追って来る者は待ち伏せを好む
「彼の者は偽りなり 欺瞞を暴く灯火をもたらせ」
真っ直ぐに壁を貫通して飛ぶ魔法弾を感知したユメは咄嗟にシールドを張り、防御を行った。
爆炎で吹き飛ばされてそうになるが、足を床にめり込ませながら踏ん張った。
「探知圏外から一方的に!?」
相手は発射時の閃光も、こっちの魔法発動探知能力を越えた遠い場所から狙っているのだ。
頬を伝うビリビリとした感覚で、ついさっき自分を吹き飛ばした相手だと悟った。
「もう!ほんとやだ!馬鹿にしやがって!邪魔しやがって!」
罵倒混じりの叫びが呪文として認識された。
自分の知らない能力を誰かが代わりに発動させ、本から流れる魔力が地形掌握波を半径5kmの場所まで飛ばした。
あらゆる場所の予測射撃地点へと照準が固定され、最小の標的を最大の火力で叩いた。
2、3棟のホテルがユメの攻撃を受けて倒壊し、かろうじて立っていた建物は、スポンジケーキの断面のようにバラバラと崩れていた。
赤子が積み木を崩すかのように容易く、手を振りかざすだけでこの威力を出せるのだから、魔法という技術の恐ろしさをいつでも感じられた。
コルトから聞いた話では魔法使いは戦争中、敵の後ろに回り込み暴れ回るのが仕事だったという。
「これが戦争に使える力かぁ……」
圧倒的な破壊に呆気取られるユメは、別の場所で起きた大きな爆発でハッとなった。
「コルト!」
爆薬を起爆させたならず者達は、金庫室へ雪崩れ込み銃を撃ちまくった。
「仕留めたか?」「何も見えねえぞ」「爆薬の量をミスったな」「俺は外に出てるお前らはもっと良く探せ」
倒れた机や瓦礫をひっくり返してみたが、死体どころか血の一滴も見付からない。
「やっぱいねえぞ」
首を傾げながら外に出たならず者の1人は、そうぼやきながら金庫室の外へ出た。
その瞬間、彼の足は吹き飛ばされ、金庫室の中に居た仲間達は、身体のあらゆる場所を血煙にさせられる。
「間抜け共め、外に出てるって言ったろ」
装甲車から降りたコルトは、足を吹っ飛ばされたならず者の顔面を踏みつけて首の骨を折った。
金庫が爆破された直後、建物が古かったせいか天井や壁の瓦礫が舞い上がり、思った以上に視界が悪かった。
コルトは咄嗟にそれを利用して、彼らの間をすり抜け仲間のフリをしながら外に出ると煙が舞い上がっているうちに装甲車へ近付き、運転手と砲手を殺害して乗っ取ったのだ。
「くそったれめ、さっさとユメを見つけ出さないと」
装甲車を無力化する為に手榴弾を取り出そうポーチに手を伸ばすが、あった筈の手榴弾が見付からない。
「なんだ落としたか?」
耳鳴りと共にやって来る頭痛に耐えながら、身体中をまさぐっていると、見慣れたシルエットの人物が手を振っている。
「コルト~!」
やっぱり生きていやがった。
あの大爆発で生き残っているどころか、元気に走っている姿はそう思わざるおえなかった。
「うわっグロ!」
ズタボロになったならず者達の温かな骸を見てしまったユメは、思わず言葉が出た。
「生きてりゃもっと醜かったさ」
「こんな冷たい場所で死ぬなんて、私だったら絶対イヤ」
激動の夏を終えた二人の頬を、涼しげな棘のある風が撫でる。
もうすぐ全てが眠り、全ての熱が肉体へ封じ込められる季節がやって来る。
コルトは装甲車の運転手が着ていたフード付き防寒着を剥ぎ取り、ユメに投げ渡した。
「これ着ろってこと?」
防寒着の襟元にはべっとりと血が付いていたので、ユメは着るのを躊躇った。
「凍え死にたくなきゃ、ファッションへの拘りは捨てるべきだな」
「うーわかったよ」
