驚異的な男
「誰か、俺の腕を繋げてくれ」
亡者のように歩く兵士は、千切れた手首を右手に持って人馬の骸を踏み歩いた。
天幕の下敷きになっている同胞達に、ハエが集り始める。
一瞬の出来事で全て死に絶えた。
夜空高く舞い上がった光で目が潰れ、後は機関銃に凪払われた。
溢れた脳みそを拾って頭に入れようとするけれども、あまりにも柔らかく、掴めど掴めど手のひらから落ちていく。
前傾姿勢のまま死んだ彼が、頭に巻いていた包帯を脱がし剥がして腕の付け根に巻いた。
おぞましさを感じる量の血液が、革靴に流れて行く。
この艶かしい温度の赤黒い血を、指先で感じることは恐怖だった。
自らの生きる熱量が、鉄の匂いと共に温かい血液が、無尽蔵に体外へ飛び出してゆく。
もう自分ではどうしようもないぐらい、周りも自分もめちゃくちゃだ。
「殺してく」
MG42が再び火を吹き、立っていた者を撃ち殺した。
コルトは銃身が真っ赤になった機関銃を放棄して、左肩に掛けていた散弾銃を手に持った。
「メーリャお前は出入り口を見張ってろ」
足を弾き飛ばされ、両手で這いつくばって移動するしか無くなった奴へ止めを刺し、サイロ内へ突入する。
「誰か外の状況を確認しろ!防爆扉が開けっ放しだ」
「俺が行く、お前らはここを守れ」
近衛兵の1人が梯子を登り、様子を見ようとした瞬間、顔面を散弾で吹き飛ばされ垂直に落下した。
「クソ!ベーカーが殺られた!」
「来てみやがれ!撃ち殺してやるからな」
狭い部屋の中カービンライフルを構え、待っていると手榴弾が投げ込まれ、ベーカーの頭でバウンドしてから足元に転がった。
「しゅりゅ……」
200個の破片が広がり、身体をズタボロにされ死んだ。
地下へ降りたコルトは、死体へ散弾を撃ち込みながら前進した。
「おい誰か来てくれ!負傷者が居るんだ」
そう言って誘き出した近衛兵を撃ち殺し、サイレンが鳴り響く地下道を警戒しながら進む。
「敵を倒した!出てきても大丈夫だぞ!」
返事はない、流石に勘づかれたか?
「なあ誰か居ないのか!ベーカーが撃たれて危険なんだ!」
半開きの鉄扉が静かに動き、拳銃を伸ばしながら恐る恐る出てきたので、死角から銃を掴み奪い取った。
頭部を集中的に殴りつけ、壁に寄りかかって倒れ込んだところを膝で蹴りつける。
軍服の上着を脱がし、他に武器を持って居ないか確認してから、拳銃の弾を抜いて持たせた。
「そこの角を曲がれ」
朦朧とした意識で歩く彼は、コルトの言われた通り角を曲がった。
パンッと銃声が響いて男は倒れた。
目論見通り同士討ちを引き起こせた。
散弾銃を構え、角の先に隠れる敵へ撃ち込む。
向こうも必死になって撃ち返し、少しの間攻防が続いた。
豆電球が割れるみたいに、パッと光っては銃弾が飛び、パッと光っては壁に弾痕が作られる。
コルトはチューブ内に装填されていた5発全てを撃ち尽くし、リロードに入る。
この瞬間は無防備であり、銃を使う上で避けられぬ場面だ。
コルトの銃が弾切れであることに気付いた兵士は、M2カービンのセレクターをフルに切り替え、制圧射撃を加えながら接近する。
アスベスト混じりのコンクリート壁が削れ、粉塵が舞いそれが蛍光灯で照らされモヤがかったような視界になる。
コルトは撃たれてる事など気にもせず、ボーチからシェルを取り出して一発ずつ込め、ポンプを引いて薬室へシェルを送り込む。
