彼を殺す為に彼らを殺せ
歩行する観覧車から歯が抜け落ちるように黄色いゴンドラが落下した。
「口を覆え、ガスかも知れん」
先ほどまでもてなしをしてくれていた住人達が、次々とバタバタと倒れ、辺りを骸で埋め浮くしてゆく。
「いったいどうなって……」
目の前でなす術も抗う暇もなく、ドミノのように連なり倒れてしまう。
「悪夢がやってきた」
機長はそう言ってコルトの手に木片を握らせた。
「悪夢が訪れるのは、夢が魅せるに欺瞞に気づいた時だ」
そうやって何もかも消えちゃった。
山脈中腹にて
山脈麓にて 4×%&山脈……修正「お前退嬰主義者か」
バラ リア後方デルタ'=+€「適応」12月47終息シーン「変則的アルゴリズム」書き換え RANゆ
にて¥〒 対象4/}:
コインベルトにて
彼らの大量死を見てからどれほどの時間が経っただろうか?
やっとの思いで山を下ってすぐに、この崩壊した街に辿り着いた。
何故崩壊したか、人の愚かさや街の戦略的価値等の様々な理由と紆余曲折があるが一言で言うならば、ここに核爆弾が落ちたのだ。
一発だけではない。
爆撃機から何発も投下され、数百キロ範囲に巨大なクレーターを築き上げた。
空から見れば、まるでコインを床にぶちまけたみたいにバラバラとクレーターが連なり広がっている。
だからコイルベルトと名付けられた。
「カジノ、カジノ、カジノ、銀行にそれからカジノ」
一歩踏み入れば、この街の異常さを見せつけられることになる。
賭博場の真隣に銀行や質屋が建ち並び、露骨な回収システムが出来上がっていた。
この仕組みを作った連中は、骨の髄を絞り取った後に、濾して茶にして啜るぐらいはしそうだ。
「滅ぶ前から酷い街だな」
瓦礫に覆われた道を迂回する為に外壁の崩れたアパートを抜け、軋む床を踏み荒らしながら中庭へと足を踏み入れた。
「草むらや水溜まりに入るなよ」
「どして?」
「一応の警戒だ、放射線が残ってる可能性は低いがな」
空中投下された核爆弾は、威力と加害範囲を高める為に空中で爆発して強烈な熱風と爆風を巻き起こし、放射線を残留させる。
その際、放射線は大気中に留まるか分散し、地上に残る放射線は雨と月日によって洗い流される。
子供が成人に至るほどの年月が経っているが、それでも油断出来ないのが放射線という見えない恐怖だった。
「そうなの?放射線ってずっと何百年かぐらい残るんだと思ってた」
ユメは自分の世界で原子力発電所による事故が起きた事を思い出した。
自分が生まれる前の出来事ばかりだが、その地域は今でも封鎖されていた。
「訓練所の教官が投下された核の汚染は4~5週間で完全に消え失せるなんて言ってたが、上の連中は随分楽観的だと思ったよ」
「社会人は大変だね」
かつて所属していた組織への愚痴を溢すコルトに、ユメは相槌めいた適当な返事を返す。
中庭の花壇に埋められた骸骨の上に、白ペンキで大きく書かれた文字が目に止まった。
「ここは俺達の場所だ!だとよ」
「うわえっぐ、どうしてこんなことすんの?」
「ただの見せしめだ。敵の協力者や裏切った奴を痛め付けた後に殺して、死体を見える場所に吊るしておく」
誰だって首を切り落とされたくはないし、手足を捥がれたまま生きたくはない。
古代から語り継がれる警告標識の一つだ。
川の側で最古の文明を築いたアズベリア人も、ヨルドラン地域を支配下に置いたガルマニア人もやってた。
まさに精神的野蛮人がやる行為だ。
「こんなの人のやることじゃないよ……」
「そうか?俺も同じ事を南でやったぞ」
そして俺も精神的野蛮人だ。
ユメがアパートの中庭を抜け、通りに出ようとした瞬間、コルトは腕を伸ばして制止する。
「なに?どうしたの」
「面倒なのが居やがる」
夕立が顔半分だけを物陰から出すと、フワフワと動く光輝く物が浮いていた。
