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眠っているうちにキスをされても、最初のキスとは言えない

5階から地下へと落ちてゆく最中、うっすらと脳裏に記憶が浮かんだ。


「おいコルト!」


哨戒艇の仮眠室で寝ていたコルトは、レックスの声に叩き起こされた。


船首に出てみると、恐ろしく変形した死体が浮かんでいた。


「輸送機から落ちたんだろうな、ひでぇ死に方だ」


コルトが蒸し暑い空を見上げると、黒い雲が現れた。


「なぁコルト……こんな死に方はしたくねえよな」




床に叩き付けられ、全身を強打して死に至る筈だったが、水を感じた。


水中から水面へと浮かび上がると、真っ先に悪態を付いた。


「クソなんだ!?」


上を覆う真っ黒な煙が晴れ、厚い雲で遮られた太陽の光で自分が何処に落ちたかやっと理解出来た。


1階の下、地下1階まで屋上から落っこちたのだ。


周囲は剥き出しのコンクリートと何かの機械が水没していた。


高級カジノには似つかわしくない殺風景な内装から見て、地下は従業員用の区画なのだろう。


恐らくこの水はプール用の水を上まで組み上げる設備が機能しなくなり、時間と共に地下へとどんどん貯まってしまったのだろう。


コルトはライターを取り出し、暗がりを照らしながら壁に沿って泳ぎ進んだ。


ライトなんて大層な物は持っていないのだ。


燃料缶や外れた鉄パイプなんかが、浮かんでいたり足に引っ掛かったりでとにかく進みづらい。


「ユメのヤツ、こんな場所に落としやがって」


なんて口では言っていたが、内心では心配で堪らなかった。


あの爆発で無傷で居られるとは思えないが、ユメは魔法使いだ。


それも一際才能に恵まれた。


心配ではあるものの、心のどこかではまたケロッとした顔で現れ、早口で何があったかを話す姿が見られると思っている。


そういう楽観的な思考に至れるほど、彼女の能力は凄まじかった。


ライターの火を頼りに進んでいると、水没していない場所まで辿り着いた。


錆びだらけの手すりを掴み、水から上がると壁に寄りかかって座り込んだ。


太ももに突き刺さったガラス片を抜き、傷口に指を突っ込んで程度を確認する。


かなり深く刺さっていたらしく、水面には血の螺旋が伸びていた。


手慣れた様子で医療ポーチからベッドシーツで作った包帯を取り出し、傷口に詰め込んだ。


本物の包帯があれば良かったのだが、そんな物がおいそれと手に入る時代ではないので致し方なしだ。


こうすれば血で綿が膨らんで傷口を塞ぎ、出血が治まるようになる。


その上から血が止まるまで押さえ付け、血が止まったらダクトテープでグルグル巻きにした。


痛いことには痛いが、耐えられる痛みだった。


少しの間、一分にも満たないほんの数十秒の間、天井のシミを見詰めていた。


その間、俺は寝ていたかも知れないし、本当にただシミを眺めていただけかも知れない。


赤ん坊の泣き声が耳元で響き、他所に行っていた意識が一気に引き戻された。


反射的に拳銃を抜き、ふわふわと浮かぶベビーオーブンに弾を放った。


気が付けば、赤子の声と共にオーブンがそこら辺に広がり、無垢なる絶叫で気が狂いそうになる。


「クソッタレオーブン共め!」


拳銃を片手で構えながら耳を塞いで通路を抜け、電力室とプレートが貼られた部屋に入った。


入った瞬間、濛々で轟々とした死者の痕跡が血が腐った臭いと共に服を貫いて全身に染み渡る。


その様々なものの正体は、床に敷き重なったおおよそ50は下らない数の骸だった。


馬鹿みたいに大きな発電機が部屋の半分を占め、その半分に絨毯を折り畳んだだけの簡易ベッドが並んでいた。


核が落ちた後、ここに避難して助けを待っていたのだろう。


カーテンを引き裂いて作った包帯と、バーから持ち出した度数の高い酒が山のように転がっていた。


絶望的な状況であっても最後まで懸命に生きようと、素人なりに努力したが上手くは行かなかったようだ。


「ここにいちゃまずい」


赤子の声が近く大きくなる度に、彼らは熱と共に迫りくる。