眉と肩を細めながら嫌そうな顔をするユメは、血のワンポイントが洒落た服を渋々着た。
この日、季節は通常通り巡り消え、新たな情景を呼び込んだ。
死者の断面から沸き出る湯気が、冬の到来を伝えるのであった。
オルガンジャンクヤードにて
常圧蒸留装置がパイプオルガンの如く伸びていた光景を見て、誰かがそう名付けたのだろう。
紅白色に塗装された煙突が、銀色の無機質なパイプ達の合間にポツポツと生えている。
タンクローリーや乗用車が、その足元に添えられていた。
そしてこれらの設備が全てジャンクと化したことで、ここの俗称が付けられた。
世界は滅んだというのに、その場所その事例にぴったりで素敵な名前を付けるセンスに脱帽する。
文明は崩壊したが、ユーモアは失っていない野蛮人諸君にはまったく感心させられる。
「俺も野蛮人だが」
「唐突になに?」
「独り言だ、それより集中しろ。俺達を爆殺しようとした連中が追って来てないとも限らない」
「さっきの奴でしょ、凄く正確な魔法だったから相当腕の立つ魔法使いだよ」
「そういやお前、あの爆発でどうやって生き残ったんだ?」
「さあわかんない、気が付いたら別の場所に飛ばされてた」
「つくづくお前は化け物染みてるよな」
「実はそうだったりして」
なんて冗談めかしに言うユメは、事務所に突っ込んだタンクローリーの上に乗り、そこから屋根に登った。
少し高い位置に上がると、この場所がどういう場所なのかよくわかった。
真っ黒焦げの車があちこちに点在し、墜落した飛行機が製油施設に突き刺さっている。
「戦いがあったんだね、でも死体が少ない」
「あぁ、車両の中で焼け死んでるからな」
内戦中盤、大陸で最も規模の大きい製油施設を占領していた東部軍の補給を断つべく、旧政府軍は連日爆撃を行った。
やがて戦況が悪化するにつれ、両陣営共に手段を選ばなくなり、核を敵の都市に撃ち込む暴挙に出た。
コインベルトの惨劇もその暴挙の結果であり、放射能が風に乗って製油施設までやって来たので東部軍は、守り抜いたこの場所を放棄したのだ。
「あのハリネズミみたいに尖ってる車はなに?」
「対空戦車ってやつだ、多分ここの防空戦闘に参加してたんだろう」
「へぇ~なんか、クラスで浮いてた小嶋って奴の自己紹介並みに尖ってる」
「そのコジマって奴はなんて言ってたんだ?」
「俺は孤独が好きだから話掛けないでくれって」
「そりゃ尖ってんな」
屋根伝いに製油装置の足場へと降り立つと、身長の低いユメへ手を差し伸べ、足場へ降ろした。
「コルトは学生時代どうだったの?」
「あー子供には刺激が強い」
「私18だよ」
「面白くなんてないぞ」
「面白い話はもう聞き飽きた」
「………あまり話したくはないんだがな」
ユメはゆっくりと足を止め、地平線へと身を潜めようとする太陽をじっと凝視した。
「だったら、話したくなるまで生きるよ」
太陽を背にタッタカタッタカと、馬の早足のように速くリズミカルに迫る彼女は、片手にマチェットを持っていた。
ライフルを縦に構え首を防御したが、彼女はドロップキックを直撃させた。
「ひゃは!」
牙を見せて笑うルーマの顔を見て、やられたと思った。
マチェットで斬りかかると見せかけ、蹴りを食らわせる見事なブラフをかまされたのだ。
「ちくしょうめが!」
蹴落とされたコルトは別の足場に転げ落ち、それを追ってルーマは飛び降りた。
「コルト!」
「頭を垂れろ」
ユメが顔を上げた瞬間、ベネリM3の12ゲージ散弾が頬を掠めた。
「そしてハラワタをぶちまけて死ね」
ジャルバーは銃剣を装着した散弾銃を構え、復讐の闘志を燃やしていた。
報復戦にて