一見すると綿毛のような見た目だが、凝視していると徐々に輪郭が現れてくる不思議な物体だった。
「なにあの浮遊わたがし」
浮遊綿菓子を怪訝な顔で眺めるユメは、鳥肌が立ち火傷の跡を撫でられるような感覚に襲われた。
「ベビーオーブンって呼んでる」
「ベビー?それじゃあおっきいのもいんの!?」
「いや、近くを通ると赤ん坊の泣き声が聞こえるからだ」
「うぇー悪趣味」
「手を突っ込んだりするなよ、こんがり炭色になる」
オーブンが現れるのは決まって、人が大勢死んでいてその後にも誰かが住み着いている場所だ。
その誰かがどんな奴かによっては、ユメの手も血で汚れることになるだろう。
コルトはポーチをまさぐって弾の数を数える。
M16の20連装マガジンが4つ、30連が1つにM1911の弾倉が3つと4発入りが1つ
弾は十分あるが、その誰かの数と火力が不明な以上、目立つ行動は避けるに限る。
「あのカジノまで走るぞ」
オーブン達の間をすり抜け、車が店先に突っ込んだカジノ店へ周囲を計画しながら入った。
入店してすぐに目に入ったのは、スロットから飛び出し散乱するコインの山だった。
天井のガラス越しに波打つ光がコインを照らし、銀色の輝きを放っていた。
誰もがこのちんけなコインを求めてポケットから札束を取り出し、家財を売っぱらって金を掴む為に金を注ぎ込んだ。
「懐かしいな」
「スロットが?」
横に付いたレバーを上下に動かし、苦笑いを浮かべるコルトはかつての記憶を思い出した。
「5000ドロル擦った。で、その後にソルトビエ人の従業員を右と左頬を1発づつぶん殴って10発殴り返された」
「荒れてたんだね、その後はどうなったの?」
ユメは床に落ちているコインを拾い上げ、カウンターに置かれているグラスへ投げ入れた。
「右頬でそいつを怒らせて、左頬で沈黙させた」
「面白い」
「お前は無いのか?面白い話」
唸り思い考えるユメは、この間あった出来事を思い起こすが、どこか遠いような感じもする記憶を呼び起こした。
確かあれは高校に入って初日だった。
「まあ私、こんな頭だからいい学校にも行けなくてさ。県内でも指折りの底辺校に入ったんだよね」
当時私は辞書を引いて真面目と調べれば、私のような人と出てくるに違いない程の人間だった。
俗でインターネット文化に浸かった言い方をするなら、陰キャっていう人種になる。
義務教育課程に置いて、徹底的に個性を削ぎ落とされ、親からの鉄拳制裁によって反抗や意見具申への恐怖を植え付けられた結果だ。
「入学初日にクラスメイトと喧嘩になり掛けたんだけどさ、ヤバいと思って校舎から飛び降りて」
「おい待て、なぜ飛び降りた?」
「命の危険を感じたら逃げるのが弱者の生き残る道でしょ」
「その逃げ道、逃げ道って言えんのかよ。それでその後は?」
確かその後どうしたっけ?カッターで…………いや違ったかな。
「それでその喧嘩しそうになったクラスメイトと仲良くなった。どう面白かった?」
「よし……昔テレビでボケ老人と介護士っていう番組があったんだ。老人役の男がアホなこと話して、介護士役がそれに茶々を入れるっていうやつ」
「お前の今の話は、その老人役の話とそっくりだ」
「もしかして私いま馬鹿にされてる?」
「よく気付いたな」
ユメはコルトの足をどつき、不満そうに片頬を膨らませた。
「おい見てみろ、罠だ」
裏口に仕掛けられたワイヤートラップを見つけたコルトは、子供に狩りを教える狐のように指導を開始する。
手榴弾のピンにワイヤーを潜らせて、引っ掛かった奴を爆殺する典型的な罠だ、木に仕掛けてる時もある。
「こういうのは注意深く見ていれば気付くもんだが、別の物に意識が向いてると引っ掛かかる」
「別のことって?」