弾は店にあるだけ全部買った為、弾薬ポーチの中は金属薬莢と赤いプラスチックのショットシェルが入り乱れて鮮やかな彩りになっていた。
装填が終わると顔を出さずに、腕を伸ばして銃を突き出し、角の向こうに居る兵士へ盲撃ちした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ、畜生!」
手の甲が散弾で穴だらけになり、裂けた肉から骨が見えた。
片手でカービンを乱射するが直ぐに弾切れを起こし、カチカチ引き金を引く音だけがこだました。
間髪入れず、照準を胸へ合わせ引き金を引いた。
兵士は硬直したかのように動きを止め、胸を抑えながら前のめりに倒れ込んだ。
「早く行け!役立たずめが!」
誰かの怒鳴り声と一緒に何人かが、こちらにやってくる足音が聞こえる。
物陰から様子を伺っていると、首元に衝撃が走った。
背後に隠れていたもう1人が、サーベルで斬りかかっていたのだ。
防弾着の襟に当たっていたサーベルを払いのけ、散弾銃の腹で斬りかかってきた奴の身体を抑えつけた。
「分隊長!」
コルトを迎撃にやってきた兵士達は、取っ組み合いになっているコルトと隊長が重なり、誤射を恐れて撃てないでいた。
「撃ってくれ!撃て!」
互いに正面向かいでお見合いしてる暇はないと悟ったコルトは、右手で散弾銃ごと隊長を抑えながら兵士達の方へ、背中のリボルバーを抜いた。
利き手ではない方で撃ったが、2発とも頭に命中して天井を見上げながら死んだ。
最後に隊長と呼ばれている男の顎へ拳銃を突き付け、誘拐なんて無粋な真似をする頭に穴を空けてやろうとするが、咄嗟の判断で身体を動かし顎下から放たれた銃弾を回避する。
「邪魔はさせん!」
火事場の馬鹿力とでも言うべき勢いでコルトを反対の壁へ押し返し、リボルバーを手放させると防弾着の隙間へナイフを突き立てた。
金属の冷たい刃が、脇腹へと深々と熱く突き刺さる前にその腕を掴み、背負い投げ飛ばした。
「グァ!」
息の詰まる感覚が肺に響いて一瞬、意識を失い掛けたが、床に倒れたままコルトが落としたリボルバーを掴み撃った。
357マグナム弾が防弾着に命中してよろけるが、手を蹴ってリボルバーを弾き落とし、散弾銃の銃口を腹へ密着させた。
「地獄でベーカーと仲良くな!」
チューブ内に残っていた弾全てを腸へ放ち、肉と鉛のペレットが入り乱れスクランブルエッグのようになった。
「はぁぁ、ペルロラン・ローダになった気分だぜ」
昔懐かしい映画俳優の名前を口にすると、落としたリボルバーに弾を込め、ホルスターに納めてからガバメントを抜いた。
サイロ内弾頭保管庫にて
「早く行け!役立たずめが!」
怒鳴り散らすクリフォードは、残りの近衛兵全員を侵入者の撃退に送った。
怒りを抑えきれないのか、ずっと叫んで喉が枯れていた。
扉を施錠しようとハンドルを握っているが、錆びで動かず、どんなに乱暴にやったってロック出来なかった。
「おいジェム!ドアの前に立て」
「え?あっはい」
扉の前に立たされたジェムは耳元に囁かれた。
「私はこれから儀式を執り行う、あの無能どもが失敗した時に備えてここで足止めしておけ」
明らかに捨て駒にされているが、ジェムは逃げる事が出来ない。
自分は逆らえないほど肉体へ従順になるよう叩き込まれているからだ。
「分隊長!」
「撃ってくれ!」
怒号と銃声は収まらず、激しい攻防戦が繰り広げられていることが容易に想像出来た。
もしかして自分はここで死ぬのではないか?
