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忘却などさせない

「一つ1ドロル!クワイ通貨でもOK!」

「鍋!焦げ付かないナベ!煮ても焼いてもダイジョウブ!」「新鮮なタマあるよ!AKのタマ安いよ!」

「今なら五縁で一羽!ご縁がある!ご縁があります!」


ここがどんな場所かは、露店の店主や売り子が叫ぶ掛け声で想像がつくだろう。


雑多に立ち並ぶ家とそれに隣接する店からは、香ばしい匂いや怪しい香辛料の臭いが漂い、来る者へ騒然とした雰囲気を感じさせる。


「何だかお祭りやってるみたい」


「コイツらにとっちゃ、毎日がフェスティバルみたいなもんさ」


ロビン王国から徒歩で数日の距離にあるここマアヤシでは大華系人が多く暮らし、全体の約8割を占めていた。


「コルトはここに来たことあるの?」


「いや、初めてだ」


十何年か前に大陸を横断したことがあったが、その時は別のルートを使った。


そのルートも、最近ハリケーンの被害にあったらしく、未だに復旧の目処が立っていないと行商人から聞いたので、ここを通ることにしたのだ。


「それ一つ、これ買えばオマケする」


蒸し焼き釜の蒸気があちこちから上がり、藁で編んだ人形やガラス細工の小物が値札も付けずに並べられ、物を指差し店主と値引き交渉をする旅人の姿で溢れかえっていた。


「はぐれるなよ、お前はちっちゃから見付けにくい」


「はいはい、分かってますよーだ」


手を繋いで引っ張るコルトと、それに連れられるユメは、人混みをかき分け大通りから飲食店が集まる横道へと逸れた。


「どこも混んでるねぇ」


「ハリケーンで主要道が使えなくなったからな、その分こっちに人が集中してるんだろう」


「少し早いけどお昼にしたら?」


どこを見ても向いても人人人の山で、鬱陶しさを感じてきた頃だった。


「腹は空いてないがまあいいだろ」


ユメの提案に乗り、手頃な店に入ることにしたが、いかんせん看板の文字が漢字なので何の店かはわからなった。


「肉まんだってさ!美味しそうじゃない?」


「お前字を読めるのか」


「んーん、知らないけど漢字は何となく読める」


肉饅頭は肉まん、冷涼麺は多分冷やし中華、辛海老はエビチリといった具合に何となくで分かる。


「いらっしゃい!適当なとこ座っといて!」


忙しく厨房を動く店主と、何かの民族衣装を着た娘が決まったら大声で呼んでと乱雑にメニュー表を置いた


「忙しない店だ」


読めないかと心配したが、幸いメニュー表には舞語で記された料理が並んでいた。


「フォークの香草麺包み?一体どんな料理なんだ」


「すいませーん!肉饅頭とフォークの香草お願いしまーす」


久々に食べ慣れた味が食えるとあって、ユメはまだ決めていないコルトの分まで頼んだ。


「ねえ、これからどうやってそのオルガンなんたらって場所に行くの?」


「オルガンジャンクヤードだ、それにまだ行く決まった訳じゃない」


殺しに来た奴の言うことを、はいそうですかと信じるほど愚かでも馬鹿でもない。


時間は掛かるが行く先々で情報を集め目的地が何処なのか突き止めるのが、現時点では最も安全な方法だ。


「ここで準備してから山脈を越えて、その後は鉄道を使って西に行く」


「えーまた山越えするのぉ!?途中で熊とかに会ったらどうするの?」


「弾道ミサイルを撃ち落とす奴が言うセリフか?」


「また気絶するかもよ」


「その時は俺が守ってやるよ」


傍らに弾を抜いた状態で置いてあるM16に目線を落とし、そう呟いた。


ふぅーんと鼻を鳴らすユメは、運ばれてきた料理にかぶりつき、饅頭を胃に送り込んでいった。




同時刻 大華料理屋前にて



「呑気に飯なんか食いやがって」


無線で恨み言を漏らすジャルバーは、監視対象である黒髪の小娘を見張り続けていた。


あの二人が来ることを予測して、ほんの数日待ってみればノコノコ現れてくれた。


思った通り、鉄道が使えない状況では山を越えるルートを選ぶ。


「どうするルーマ、この距離なら今の私でも殺せるぞ」


腰に下げたPPK拳銃を触り、無理矢理自分を興奮状態にするジャルバーは、今にもマフィア映画よろしく背後からズドンと行きそうな雰囲気だった。


「護衛の男を見てよ、向こうも銃を持ってる」


「それがどうした!あんたのゴツいのは美術品なのか?」


トレンチコートの下に隠してあるM4カービンで撃てと、暗に言うジャルバーは抑えの効かない狂犬のように噛みつき回りそうな様子だ。


