆発の衝撃でまだ意識を朦朧とさせている。


予備のリボルバーはさっきの吸血女との戦闘で失い、馬を相手にナイフはあまりにも部が悪い。


今持つ装備では目の前の脅威に対応出来ないとなれば、やることは一つだった。


コルトはケンタウロスの攻撃からユメを庇う為に覆い被さろうとした。


「イヤァァァァァ!!!」


大声で叫び、槍が肉を突き刺してビシャビシャと体力の血が流れる。


ケンタウロスの胸を白銀の槍が貫いていた。


コルトは大量の血液を浴びて、全身が獣の臭いに包まれた。


「誰が奴を殺したんだ!?」


口に入った赤い鉄を吐き出しながら、そう怒鳴った。


正体は直ぐに分かった。


良く手入れされた羽は音を立てず、風を扇ぐ音のみが地上へ舞い降りる。


「人だ」「酷い香り」「ケンタウロスの血も混じってる」


天使のように降り立つ3羽の翼人達は、槍と銃床を折り畳んだライフルを携えながら近寄って来る。


ケンタウロスから槍を引っこ抜き、血を拭き取った。


「どうしますかクイーン」


両隣に佇む護衛は、槍の柄を短く引っ込め、背中に格納すると自動小銃を構えた。


「お客様だ、もてなしをしなきゃならん」


翼人はソルトビエ製AKライフルのデッドコピー品である大華国製のType56を装備している。


逆らえば、7.62mm弾で蜂の巣だ。


「どうするのコルト?」


「降参だよ、万歳の真似事をしろ」


コルトはユメと一緒に手を上げた。




羽休場にて



「痛っ!」


ジャルバーの手首にかぶり付き、血を吸うルーマはギラギラ輝いていた。


廃墟となった建物の中、雨宿りをする二人は吸って吸われてを繰り返していた。


足元に鳥の羽が大量に抜け落ちてて、土にまみれてなきゃ一枚土産に持って帰るぐらい綺麗な羽だった。


「もういいだろがっつくな!」


盛りのついた猫のように活力ごと血を啜る彼女は、行為の後みたいに息を切らせていた。


「あんたの血、真っ白過ぎてつまらない」


「あんたに血を吸われると、他人の愛液を舐めてるみたいで反吐が出る」


互いにヘタクソで気色の悪い肉欲の処理をするかのようだった。


初めては学校の寮でだった。


目を瞑って、相手に身を任せてそれで朝にはくたくただった。


その時の体験が最高のものだとするなら、この経験は肌に爪を立てるわ首を締めるわで最悪なものだった。


「なーんか胸焼けしそう」


「それなら豚の尻でもかじってろ、なんでわざわざ私でやるんだよ」


何をするにして気が乗らないし、あまり喋りたくない気分だった。


ルーマは傍らに置いたM4を手に取り、整備し始めた。


弾倉を抜いてから槓桿を引いて、薬室内の弾を排出して引き金を2回引いた。


この仕事を40か50年やっているが、使う道具は結構な頻度で変わる。


故障が多かったり、不便だったり、最新型だったりする。


我々が使う装備は、この世界とは50年程の技術格差があり、その殆どはアメリカという国家で製造されている。


これを造った向こうの世界でもこちらと同じように核戦争が起きて、何もかも滅ぶ一歩寸前まで行ったらしい。


人間という存在は、どの世界でも同じような過ちを繰り返している。


「ひゃー!凄い濡れた」


「大雨だねぇ、こりゃ止みそうにない」


バサっと音を立てて、二人ほどの翼人が雨宿りに建物へ入って来た。


まずった……こういう雨宿りが出来る場所は翼人の羽休め場になっているんだった。


「ハーキュリーズの具合は?」


「あの様子だともうすぐ動けるんじゃないか」


幸い此方に気付いていないようで、無警戒にも紙に乗っけた薬を炙り、一服しながら何かを話していた。


「遂に翼人が空に返り咲く日がやって来る」


「そしたら空を飛ぶ物に税金を掛けてやろうぜ」


ハーキュリーズ?


その言葉で思い当たるものは、一つとしてなかったがエアパワーを変動させる存在であることは話振りで何となく察した。


「不穏だな」

「面倒になる前に御暇させてもらおうか」


翼人に気付かれぬよう、そっと後退りするジャルバーの首筋へ雨漏りの一滴が落ちた。


「はぅ」


「あ?………誰か居るのか?」


「なに喘いでんのさ!」

「うるさいもう!バレたからには」


ルーマは仕込み刃を抜こうとしたジャルバーを押さえ、服を脱がせた。


「ちょ!なにすんの」


ルーマの奇行に驚きつつも、何故か不思議と嫌ではなかった自分に戸惑いを覚えていた。


「柱の陰から出てこい!」


警戒する翼人の目に飛び込んだのは、肌を露出させた気の強そうな半裸の女だった。


「今着替えてるから来ないでくれる?」


「あーあぁ……分かった」


こんな場所に人がいることすら珍しいのに、それが半裸の女と来れば逆に恐怖すら感じた。


「勘違いしないでよね、露出狂とかじゃなくて服を乾かしてただけだから」


翼人の二人は互いに顔を見合せ、神妙な面持ちで雨の降る中、歩いて外に出ていった。


「向こうが紳士で良かった」


「ふざけんなよルーマ!こんな格好にさせやがって」


「はぅ、だってさ」


恥ずかしさと怒り両方からやって来る感情で、ジャルバーの顔は真っ赤になる。


「かーわいい」


そうからかいながらも、ルーマには次取る行動が頭に浮かんでいた。


話を盗み聞きした程度の風にもならない噂だが、ハーキュリーズという謎の存在について調べてみる価値があるかも知れない。


感というか、記憶がそう囁いていた。

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