彼らは手を差し伸べず、見ることしかしない
大きな目が
いや大きくて沢山の目が我々をずっと観測している
いつからと言われれば疑問が浮かぶ
数は幾つある?
何を観ている?
奴らなのか?彼らなのか?彼女なのか?
あらゆる事象を超越しうる存在を
我々は神と呼ぶ
かの存在は我々をなんと呼ぶのだろうか?
猫に誘われて
「もうそいつは助からんよ」
疲弊して死に鈍感になった若者は婆さんを見捨てた。
「待っておくれ……置いてかないでくれよ………」
「最初から塩らしく、そうやって頼んだらおぶってやったのによ」
「この人でなし!私を連れて行けぇ!」
若者は婆さんのポケットにある物全てを掴み、奪い取った。
「盗みを働くとは悪いやつだ」
「死体から盗んだって誰が文句言うんだよ」
背後で罵声を叫ぶ婆さんを見て、若者はそう吐き捨てた。
あの暴虐無人な老いた存在が、我々の隊列に乱れを起こしていたのは事実だった。
生きる為に構成された集団にとって、あれは害にしかならない。
ここで善人になろうとするならば、聖人になる必要がある。
要は並大抵ならぬ覚悟と自己犠牲が伴うということだ。
「あ……観覧車」
「は?」
ユメの一声が場面を変えた。
猫に誘われて
足首を濡らす波打たぬ水は、小さな小屋と独りでに回る風車を写していた。
寂れていて、何もかも枯れた色をしているこの場所だが、これほど留まっていたい場所もなかった。
こんなに殺風景で拠り所がある世界、あって良いのかってぐらいだ。
「今ので何人消えた?」
「さあな、さっきまで8人居た気がするんだが」
コルトは弾倉を抜き、弾数を数える。
予備弾含め、38発しか弾がない。
「ユメ、あのデカいの一発撃てるか?」
「簡単に言わないで!あの魔法めっちゃ大変なんだよ」
あの力……本から溢れる強大な魔力を浴びると、意識が飛んで自分が制御出来なくなってしまう。
それに火傷痕が酷く疼いて気持ち悪くなる。
「クソ、薄気味悪い場所だ人形なんか吊しやがって」
「人形だと?」
小さくて木造でボロボロの風車は人形など吊るしてはいないし、木屑まみれの小屋には仲睦まじい家族しか詰まってないじゃないか。
これは終焉ではなく、今から始まりこれからも永遠に続くということであって、庭木のほとりにそびえ立つ影は彼を彼とたらしめ、行程が君を愛おしく撫でる。
「来やがれ、俺はここにいるぞ!」
木壁の火災警報器が私だと、娯楽なき倦怠であり労働の運動が自分への戒めへ移り、音は惨めだとそうそう言って新しい弾を込めて再び姿を見せる何かへ向けた。
「あ゛あ゛あ゛!!!!!放せクソババア!くそ、ちくしょう!」
若者は無惨にも両足を切断され、母親と馬車の運転手に食われている。
ユメが放つ魔法が小屋ごと何かを薙ぎ倒すが、一瞬のうちに消えてしまっていた。
気配を消した何かと一緒に足元の水は引き、辺りは枯れ木と観覧車と崩れた小屋だけが残った。
背中合わせで周囲に目を向け、次なる攻撃を警戒するコルトとユメの前へ猫が現れた。
「おいユメ、お前は本物だよな?」
「変なこと言わないでよ、それよりあの一緒に居た人はどこに行っちゃったの?」
若者は忽然と姿を消し、彼がいつ消えたかも分からず、死んだのか生きてるのかも知ることも出来ない。
「さあな、まるで神隠しにあってるみたいだ」
「ねぇコルト……」
「動く物が見えたら躊躇うな、こっちが殺られるぞ」
「ねえ!」
「さっきからなんだ!?」
コルトの肩を叩くユメは、信じられないものを見上げていた。
「観覧車が移動してる」
「馬鹿いうな、足でも生えて来たって…………」
コルトが見上げた先には、観覧車にぶら下がるゴンドラが軋みを上げながら揺れ、霧の中でゆっくりと回転しながら直立する、頭を観覧車に変えた人型の存在が目前に居た。
30mは優に越える巨人が頭代わりにしている観覧車のゴンドラ内には、毛細血管が張り巡らされた肉片が詰まっていて脈打ち蠢いている。
禍々しくありながらも、その佇まいは異形の存在とは思えぬほど身近に感じた。
歩行する観覧車は崩れた小屋に隠れて見えない筈の我々を察知し、大きな頭を地面へと近付ける。
「クソなんだこいつは?」
反射的に銃口を向けたが、こんな奴相手に小銃の弾が効くものかと思い、ライフルを構える気すら失せた。
歩行する観覧車の身体は、足と胴だけのアンバランスな姿ではあったがとても滑らかな動作で膝を付き、首を動かして頭部の観覧車だけを突き出した状態で静止した。
観覧車がゆっくりと回り、黄色いゴンドラが地面に接地すると、中の肉片から蠢き這い出た大きな目玉が森羅万象を見詰めるようにこちらを凝視する。
