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不安という名の隣人

「そこの人間二体」


そう呼び止められたコルトとユメは、怪訝な顔を浮かべながらも、自分達のことを指してると気付いた。


店の入り口で喧嘩が起きていた為、裏口から出たのだが、それを見越して待ち伏せされたようだ。


「紹介状を持っているナ」


「案内は必要カ?」


いったい何の話かと戸惑ったが、頭の片隅に置いてあった記憶が呼び起こされ、アムインガルの屋敷でのことを思い出した。


確か通行権を渡すだのなんだの、あの魔法持ちが言っていた気がする。


「お前達は幸運ダヨ、山は今人間だらけだからサ」


コルトは気乗りはしなかったがユメは目を輝かせ、行こう行こうと手を引っ張った。


「お前、そんなに亜人が見たいのか?」


「それもあるけどさ、一応わたし異世界に来てるんだよ」


「それがどうしたんだ?」


「どうせならエルフとか吸血鬼一目見てみたい!異世界モノの定番でしょ、なのに軍隊にばっか追いかけられてばっかでさ。夢がないよ」


思えばユメと一緒に行動するようになってから、現地の軍事組織に追われるのが日常化してる。


もしそんなファンタジー小説があるなら、ミリタリー趣味を拗らせたマニアが性癖に沿って書いたものに違いない。


「迷ったら居ル」


訛りの酷い言葉を話す案内人は、瞬きをした瞬間に消え、代わりに猫を置いて行った。


そして猫は思い出したかのように飛び上がり、屋根伝いに飛び移りながら姿を消した。


「酷いガイドだ、置いてけぼりときた」




5時間後にて



ぎゅうぎゅう詰めの馬車、それから不機嫌な客達、それを引く一頭の疲れた馬、明らかに力不足だった。


「なあ君、金はやるからもっと早く走らせてくれ」


「すいませんねご期待に沿いたいが、馬は一頭しかいないんで」


マアヤシから5時間後の今、馬車には人が溢れんばかりに乗っていて定員オーバーだった。


嵐の影響は辺境地に特需を生んだ。


迂回する人々は宿に泊まり、そこで食事をして、馬車を利用した。


客が来るのは悪いことではないが、当然人数が増えればそれに伴う問題も起き、手放し喜んでもいられなかった。


本来、金に余裕のある者は値段は張るが早くて快適な鉄道に乗り、金に余裕のない者は馬車を利用するのが常だった。


ところが皆馬車を利用し、金がない奴らも金がある奴らも殺到した為に一日の運行数は増加した。


宿はどこも一杯、需要の増加が物価の上昇を煽り、脆弱なインフラは想定を越える往来に耐えきれず、各地では道や橋が崩落する事態を引き起こした。


その片鱗は今乗る馬車にも顕れており、普段は見掛けない連中、身なりの良い小金持ちや家族連れがひしめき合っている。


「もっと詰められないの?」


「無茶言うな、俺を蹴落とす気か」


そんな会話が馬車のあちこちでなされ、次第に客同士の雰囲気が悪くなってゆく。


トイレに行きたいと突然言い出す子供に、尻が痛いと愚痴る若者へ向かってなら降りろと、不機嫌さを全面にアピールする婆さんも居て、本当に空気が悪かった。


「参ったなぁ、こんなことなら空中船に乗れば良かった」


「今さらそんなこと言わないでよ!貴方が高いからってこっちに来たんじゃない」


家族連れの男とその妻は、夫婦喧嘩を始めそうになったのでユメが慌てて止めに入る。


「喧嘩は良くないですよ、そういうの全部子供は覚えますから」


両者共に怒りは収まらぬ様子だったが、喧嘩はひとまず起きなかった。


「今の面白かったぞ」


そうユメに耳打ちするコルトは、馬車から足をぶら下げながらニヤついた。


「ねえトイレ~」


「わかったわかった、ちょっと止めてくれ!」


ため息を漏らしながら客達は下車すると、地べたに寝転んで天を仰いだ。


「品のない連中だ」


小金持ちは馬車に寄りかかりながら、そう小声で呟いた。


「ここじゃいやだ」


「えーしょうがないな、じゃあ向こうに行こう」


子供を連れた父親は道を外れて用を足させに、森へと入って行った。


「あんまり遠くに行かないように!熊が出ますよ!」


ユメはそんな彼らの後ろ姿を眺めながら、自分に父親がまだ居たらあんな感じなのだったんだろうかと思った。


父親さえ居れば、この世界へ来ることもなかったかもしれない。


母親さえまともならば、人生に違和感を覚えることもなかったかもしれない。


「あぁ……やだな、また考えちゃった」


嫌なことって、とにかくストーカー気質だ。


記憶にずっと住み着いてて、いくら逃げても引き離してもついて来る。


頼んでも願ってもいないのに、ずっと関わろうとして来る。


いつでもお構い無しに。


「あれ?私のお父さん、どうやって死んだんだっけ」


ほら、こんな風に


「遅くないか?」


「道に迷ってるのでは?」


「行って戻るだけで?ナンセンスですわ」


ひしひしと染み広がり渡る、面倒な事が起きたという認識が、やがて苛立ちへ変わりつつある。


早く帰って来いよ、道草でも食ってんのか?