巨大な光になって私を包みを込もうとしたその時、また別の光が前からやって来た。


背後の光が光で相殺され、一瞬で消えてしまった。


「いや゛や゛や゛や゛あぁぁぁぁはっ」


オーブンは男か女かも判別がつかない悲鳴が壁に赤みがかった亀裂を作り、死を芸術にする暴虐的かつ冒涜的な死に方をした。


この大出力レーザーは間違いなくユメのものだ。


「ユメ!何処にいる?」


だが、ユメは姿を見せない。


いつもなら、子犬のように走り近付いてくるというのに、彼女はその力を公使したのみだ。


天井を穿ち抜いた影響で、もしや昏睡状態になっているのかも知れない。


「誰か居たか?」「紙屑しかねえ、ガラスに気を付け」


1階へと急ぐ最中、装甲車を伴って現地のならず者達が戻って来た。


「しかし何が落ちたんだ?」「隕石か……それとも天界の連中が何か落としたのか?」「誰かがやったことは間違いねぇ、この街に入ったらどうなるか生きてんなら教えてやらねえとな」


大穴を覗き込んだ亜人のならず者は、コルトと目が合った。


牛頭の亜人は見たことがなかったが、それでも表情で驚いてるのがわかった。


「よう牛男、肉屋に並ぶ用意は出来たか?」


左目をライフルで撃たれたミノタウロスは、仰向けに倒れた。


居場所がバレたコルトは、M16を乱射しながら裏口へ飛び込んだ。


1人居たぞ!」「生け捕りにしろ!殺してもいい!」「それどっちだよ」「うるせえ!さっさと追いかけろ!」


コルトはならず者達が口論してる間に通りを横切り、向かいの銀行へと駆け抜ける。


「クソ!兎になった気分だぜ」


コルトへ向けて、20mm機関砲が砲火を浴びせる。


逃げ込んだ銀行の壁が、アイスピックで画用紙を貫くようにバスバスと貫通して破片が飛び散っていく。


「追い込んだぞ!」


20mmの火力に押されて身動きが取れないが、何も無策に入った訳じゃない。


銀行に必ずある物を頼って逃げ込んだ判断は正しかった。


機関砲に撃たれないよう這って店奥の金庫室まで行くと、鉄と鉛で出来た扉を閉めた。


「クソが………!」


一息つけるかと思った途端、背中に衝撃が走る。


金属に穴が開く音が金庫室中に響き渡り、まるで扉の向こう側から巨人がツルハシで叩いてるような気分だった。


「あの野郎!中に立て籠りやがった」「爆薬でぶっ飛ばしてやろう」「その爆薬は何処にある?」「本拠の武器庫に」


外の馬鹿共は、馬鹿デカい声で今から何をやるか話している。


あの装甲車さえ潰せれば、あとは1人づつ殺して行ける。


だがしかし、その方法を考えてる暇はないようだ。


この分厚い扉が突破されるまで、あまり時間はなさそうであった。



カジノマダッドモーガンにて



身体中にピリピリとした感覚が神経を伝ってくる。


「む゛う゛う゛う゛!」


恐ろしく重い一撃を受けたのか、華奢な身体から飛んでもなく野太い声が出る。


立ち上がった瞬間、片方の目蓋が開かないことに気が付いた。


顔の一部が眠ったように動かず、歩く度に涎が垂れ、耳を滴る赤い血と共に靴へポタポタと雨水のように落ちた。


「マジでさいく゛ぅ゛」


杖を握り、自らの顔に向けると言葉を紡いだ。


「ジビ深ぎ癒しの政令ヨ 我に今1度表情を」


メーリャから教わった回復魔法を唱えてみるが、全く傷を癒す気配はない。


顔があまり動かないせいで、発音が正しく出来てないのかも知れない。


「はーーーあ…………顔がいたい」


そう呟いてみると、唇は元の位置に戻って涎を垂らさなくなり、破けた鼓膜がガサガサと音を立てて戻っていく。


「あぁ、いいね最低から最高って感じ」


顔の痛みが引くと、今度は別のことまで見えて来る。


先程まで居た場所と今居る場所がまるで違うのだ。


黒煙が舞い上がる建物が、自分の目と鼻の先にある様子から察するに、私は爆風で吹き飛ばされたらしい。


「……私ってそんなに頑丈だったかな?」


そういえばコルトは何処へ行ったのだろう。


階段を登った辺りからの記憶が曖昧だ。


「階段ってどの階段?」


自分に自分で疑問を抱くという訳の分からないことをしているのは、どうしてだろうか?