何も告げず、何も答えず、何も手出ししないというかそもそも腕がない。
「器は何も出来ませんよ、何もね」
「………あんたは人間なのか?」
「近しい存在、亜人の中でも特殊中の異例な存在と、我々はそう自負している」
いつの間にか隣に立っていた男は、ブリタニカ航空の制服を着たパイロットだった。
「猫の案内はここまでだ」
不気味な観覧車は再び歩行を開始すると、霧の中へ概念を切り崩しながら消えた。
ノアシップ977便 墜落跡地にて
誰が撃墜したかも、どう彼らの最期が悲惨だったかも分からない。
彼らは歴史の中の一つ、内戦時の名も無き犠牲者として記録される筈だった。
「だがこうして生きている、いや現存と表現しても良い」
ビジネスクラスの席に座らされ、客室乗務員がお湯を片手にもてなしを始め、男はネクタイを緩めて割れた窓枠に掛けた。
「機長です、んああ言わなくても分かります。名前は?でしょ、我々は名前が付くと概念として固定されてしまいますから役職で識別するようになっているんですよ」
何も言ってないのに、勝手に話を進めてくる手慣れた感じの辺り、我々のような来客は珍しくないのだろう。
「彼女は客室乗務員3です。7までありますよセブンシスターズってねハッハッハッ!」
セブンシスターズ……えらく昔のドラマの話をするものだ。
確かアルシャナ系レギオン人の7人姉妹が、1人の男を巡って熾烈な恋愛闘争を繰り広げるという内容だった。
最終話を目前にして内戦が勃発し、最終回は誰も見たことがない幻の回になっていた筈だ。
「こんな山奥でよく生活してられるな」
「ここには義務はあるが娯楽はない、日々の生活こそが退屈を忘れさせるのだよ」
「義務とは?」
コルトの疑問に機長はこう答えた。
「信仰さ、我々がここに居られる理由であり、現存する理由でもある」
「神に祈ったから航空機事故に遭っても助かったと言いたいのか?」
馬鹿じゃないかと嘲笑うコルトに、機長ら肩を竦めて言い返した。
「そんなに健気な人間なら、こんなラジオも繋がらないような山に住む訳ないだろ」
「一応教えとくが、ラジオ局は全部空爆で潰れてるぞ」
「住みにくい世の中になったものだ」
「住みにくいどころか、住めもしない場所ばかり増えたものだ。特にココとか」
人の住み家を悪く言うんじゃないよと機長は笑いながら、山の中腹で直立する歩行観覧車を指差した。
「あれが信仰だ」
あの日ノアシップ977が撃墜された瞬間、我々乗務員と乗客は誰一人死ぬことなく生き残った。
ミサイルの攻撃で空いた大穴から、大きな目で私達を見ていた。
ただ見られているだけだが、我々はその存在を神と確信することが出来たのだ。
そして全員が生かされたまま地上に降ろされ、この山脈の住人にさせられた。
「神は信仰によって神たりえる存在になる」
「えーとつまり?」
「信仰がなければ神は死ぬということだよ、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんって……私もう18なんだけど」
「18だったのか?俺の娘はその頃だと、もうちょっと背が高かった気もするんだが」
「話が脱線してる元に戻せ」
宗教ってやつは誰かが神を信じるからこそ成り立つものであり、誰も信仰しない神は神として存在しないも同然なのだ。
最初の核爆弾が西海岸で起爆した時、我々を見ていた神の信者達の殆どは文字通り蒸発している。
影響力を弱めた神は、死ぬ筈だった我々を利用して自己の保全に勤めることになった。
恩着せがましく死ぬ直前の人間を身勝手にも救い、私を崇めなければお前達をあの世に連れて行くと脅しているのだ。
「神様って人と同じぐらい傲慢だね」
「神が傲慢で何が悪い。むしろ我々亜人風情が腕を持たぬ神の、ほんの一小突きにあやかれただけでも有り難いものだよ」
神から義務与えられた元人間の集まりによって出来た新しい種族、それが我々なのだ。
「お前らがここに居る理由は大体分かった。それで何故招待状を持たない人間を殺した?」
この山は今、各地から迂回する為に集まった人間が大勢通っている。
何故この馬車だけを狙ったのかが分からなかった。
「あんたらが逆鱗に触れたんだよ……いやちょっと違うな。あんたが神の逆鱗に触れたんだ。でも招待状持ってるから手出し出来ない、だから八つ当たりで殺したんだ」
機長は目を真っ黒にしてユメの方を向き、こう言い放った。
「お前、何に取り憑かれてるんだ?」
その瞬間、鍵が砕け散る音がした。
遅くなりました