と、彼が帰って来るまで誰もが考えてた。


「すまない遅いぞ!」


父親は腕を振りながら戻っていた。


「やっとか、さっさと行こう。昼飯も食ってないのに余計な時間食っちまった」


「お前は食うことばかりだな」


客達は馬車に乗り込んでいくが、コルトだけは彼に目を動かさず、じっと見詰め続けていた。


「コルト?」


「すまない遅いぞだって?誰に向かって言ってるんだ」


M16に弾倉を装填し、ハンドルを引いて薬室に弾を送り込んだ。


「コルト!?」


「そこで止まれ!俺は警告射撃なんてしないぞ!」


「頼む、置いてかないでくれよ」


銃を向けられていることに気付いていないのか、呑気に関節を動かしている。


「やめて!私の夫に銃を向けたりしないで!」


コルトは躊躇いも迷いもせず、引き金を引いた。


撃たれた衝撃で彼は倒れ、真っ青な草の絨毯を血で汚した。


「マジかよ、あいつ撃っちまった……」


ユメ含めた全員があっけに取られる最中、コルトは膝を付き、もう一発腹辺りへ撃ち込んだ。


教科書通りの見事な射撃は、確実に標的を絶命へと追い込んだ。


「誰か来てくれ!誰か!ピーター!何処にいる?戻ってこい!ピーター!何処にいる!戻ってこい!ピーター!」


その筈だったが、立ち上がって叫び始めた。


「なあアンタ血が出てるぞ、立たない方が利口だ」


「頼む、置いてかないでくれ!」


会話が成り立たない上に、胸と腹を撃たれてもうめき声一つ上げないどころか、叫んでいやがる。


「あの人どうしちゃったの?まるで亡霊だよ」


「案外そうかもしれんな、離れてろ」


殆どの生物に通じる急所である、頭へ照準を合わせて撃ち抜いた。

 

左目ごと脳味噌を吹き飛ばし、割れるように剥がれた皮膚が右頬を覆った。


「た、た、た、たんたんたんたん」


「まだ生きてやがる」


彼は脳が無くなった途端、我々に興味を失くし、どこかへ歩いて行ってしまった。


靴底が擦り切れ、足の肉が腐り落ちて、骨が見えるその瞬間まで彼は歩くことを知らない。


彼の姿を見て気が付いた。


そして猫が手招きする。


ようこそってさ




レギオン内戦 開戦から7時間後にて……



「ハンガルド管制こちらノアシップ977、着陸出来る飛行場を探している」


「許可出来ない、お前らの会社は旧政府軍に付いた。別の飛行場を探せ」


機長が計器に目をやると、燃料計のメーターは既に0に差し掛かっていた。


最早一刻の猶予も、一時の余裕さえもない。


「もう燃料がないんだ!今すぐ着陸したい」


「それ以上近づくな撃墜するぞ」


聞く耳を持たぬ管制官と、どうにか同情を誘い着陸を取り付けようとする機長の押し問答が続く。


「私の後ろには120人の乗客と7人の乗務員が居る。そちらの事情は分かるが助けて欲しい」


「この飛行場は東部軍の管理下にある。接近する機体は民間機でも容赦なく撃ち落とす」


「頼む子供も乗っているんだ。あんたにも家族はいるんだろ?」


「やめろ、貴機をSAMで狙っている。道路にでも降りろ」


融通の利かない連中だった。


ブリタニカからレギオン大陸まで海を越え、降りる筈だった空港はクーデター軍の手に落ちていた。


「西海岸の臨時首都が核攻撃を受けたという未確認の情報が入りました」


とにかく情報が欲しかったので、ラジオをコックピットに持ち込んであらゆる局の周波に合わせた。


どの局も、どの周波数でも、悲壮的かつ悲観的な内容で溢れている。


「臨時大統領だった保険福祉省大臣との連絡が取れず、勢いが~」


「機長!8時の方向から空軍機が……」


ブラックボックスに記録されていた最後の音声は、副機長の言葉であった。


2発のスパローミサイルが機体に命中し、空中で人を撒き散らしながら分解して落ちた。

現実が忙しくなっている上に、これからも忙しくなるので投稿頻度が落ちるかもしれません

数少ない読者の方々にはご迷惑をおかけします

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