「弾が飛んで来てる状況で、足元に目配り出来るなら相当な豪胆や奴だな」
「ああ、そういう」
コルトはうつ伏せになり、ピンと張られたワイヤーにそっと触れた。
随分前に仕掛けられた物らしく、ワイヤーの役割を担っている釣り糸に埃が乗っかっていた。
ラジオペンチでワイヤーを切り、壁にダクトテープで張り付けてあった手榴弾を外した。
「なんかパイナップルみたい」
外した手榴弾をユメはまじまじと見詰め、そう呟いた。
「実際そう言われてた、面白いだろ」
起き上がろうとしたその時、散々感じてきた懐かしい感覚に襲われ、床に耳を押し付けた。
微かに聞こえるエンジンの唸りとタイヤが地面を踏み締める音が耳に届く。
金属履帯を着けた戦車の重い地響きとは違う、もっと軽快な音だ。
「トラック……いやもっとデカいな」
半開きのドアを銃身でゆっくり開き、外を覗くとゴミ箱の置かれた路地の先に装甲兵員輸送車が見えた。
すぐに顔を引っ込めると、不安げな顔のユメと目があった。
「何見たの?」
「ただのAPCだ、気にするこたぁない」
「嘘つくの下手か!」
さっきチラッと見ただけだが、車体の上に20mm機関砲を装備していた気がする。
「屋上に上がろう、向こうの動きを把握する」
「うーい、何か最近指示されてばっかだなぁ」
「嫌なら自分で考えて動け」
雨漏りのした天井から、滴る水滴が赤いカーペットを濡らし、室内はえらくカビ臭かった。
外の光が差し込まない階段は、文字通り真っ暗で何も見えなかった。
「クソが、ライトなんか持ってねえよな」
ユメは杖で明かりを灯し、得意気な顔を浮かべた。
「ああ、どうも気が利くな」
「小さい炎とかも出せるよ」
そう言って杖先にライターで灯すみたいに、小さな火を着けた。
「全部終わったら手品師にでもなるといい、小遣いには困らなくなる」
「嫌味ばっかり言うと嫌われるよ、クラスの佐藤って奴もそれで嫌われてた」
「いいのさ類は友を呼ぶし、女を抱きたくなったら買春宿に行けばいい」
「ひっどい処世術、ロクな死に方しないよ」
「楽に死ぬつもりもないさ」
屋上へ出た二人の目に写る街は、灰色で真っ黒な風景だった。
ネオンの輝きも、欲にまみれギラつく人々も、消え去ってしまった。
二人の背後には、このカジノ一番の目玉である屋上備え付け、全面ガラス張りのプールには濁った水が大量に蓄積されている。
「泳いだら病気になりそ」
ここは内戦前、街で乱立する同業者のカジノ店との差別化を図る為に、6億ドロルの費用を掛けて建設されたリゾートカジノホテルであった。
円形に建設されたカジノの屋上に、厚さ10cmの強化ガラスで出来た特注プールだ。
カジノをしている最中に上を見上げれば、人魚に扮した美女達が泳いでいるという、設計者の下衆な欲望が詰まっている。
双眼鏡でAPCの位置を確認すると、大勢を引き連れて街の外れへと向かっていた。
「俺達ツイてるぞユメ」
「だといいんだけ」
「どうした?」
「いやなんか懐かしい感じが」
その懐かしさは友達の家の匂いみたいな、誰か大切な人の匂いのようだった。
でも変だな、私の大切な人って今目の前にいてずっと近くに居るのに、急にこんなこと感じるなんて本当に変だ。
ユメはコルトの襟を掴み、プールの方へ投げ飛ばした。
「衝撃を持って彼の者を救いたまえ」
バシャンと濁り水に落ちたコルトは、突然の出来事に珍しく驚いた表情を露にした。
「クソ!なんの真似だ」
ユメの魔法攻撃によってプールのガラスは粉砕され、コルトは屋上から地下へと落ちて行った。
コルトが落ちると同時に、屋上が大爆発を起こした。
寡黙な者にて
「…………駄目か」
TOWミサイルの発射機を放棄し、狙撃銃を肩に担いだ。
寡黙な者は大爆発を起こした屋上をしばらく睨み付けた後、ロープを使ってマンションを降りた。