まるで誰かに自分の思考を伝える為に、脳味噌の中をまさぐってるみたいだ。


見知らぬ屋上の扉を開こうとしたが、鍵は開いていて自分の手形がべったり付いていた。


「うっ!」


鼻を突くなんてものではない、むせ返り息が出来ない程のケミカル臭が金装飾の扉越しからでも漂って来る。


恐る恐る下へ降りると、爆散した死体が肉塊となって壁や床に散らばっていた。


「弾けろ」


確かここでバンドって言われてた奴の四肢を弾けさせ、胴を天井に張り付けた。


腹の部分からくの字に曲がったロン毛の女が、ポーカーテーブルの上に行儀良く座っている。


「折り畳め」


確かそう言った。


巨大な地球儀に押し潰され、卵を割ったように頭蓋から黄身が飛び出すこの人は、このならず者達のリーダーだった男だ。


彼だけではない。


無数のスロットコインで貫かれた者や、霧状になって空気中を漂う者、首から下を食い千切られた牛頭の亜人何かが、円を描くように散らばり死んでいた。


見ろよこれ全部お前が殺したんだぜ、すげえだろ


なんて誰かが叫んだ気がした。


ファーストキスよりもファーストキルが早い人生なんて、誰が想像しただろう。


多分私がやったんだろうけど、それについて何一つ覚えてない。


ユメは彼らが悪人であることを証明する為に、その証拠を探した。


罪悪感ってのを少しでも減らしたかった。


ボロ靴に似合わない洒落た服を着た奴は、きっと誰かを殺して奪い取ったのだろう。


きっとそうであって欲しい。


そうでなければ困るのだ。


手を前に組み、落ち着かない様子で死体の合間を歩く彼女は、獲物を食らった化け物の胃に入っていくかのように下へ下へと降りて行った。


「神は仰せられた。いつ如何なる時であろうと、主への絶対を守れと」


杖を腰の位置で保持したまま、ゆっくりと声のする方向へと向かう。


屋外では腕を真っ直ぐ伸ばして構えるが、室内はこうした方がいいと教えて貰った。


腕を掴まれることを防ぎ、取り回しを良くする為だ。


「主は必ずしも報いるとは限らない、そして私もその事象を甘んじて受け入れるべきなのだ」


使ってない銃の弾があちこちに散らばっていて、ロケット砲や杖が乱雑に放置されていた。


そしてその奥には膝を抱え、祈り絶やした存在が自問自答を繰り返している。


「これは主への奉公だ。その断片たる、おい待て何をする!いやだ放したくない!」


ユメは戯れ言に構わず、膝と一緒に抱えていた1冊のノートを奪い取った。


ノートの表紙には防衛計画とだけ記載されていた。



防衛計画

オーブンがまたカジノ内に入り込んでやがる

あの変なババアを取り逃がしたせいだぞ!

バリケードの作り方を図にして描いておくから各拠点の防御を強化しておけ!


バリケード!

デカい家具(ベッドとかテーブル)を下に噛ませてからその上に椅子を組み合わせろ!


ニーシャの野郎がサボってたせいで拠点を一つ失った

とにかくオーブンの数が多いトラップを仕掛けて減らすことに専念しろ


宝探しにきた馬鹿な冒険家を2人始末した

こんな場所にノコノコとやって来るクソバカな連中には頭が下がる

切り落としちまったが


面白い奴が仲間に入った!

機械整備をやってたらしく、州軍が放棄したコマンドウ装甲車を修理してくれた

これでオーブンだろうが魔法持ちでも楽に殺せるようになった


武器を集めろ

冬に備えて恒例の遠征略奪を計画する

嵐で鉄道が壊滅したらしく、物資を満載した商人の馬車が山ほど通るそこが狙い目だ


モンゲンロート帝国の飛行機が上を飛んでやがった

こんな場所を偵察したとこで何になるってんだ

放射線を怖がって近付けもしないくせによ


ラズを処刑しろ

主だ何だと言って仕事をしやがらねぇ

子供を食べたから変になったんでしょうね


「………どうしてこんなに都合良く、私に理由を与えてくれるの?」


後ろを振り向き、あなたへ問い掛ける。


これが私の、私の記憶の中の、最初の殺しになった。

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