マチェットの斬撃が前髪を触り、肝を冷やした瞬間、肝を狙って突き刺そうと刃が飛ぶ。
銃のストックでそれを受け止め、拳銃を抜いて至近距離から叩き込んだ。
4発の銃弾は確かに心臓を貫いた筈だったのだが、ルーマは拳銃を掴んで上目遣いでコルトを見詰めた。
「私は死ねないの、棺が戦友で一杯だからさ」
優しく拳銃を手のひらで包み込み、心臓から頭へと向けさせる。
「何度でも撃ち殺してくれて構わない、なんなら銀の弾丸でも持ってきてくれ」
「私を殺せるのはあの女のレーザーしかないよ」
こいつらの狙いはユメだ。
そして上の段で格闘しているあのジャルバーとかいう元王族の女は、前にユメが撃退したやつだ。
「お前は時間稼ぎって訳か、ここでダンスをしろっていうのか?」
「ご名答、でも残念ねドレスは用意してないの」
ルーマはスカートを両手でつまむ仕草をしながら片足を曲げて、お辞儀をする。
「じゃ、首を噛まれないよう注意してね」
トレンチコートを脱ぐと、迷彩服とタクティカルベストでコーディネートされたドレスが夕日に照らされた。
コルトはリュックを放棄し、身軽な状態になる。
撃ち殺しても焼き殺しても刺し殺しても、生き返る奴とどう戦う?
不死身の吸血鬼を殺せる力を持つ女の護衛、そんな奴とどう戦う?
対峙する二人の殺意が交差したその時、互いの武器が敵を殺さんと所有者と共に向けられた。
コルトはライフルの照準をルーマの足に合わせ、撃ち抜こうとする。
死なずとも、負傷はするので時間を稼げる筈だ。
しかしその思惑見越して片手で逆立ちしながら被弾面積を減らして銃弾を回避し、首を狙ってマチェットを横振りに振った。
咄嗟にライフルでガードし、死神の一撃を防いだ。
刃はハンドガードを貫通して銃身にヒビを入れ、火花を散らして両手から弾き飛ばされた。
勢い余ってライフルごとマチェットも飛び出し、一緒にアスファルトへ叩き付けられる。
「クソが!」
間髪入れずに大理石のように白く、アイスピックのように鋭い歯を外気に触れさせながら、ルーマは文字通り牙を剥いた。
コルトは腕を突き出し、わざと犬に噛ませるみたく牙を受けて、首筋にポケットナイフを突き立てた。
「ぐぇ」
カエルがゆっくりと踏み潰されるような声を出しながら、ルーマは笑みを浮かべた。
三十年式銃剣を腰鞘から抜き、太股へ突き立て返した。
「クソ女め!」
ルーマに突き立てていたナイフを抜き、顎の筋を頬肉ごと切り落とし、拳で鉄槌を喰らわせる。
意識を刈り取られ姿勢を崩し掛けたが、踏ん張ってコルトの顎へと頭突きを喰らわせた。
顔面がズタボロになって口を閉める力が無くなり、下が出しっぱなしになる。
「めだぐちゃだ」
女の顔は砲弾で滅茶苦茶になったかのように、グロテスクで気味が悪かった。
ポーチから医療用ホッチキスを取り出すと、顎を貼り付けた。
「まるで継ぎ接ぎ人間だな」
「こんななりでも私、四肢も臓器も純正なんだよ。誰かから貰ったのはこれだけ」
口をパクパクさせて顎のズレを調整するルーマは、銃剣を掲げながらそう語った。
「誰かの形見か?」
「そんなとこかな、自決だったとは聞いてる」
「お互い辛い人生らしいな」
「人生は苦難の連続、ただ受け入れ順応するのみ」
「だから私は運命に囚われぬ」
二人が息をあわせて並べたセリフは映画 白衛帝国最期の40日で皇帝に向かって皇女が最後に言ったものだった。
「あれは名作だった、確か中盤の革命シーンなんかは実際にガルマニア兵を動員したんだろ」
「そうそう、銃を撃つよりも大変だった」
「その口振りだと、実際に映画に出てたみたいじゃないか」