この自らに秘められた爆発的な力を行使すれば、扉の向こう側からやってくる何者かを倒せるのではないか。
腕を伸ばし、呪文を唱える。
「私神に祈る 生命を晒す前に今一度力を与え 願わくば」
扉が開き、拳銃を構えた男が見える。
「我を殺したまえ」
コルトはジェムの姿が見えた瞬間、額を撃ち抜いた。
パタンと倒れ、間違いなく即死であることは明確であったが、撃ち殺した子供が杖を握っているのを確認すると、もう一発頭に撃ち込んだ。
誰も彼が最後に自らの境遇に抵抗した事を知らず、たった一人で死んだ。
「ユメ、何処にいる?」
名前を呼ぶ声に応答するように、何かが飛び回る音が聞こえた。
ブービートラップが仕掛けられていない事を確かめ、半開きの鉄扉を開けるとユメが椅子に縛られているまま放置されていた。
「あぁ、幻聴じゃなかったんだ。………よかった」
少しやつれたユメは、見知った顔を見て安心していた。
「顔色が悪いな」
「ちょっと怖い夢を見てた」
「現実じゃなくてよかったな、さっさと逃げるぞ」
椅子から立ち上がった途端に倒れ、自分が驚くほど体力を失っていることに気が付いた。
「ほら持ち上げるから掴まってろ」
ぐったりとしたユメを両手で抱え、お姫様抱っこのような形で運ばれた。
部屋の外へ出ると、さっき股間を蹴られていたジェムの死体が目に入った。
一目見て、心臓を締め付けられる感じがして、思わずコルトの肩を強く握った。
元来た道を戻ろうとしたが、先ほどまで開いていた扉が閉まり戻れなくなっていた。
「クソ!どうなってやがる」
「進むしかないよ」
進む?何でユメは俺がこっちから来た事を知っているんだ?
「そうだな、どっかから出られる筈だ」
台車やドラム缶が置かれた通路を抜け、一心不乱に走り出口を求めて進んだ。
「ねえ…………ここって何処なの?」
「多分ミサイルサイロだ、外に出るぞ」
コルトは長い非常階段を汗を流しながら駆け上がり、ユメは焦点の合わない目を動かしながらコルトの腕の中で揺れた。
朦朧という概念に身を委ね、誰かが自分の名前を呼ぶ声が鼻先から聞こえた。
「メーリャ?」
「良かった意識があります」
瓶の栓を口で抜き、飲んでと流し込まれた液体は、随分な甘味を感じる物だった。
「なんだそれは?」
「MS-1です、脱魔症状の時に飲ませる」
落ち着きを取り戻したユメは、昇る太陽の光に照らされる。
空にはまだ夜がうっすらと残り、その眼下から朝日が夜を追いやろうとしていた。
危機を脱したことに安堵するコルトは木にもたれ掛かり、遠い目をしてため息を付いた。
全く持って手間の掛かる子供だ。
こんな時ニコライなら、子供は手間が掛かる方が可愛く見えるとでも言ったんだろうか。
ジュハーブで依頼を受けたあの日、全てが劇的に変化した。
想像を容易く超える相手と戦い、誰かの為に金を使い、一番嫌いだった父親の真似事をしている。
これを変化と言わずしてなんと言うのか、生憎工科大学中退の自分には、他に思い当たる言葉が見付からなかった。
「逃げたり何かしないさ、仕事はやり遂げる」
出発直後なら、こう話していたと思う。
今は分からない、もっと別の理由で
突如眼前で煙が吹き出し、巨大で力強く推進するミサイルが放たれた。
「なに、あれ……?」
「弾道ミサイルだ、まだ残って居たとは」
破壊よ一端を担う兵器らしく、メーリャの驚きに配慮なんかせずにぐんぐん高度を上げた。
呆気にとられる二人の後ろで、ユメは立ち上がり腕を伸ばした。
「あれを落とす」
何かに駆られるが如く、その目は血走っていた。
「何を言ってるんですか?1人で立てもしない癖に」
メーリャは疲れからか、はたまた常識外れな事を口走るユメに苛立ちを覚えたのか、なんだか柄にもなく口調を強めた。
「落とさなきゃ、メーリャが消える」
「はい?」
あの仮面の気持ち悪い男の話から察するに、ミサイルの着弾地点はロビン王国首都、メーリャが追い出された学校がある場所だ。
「メーリャの技術があればいい、後は私が放つだけ」
ミサイルは天高く舞い上がり、もう既に宇宙空間へと到達していた。
あとほんの数分でミサイルの弾頭はマッハ10の速度で落下し、死を降り注ぐだろう。
