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恨んでないそうしないといけないだけ

「いらっしゃいようこそ、私の中へ」


女は2つの目を瞑ったまま、そう挨拶する。


「酷いですよ師匠、一週間も閉じ籠って家に入れないなんて」


「あら~そんなに経ってたの?」


「そうですよ!お部屋を掃除してたら変な花瓶が一杯出てきて、気付いたら外に放り出されてて!とにかく本当に大変だったんですよ!」


メーリャは水だけで過ごしたと怒るが、師匠と呼ばれる女は話を空返事で返しながらお茶を淹れようとティーセットへ手を伸ばす。


指先に当たったカップはシーソーから転がり、お茶がテーブルを跳ねて溢れる。


「あらら……」


「もおっ!私が淹れます!」


先ほどの熱射病になった馬みたいにへとへとだった様子とは打って変わり、今度は世話焼きな家政婦へと変わっていた。


お茶を淹れたメーリャは、棚からビスケットの袋を取り出し、一枚ずつ貪るように食った。


「あの、お尋ねしても」


ユメが口を開くと同時に、師匠もカップを置いた。


「占いをしましょうか」


「はい?」


「ご心配なく、これはお礼です」


噛み合わない会話に少しの苛立ちを覚えるが、師匠は迷わず続けた。 


「おいメーリャ、こいつは何を言ってるんだ?」


「こいつじゃなくて私の師匠です。そうですね、口で説明するのは難しいんですけど、こっちの意図が分かるんです」


何かお手伝いしましょうかと言う前に買い物リストを手渡し、薬剤調合の仕方がわからないなら質問する前にレシピ本を持ってくる。


そういう存在なのだ。


積み上げられた本を退かし、その下から鉄製の金庫を雑に引っ張り出す。


鍵が開きっぱなしでオマケに金具が取れているので、取っ手を掴んで持ち上げると蓋ごと取れた。


中に入っている水晶玉を机に置き、触れて物事をみた。


一見すると神秘的に見えるが、その背後にある台所の洗い物がそれを打ち消す。


「何か雰囲気出ないね」


「小金持ちを騙す為の演出は要らんからな」


暗がりの部屋を紫か青色の明かりで照らしながら、馬鹿で切羽詰まった能無し共を相手に商売してるのが占い師だ。


水晶玉を手でこね繰り回して未来が見えると、本気で思ってるらしい。


「オルガンジャンクヤードに向かいなさい」


「ふざけてんのか?」


行ったことはないが、この大陸で五本指に入るぐらいには危険な場所であるとは知っていた。


そしてそこに辿り着く為には、放射線で汚染された都市を越え、亜人の生息圏に侵入しなければならない。


「見えない悪魔はどうにも出来ないけど、通行権は手配する」


「こっちの心を読むなよ、殺すぞ」


物騒で直球な言い方に、相手の機嫌を損ねないかユメは心の中で慌てた。


「メーリャ、今日で終わり」


「はい?」


「その火傷娘と一緒にこの国を出なさい」


コルトが振り返ると、彼女達は消えていた。


「くそ、またか」


またジャングルが見え、幻惑の向こうから敵の影が列を成して迫りくる。


ライターを出して座っていたテーブルに火をつけた。


カーテンやら本へ火を放ち、手当たり次第に燃やし尽くした。


場面は再びジャングルから、ちっぽけな屋敷へと戻った。


「二度も同じ手を使うな、対策済みだ」


香りが幻覚を見せ、人生に置ける最も醜悪な顔を見せてくる。


ならば地獄の業火で焼き払ってやるまでだ。


燃え盛る火が床を這って天井を焦がし、真夏の太陽すらも生ぬるい炎が骨まで溶かしそうな熱さで染み込んでくる。


「出てこい!お前の幻を終わらせてやる」


ドアを蹴破って、自分の部屋に籠る。


「おいコルト出てこい!大学を辞めただと!?」


父親がドアを叩き開けろと迫るが、自分はバックに服を詰めていた。


数ヶ月で辞めたギターも、少しだけ集めていた首振り人形も、全巻揃えたコミック本も、このバックには入りきれない。


今度は反対のドアを開ける。


納屋の中には、隠れていた魔法持ちが居た。


「おいこいよお前ら、ジョシュの仇だ」


分隊の仲間達が狭い室内へ集まり、負傷して身動きの取れない敵を見下ろす。


靴底で傷口を踏みつけ、銃床で頭を殴って肛門に銃弾をぶちこんでやった。


「こいつ死んでないか?」

「多分死んだふりだ、構わん殴れ」


顔がボコボコに腫れ、焼きたてのパンみたいに膨らんでたが、まだしぶとく生きていた。


「なぁ、魔法使いの頭って土産になんのか?」


今目の前で捕虜の首を刈り取ろうとするこの戦友が、友という文字だけの関係だったならば、私はこの男と友ではなかっただろう。


「いや、こいつではないな」


奥の扉へ銃弾を発撃ち込み、背後から迫る命を奪おうとする炎さえ気にも留めず、ドアをゆっくりと開けた。


目を開いた師匠は、押し潰されて出来た空洞へ指を入れた。