「あれに引き金を引いても弾は出ないよ」


料理店に接近するジャルバーは、人混みを押し退け徐々に距離を詰める。


「邪魔だ」


そう言ってガラの悪そうな男を突き飛ばしたのが、乱闘の始まりになった。


「おい姉ちゃん、あんまり舐めた真似すると」


ジャルバーは躊躇いもせずに腕の横に仕込んだ刃で手のひらを突き刺し、驚愕する男を後に店へ入ろうとした。


「てんめぇ!ぶっ殺してやる」


男がジャルバーの襟首を掴んで放り投げ、談笑中のチンピラ集団に命中、取り敢えず頭に血が昇ったチンピラは男をぶん殴り、あっという間に大乱闘に発展した。


「クソ忌々しい愚民め!」


ジャルバーは目についた奴の背中へ蹴りを入れ、チンピラの頭が店の窓を突き破って客席をひっくり返した。


「なにしとんじゃクソボケェ!」


爬虫類目、鱗皮膚の亜人が鉄鍋を持って現れ、男をフルスイングで叩きのめした。


チンピラが亜人の背中をナイフで突き刺し、ジャルバーが通行人の腹を頭突き、面白半分な気持ちで喧嘩自慢が参加、通りの混乱に乗じて食い逃げする客を男が意図せず殴る。


男は割れた瓶を片手に喧嘩自慢の肩にぶっ刺して、店主と亜人が食い逃げの両手両足を掴み持ち上げ壁に顔面から叩き付け、チンピラがジャルバーをヘッドロックする。


チンピラが背中へどこからか持って来た箒の柄で一撃を食らわせ、喧嘩自慢が店先に置いてある植木鉢をチンピラの頭蓋目掛けて振り下ろす。


「掛かってこい!俺に敵うと思ってんなら!」


ルーマは呆れながらも肩を回すと、喧嘩自慢の背後から腰をがっちりと掴み、バックドロップを食らわせた。


次にチンピラを背負い投げ、鋭い右フックの一撃で意識を刈り取り、肘で胸を殴打してチンピラ3人を屠った。


男はルーマに襲い掛かるが、足払いされて地面に伏せさせられ蹴られて気絶する。


最後に取っ組み合いになっている亜人とジャルバー両者の頭を鷲掴んでごっつんさせた。


「はい喧嘩はもうおしまい、どうも皆さんお騒がせしました」


あっという間に乱闘を終息させたルーマは、ジャルバーを引きずって路地へ姿を消した。


「監視をしろと言った、鉄砲玉になれとは言っていない」


ふて腐れするように地べたに座るジャルバーの顔は、存在を作り出そうとしていた。


私ではない私がここに居て、自分を失くしてしまっている。


水溜まりに反射するこの顔は、果たして前の自分と同じ顔なのか?


私の心情は、前と同じ思考を辿れているのか?


「もう元に戻れない、そうでしょ」


ルーマの言葉にジャルバーは沈黙を貫いた。


あなたは憶えていたいですか?

「誰かに虐げられたり、誰かを傷つけたことを」


「忘れられないのに忘れちゃうよ」


ルーマはジャルバー震える身体を抱き締め、優しく唇を首に這わせ、噛みつき皮膚を引き千切った。


指と指が機織機の如く組み絡み付き、無理矢理キスをしてから殴った。


「君がどう泣こうと知ったことじゃない」


ルーマは馬乗りになった状態のまま、ジャルバーをひたすら痛め付けた。


「お前が形成された理由」


二の腕に噛み付いて血を啜り、また強引に口付けをした。


「もうないなら今作ってやる」


ただの暴力、この少女の思うがままに凌辱され、純情たる心構えを持って叩きのめそうとしている。


荒地の墓を踏み荒らすように彼女は、ジャルバーの哀愁や悲壮を殺し、蹂躙を続けた。


怯えから来る震えは消え去り、過剰な暴行による反射のみが身体を震わせている。


行為が終わったルーマは、壁にもたれ掛かってジャルバーが起き上がるのを待った。


胸焼けがするぐらい満たされ、嗜虐と性欲の赴くままに貪り尽くされた結果、心にトラウマが植え付けられた。 


「何百年か前、ハーピーが飛んで来て晩餐会を台無しにさせられた」


蹲ったまま、ジャルバーはそう話し出した。


「ハーピー?あぁ、あの鳥と女が合体したみたいな」


ハーピーと言えば、ギリシャ神話の怪物で有名なやつだった。


「参加者の中に、神の怒りってのを買った奴が居たから」


鳥女はテーブルの上も厨房の食材も、全て食い散らした後、糞尿を撒き散らして逃げて行った。


「今その時の気分」


「最悪ってこと?」


ルーマからの問いを少し考えた後、そうかもと口にすることが出来た。


乱れた服を整え、土まみれの髪を縛り上げ、ふらふらな足取りをしながら目的を果たす為の一歩を踏み出した。

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