ユメは鞄からさらば5人の勇者の本を取り出し、第2章 星の迎撃編を捲った。
自分でも何故この本を開き、このページを捲ったのかが分からない。
無意識というより、誰かがそうさせていると言った方がしっくり来る、というぐらいにはそういう運命を感じた。
どこか納得の行かないメーリャだったが、その緊急性を理解し噛み砕いて飲み込んだ。
「ユメこれを」
箱ごと投げ渡したのは銃砲店で武器を調達した際、ただで譲り受けた杖だった。
「遠くを狙うなら杖がなきゃ」
二人は朝日を背に杖を空へと向け、言葉を込めた。
「我の本懐が命じる」
「我の本能が命じる」
「今栄光ある物語を創らんとする時」
「今邪悪なる野望を打ち砕かんとする時」
「この存在へ類いまれなる鋭利な一突きを」
「この存在へ万里を見通し感じ取る眼球を」
森を抜け、山を四つ超え、街を捉えた瞬間、私が夢への逃避を求め過ごした魔法学校が映った。
街の頭上からミサイルの弾頭が死を感じさせぬ速さで迫っている。
「あれは……ユメの一部?」
一筋の光が朝日に照らされながら進み、弾頭に衝突して粉々に粉砕された。
弾頭はガラス片のように降り注ぎ、爆発を起こしながら消えた。
その様子を丘で見ていたクリフォードは、顔を歪ませると痛むことさえ忘れて顔を歪ませていた。
「なんたることだ……」
「あの光……別次元の光なのか……?」
唖然として立ち竦んでいると、内股へ鋭い痛みが走った。
「社会性への冒涜の声が聞こえた」
突き刺さった木製ナイフをへし折り、男はクリフォードの目の前に立った。
「貴様!何もの」
クリケットのバッドをフルスイングで顔面へ叩き付け、有無を言わさずに撲殺した。
「社会倫理を持った者の代弁者」
仮面が割れて、爛れた皮膚が血で覆い隠されていく様子を男は見た。
「ジェム、君のお陰さ。また私より価値のない人間を殺すことが出来た」
願いに導かれた男は焼印を死体の頬へ押し付け、価値の証明を行った。
数週間後……
「メーリャ・クラエス 貴女はクーデターを未然に防ぎ、更には街を壊滅の危機から救った」
「この勲功を受け、ロビン王室から名誉勲章並びに王室名誉女騎士の称号を授ける!」
王宮で受章を受けたその日、私に再び学問の扉が開いた。
私へ冷たく退学証を書けと迫った教員から歓迎を受け、私が敷地から出ていく時は見向きすらしなかった学生達は羨望の眼差しを向けた。
今は復帰初日の講義が終わったところで、この日記は自室で書いている。
あの日ミサイルを迎撃した後、コルトは疲労で気絶したユメを抱えて面倒なことになる前に逃げると言った。
後に残った私はこの状況を利用し、学校への復帰を果たした。
クーデターを起こしたのは、近衛の騎兵隊で今の王室を排除し、クリフォード公爵を持ち上げ王制を廃して新しい国を造ろうとした。
だが目論見は失敗に終わった。
クリフォードはそもそもクーデター軍に同調しておらず、ただ道化を演じていただけだったのだ。
ミサイルに自分が罹った皮膚病の菌根を植え付け、自分を醜いと嘲笑った民達を同じ目に逢わせようとしていた。
その際、菌根の増殖と拡散を強める為に魔力量の大きい人間が必要だった。
最初はジェムという少年を使おうとしていたが、その悪巧みの最中、たまたまユメが現れた。
クリフォードはユメを力を使い、利己的な理由の復讐を遂げようとしたが、コルトが単身で敵地へ乗り込みクーデター軍の司令官を一掃してしまったのだ。
最後の悪あがきで撃ったミサイルも、ユメが落としてしまったので全てご破算になった。
私は何もやっていないと言えば嘘になるが、クーデター軍を倒しミサイルを落としたのは、紛れもなくあの二人だ。
師匠を殺された恨みを晴らさず見送った事を後悔すべきなのか?
ここに戻れたことに感謝すべきなのか?
少しだけ考えてみたが、おそらく結論が出ることはこの先ないだろう。
メーリャは日記を破り捨て、ゴミ箱の中で火を着けた。
彼らはここには居なかった。
私がクーデター軍を倒し、私がミサイルから街を守った。
その事実以外、この国の住民も王室の貴族達も求めていない。
そして私自身も