「うん出てたよ、ライ麦をかじってた子供の役」
皇帝が首都から脱出する最中、戦火で荒れ果てる祖国をその目で見せつけられるシーンで確かそんな子供が居た気がする。
「嘘をつけ、あんたは二十歳前後に見えるぞ」
「吸血鬼は外見より精神ばかり老いて行くから困る」
吸血鬼!?そうか、それがこの女の正体なのか。
「笑えるぜ、ユメに言ってやりたいよ。お前がマブレンで焼き殺し掛けた奴は吸血鬼だって」
下の方へ目をやると、ユメがジャルバーと殴り合っているのが見えた。
「そろそろ再開しよう、あまり待たせたら彼女達に悪い」
ルーマは頬に刃を当て、ホッチキスの糸を抜いた。
ぱっくり割れてた顔が薄いピンク色の肉で繋がり、まるで5年前に出来た古傷のようになっていた。
「美しいでしょ、この冒涜的な生命の輝き」
「バケモンめ……」
拳銃を抜き構え、突進するルーマの足を狙い撃ち込む。
だが、馬の早足よりも激しく動く彼女の脚を狙うのは、記念日をすっぽかした女房を宥めるぐらいには困難だ。(女房なんて居た試しはないが)
残弾が3発になった瞬間、戦術を変えることに決めた。
狙いを足から胴体に変更し、全弾撃ち尽くすとサバイバルナイフを構えた。
吸血女は首に目掛けて一突きを繰り出すと見せ掛け、股の付け根にある太い血管を狙った。
しかしその前にコルトが隠し持っていた予備のリボルバーが、ルーマの指を吹っ飛ばした。
突進をもろに受け身体中の傷に堪えるが、構わずルーマの骨盤を破壊した。
いくら痛みを物ともしない身体とは言え、ここを撃たれては踏ん張りも効かないだろう。
「私の眼を持ってけ!」
ルーマの片眼が突如光を帯び、黒と白が混ざってトライアングルを作る。
「なに!?」
最後の悪足掻きに魔法を発動しやがったのだ。
発射直前、リボルバーの銃口を光る眼に突き刺し、銃身を奥へ奥へと押し込む。
「い゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!」
呻き声に似た叫びが響き、やかましくてしょうがなかった。
女の叫び声は列車のブレーキよりうるさい。
首をヘッドロックしてへし折り、ルーマを高さ15mの場所から投げ飛ばした。
パイプやら柵に当たって身体を歪な形に加工されながら落下し、地面に着く頃には頭蓋から脳味噌が溢れていた。
あの重傷ではしばらくは動けんだろう、そう思いながら安全柵に寄りかかりながら空を仰いだ。
そして目が合った。
巨大で太陽のような存在感を放つ目玉が、ただこちらを観察するかのように見ていた。
その周りには無数の目玉が帯状になって浮遊し、大きな目玉の周りをグルグルと回っていた。
「お前は何なんだ?」
最近良く見るあの目玉は幻覚なのか?それとも?
背後を確認すると、取っ組み合っていた二人が口をポカンと開けて空の目玉と合わせていた。
人はああいう理解を越えた存在に、色々名前を付けて畏怖や敬意を払う。
「あれが神なのか……」
神は差し伸べる手を持たない。
ただ、万物を見通す目だけを持っている。
神よ、お前は何を思考しているのだ?
組織に属し、与えられた役割を全うしようとする者
復讐に燃え、その為だけに自らの犠牲を厭わない者
ただ強大で、制御出来ぬ力を有する哀れで愚かな者
生きる為に、あらゆる行為を正当化しようとする者
コイツらを見た神は、なんて思うんだろうな
俺だったらきっと、天罰と称して天使の2人や3人送り込んで全員皆殺しにしてやるだろう。
目玉が夕陽に重なり、夕暮れを隠して夜を到来させる。
そして星座が変動を開始して場所を指標した。