「ココ、返せる?」


「豆でも入れとけ」


杖を向けたその瞬間、銃弾で指を弾き飛ばし、拳銃で頭を殴り付けた。


「またこの私を殺すのか?」


「今度は心臓に指を突き立ててやるよ!」



一方その頃ユメとメーリャは……


「追い出されちゃったね…………」


「そだね…………」


枯れた花を尻に敷き、天を仰ぐ二人は待ちぼうけを食らっていた。


コルトが銃弾を撃ち込んで割れた玄関ドアのガラスが、風に乗ってキラキラ舞っていた。


空中を虚ろに眺めるのも飽きたので、メーリャはユメに尋ねた。


「あなた凄く荒いけど、恐ろしい魔力を感じる。まるで太陽が近くにあるみたい」


だがその出口が開いていない。


もし力を使えば、幾らでも膨らんで行く風船を一瞬で破裂させることになる。


解放された力が底を尽きるまで飛び出し、レーザービームのように吐き出される。


「特訓しませんか?」


「特訓?」


「その力、とても危険です」


メーリャは自分の母親が魔女で、油と魔力の調合が得意だった事を話した。


「少しなら何とかなったんだけど、船一隻分は多過ぎたんです……」


安定性を失った船は、港で爆発して船に乗っていた母親と一緒に吹き飛んだ。


海を一つ越えても大丈夫な位の燃料と、積載されていた火薬が誘爆して港と数十棟のビルが消滅した。


「私はちっぽけですけど、魔法を扱う技術だけは誰にも負けない自信があります」


自らの杖をユメに握らせ、ゆっくりと腕を上げさせる。


横目で屋敷を睨み付けると、上げた腕を横へ少しづつスライドさせた。


突然窓が割れて、煙と共にコルトが飛び出して来た。


「ゴホッ!ゴホッ!クソッタレの魔法使いめ!」


煤汚れた姿で汗を流すその姿を一目見て、中でどんなことがあったか分かった。


メーリャはユメの腕を降ろし、静かに後ろへ下がった。


「何があったの?」


「また姑息な同じ手を使いやがったから、全部燃やしてやったよ」


「そう………」


他にも訊きたいことは一つ二つあったが、腕にべったり付いた返り血が、頭から言葉を下ろすのを止めた。


「行こう、さっさとこの街を出るぞ」


色々な事が気になってしょうがないが、訊く勇気が出なかった。


機嫌の悪い教師へ、出し忘れたプリントを出すような感覚で懐かしい気分になった。


この世界に来て数ヶ月しか経っていない筈なのに、数年振りな気がする。


居心地が悪くて、湿っぽくて、それからヒリヒリして、やかんの落ちる音がして、水ぶくれが出来始めて、酷い体になった。


長袖を掴んで引っ張り、その赤い皮膚を隠した。


「おいお前、着いてくるのか来ないのか?」


「……………………………………………」


焼け落ちる屋敷を前に、立ち竦むメーリャの肩に手を置き囁く。


「貴様が奴に命令されたのか、それとも自分の意思で誘導させたのかは知らんが、お前の上司からの最後の命令は俺達について行けだ」


硬直した背中を動かし、喉を無理矢理に脈動させ、声を出した。


「上司じゃなくて師匠です」


夕日に照らされる影は二つから三つになり、コルトの両隣に伸びていた。


片方は背中を見て、片方は首を狙っている。


花びらを頭に被りながら




アムインガルにて



通行人は一瞬目を驚かせるが、何も見なかったというフリをして再び歩き出す。


目の前を飛び交うハエを手で払うことすら出来ない。


死にかけ、瀕死、虫の息って言葉が似合う人間になってしまった。


どん底に叩き落とされ全てを失ったとしても、実はそういう奴らでも持っているものがある。


惨めさとか、報復心ってやつを。


「ねぇ、あれ死んでるの?」


「いやぁ、まだ生きてるんじゃないかなぁ?」


街の住人達は、私へ疑問だけを投げる。


あれは誰?何をしている?いや何もしていない?


全てをそれが光と共に消えた。


地位は数百年前に崩れ去った、だが残虐性は残っていた。


それが私のアイデンティティ、殺人鬼が殺人鬼たる由縁は人を殺すことであり、私が私たる由縁はその境遇なのだ。


その証拠が消え去ってしまった。


私は2度死に、そして今ここで肉体的な死を迎え入れる。


「おいあんた危ないぞ、流行り病かもしれない」


ジャルバーの前にトレンチコートで身体を包んだ小柄な女性が現れ、膝を付いて顔を覗き込んだ。


「気分はどんな感じ?」


「惨めですらもない……心が死にそうでも死にきれない」


ルーマは腰のホルスターからグロックを抜き、銃口を自分の方へ向けて手渡す。


「銃は撃てる?」


「私は我が儘で傲慢な王女だぞ、そっちのデカい方を寄越せ」


「このM4は私のだからだーめ、その痩せこけた腕に見合う物を用意する」


口角を上げ、微笑む顔から小さな牙を剥き出してルーマは笑った。

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