潰れちゃえ
頭サイズの握り拳が振り上げられ、樹木を上から粉砕する。
「まぁ!」
パジーはジャルバーの腕を驚きながら切り落とし、剣を向け胴体へ真っ直ぐ突き刺す。
「無゛駄゛な゛ことを゛……殺せるも゛んか゛」
生気のない死んだ目に加え、口から死臭を漂わせる彼女の顔は、まるで死体のようだった。
「シ゛ャベルのだいへん……首゛間違い゛」
首に生えた腕を引っこ抜き、両足に爪を立てた。
長いスカートが捲れ上がり、華奢な足に似合わぬ図太い腕がまた生える。
「我が手に宿りし大義よ 傲慢を打ちのめせ」
上空から鉄槌が降り注ぎ、地を揺るがして窪地を無数に作った。
「なんなんこれぇ!」
地震とはまた違った感覚、上から落ちて来るのに下から突き上げられている。
土を被ってみすぼらしくなったユメは、じゃりじゃりとした土の感触を舌に乗せながら唾を吐いた。
「すげぇ魔力量だぜ!邪神級だ!」
「確かにありゃ邪神だな、あっはっは」
「笑ってる場合か、あの気味の悪い腕に握られたら終わりだぞ」
歪な形状をしている禍々しい存在は、コルト達を叩き握り潰そうと襲いくる。
マージは正面から迫る腕を払いのけたが、背後から襲って来る腕に気付かず、あさっての方向に弾き跳ばされた。
「しくじった!戻るまで頼む!」
空に飛ばされながら叫ぶマージは、元気そうに森の中に突っ込んで行った。
「ホームラン!」
「あれ大丈夫なの!?」
「へーきへーき、あれ頑丈だから。さてと……」
パジーは剣を肩に担ぎ、姿勢を低くする。
全体の筋肉を使って、飛び上がる一瞬の瞬発力でぶった切る。
首と胴体が離れて宙を生首が舞うが、地面に落ちる前に腹から生えた腕が首を掴み埋め込んだ。
「クソ!仕留められんか」
パジーは拳に叩き潰され掛けたが、剣の腹で受け止める。
巨大なハンマーを真上から受けたかのような衝撃が伝わり、ジリジリと手が震える。
地面に膝までめり込んだ足を引っこ抜き、剣を振り上げたが、鋭い痛みを感じて剣を落とした。
「痛った、骨までいったか?」
普段ならマージとの連携で反撃される前に攻撃するが、先ほど吹き飛ばされてしまった為、来るまで時間が掛かりそうだ。
「愚民の足掻きなぞ 無駄ですわ!」
圧倒的生命力を誇り、首を切り落としても撃ち抜いても死なない。
化け物いや悪魔とも言えるこの存在を相手に、何が出来るというのだろうか。
「ユメあのビームを出せるか?」
「出し方わかんないよ……なんかいつも無意識に出てるし」
「なんかあるだろ、ほらこう手をかざしたりとか」
「そんなフワッとしたこと言われても………」
話してる最中、ユメを握り潰そうと腕が伸びる。
寸でのところで回避し、腕を撃ち抜いた。
無駄だと分かっていても、弾がある限り抵抗するのが心理というものだ。
ユメを掴み損なった巨大な腕は、代わりに大地を掴んだ。
さらさらとした肌触りの土が、一握りで岩にも勝る硬度の塊になった。
手の形に沿って固められた土は、奇抜な先鋭的デザインの家具みたく変貌した。
「愚か者め、あっちにこっち動き回りやがって!」
「王族名乗ってた割には随分言葉が下品だな、そっちが本性じゃないのか?」
「愚民がほざくな!」
「お前なんか!お前らになんかに私の苦しみが分かるものか!」
激昂したジャルバーは、一瞬の隙を突いてユメを掴み、握り潰そうと力を込めた。
「あぐっ!」
あばらが軋み、今まで経験したことのない圧迫感と恐怖で包まれる。
壁に挟まれるかの如く、それでいて押し返そうとしても弾力があって押し返せない。
夢でも見ているかのような感覚だったが、この痛みがそれを否定する。
乳房が押されて胸が苦しくなり、両腕は鉄の型枠に嵌め込まれたようにビクともしない。
「死ね!何も知らない愚か者め!」
身体が歪んで潰れそうになった時、何が動いた。
存在よ、我に続け
破壊よ、我に従え
諸悪よ、我に力を
万物を超越し、森羅万象を掻き乱せ
偽証が真実を打ち砕く時
愚か者の嘆きは神を超越する
Reconstitution
「これは!?嫌だ!いやだいやだ!」
身体からシャングリラのように生えていた腕が、光と共に消え、大きな傷がみるみる癒えていく。
「私の報復心が消える!知らない自分に戻りたくない!やだ!やだ!」
ジャルバーは地面に落ちる腕を、宙に消える腕を、か細い腕で掴もうと手を伸ばすが、その全てを持ち上げる事すらままならなかった。
やがて異形が消え、肩書きだけは大層な人間がそこに置かれた。
「化け物………ばけものぉ!ばけもの!」
半狂乱のジャルバーは、酷い拷問を受けた後の囚人みたいなおぼつかない足取りで逃げ出した。
コルトが猟銃を構え、その背中を撃とうとするがユメがそれを制止する。
「もうあれが私達の旅路を邪魔することはない」
「ユメ、お前の力は一体……」
「いやぁ!待たせて悪い!」
吹っ飛ばされたマージがデカい声を出しながら帰って来る。
「あっは!ほら言ったでしょ!頑丈な男だって」
双発の二人は、いい戦いだったと笑い合った。
空中空母ワスプにて
「はい、ケーキは全て回収しました。まだ残りはありますが、あの量ではダーティーボムの1つも造れません」
ルーマは艦内の通信室からアデリーナへ通信を行う。
「いえいえ、墓荒らしに来た連中はただの冒険者です。あんなボケナス共に遅れを取る我々ではありません」
「え?結婚の申し込み?そいつが120mm砲を担いで撃てるなら考えてもいいですよ」
通信を終えたルーマは、穏やかな目付きで受信機を見る。
「楽しそうですね、結婚だとか」
「軍人と貴族が結婚するのは珍しい事じゃない。大抵は逆性別だけど」
女の軍人、しかも最前線勤務と来れば、絶滅危惧種にも相当する。
軍の監査室に所属しながら海軍中佐という異例の立場に居るルーマを、上流階級の連中が見逃す筈がない。
貴族よりも軍人が尊敬され、崇められる国家に置いて、軍とのコネクションは無くてはならない。
だがどうせ政略結婚しか狙ってない奴らだ。
「結婚したら直ぐ愛人作って別居状態になりそう。パーティー会場で挨拶回りする時に腕組むのが夫婦の営みになりそうだね」
「なら中佐殿も作ればよいではありませんか、美男子の情夫でも」
「私、抱かれるのは同姓の方がいいかな」
椅子に座る通信手が突然面白い話が耳に入ったのを感じ取り、クルっと振り向いた。
「初耳ですな」
「昔学校で先輩に歪められたの。で、最後にはヤリ捨てされて終わっちゃった」
「その話、後で聴かせて下さいよ。小説のネタに出来そうですし」
「印税取るわよ」
「レディに貢げるなら喜んで」
言うようになった部下を尻目に飛行甲板へ上がったルーマは、手すりに寄って景色を眺めた。
何か光が見え、誰かが消えた気がした。
「誰か死んだ?いや、そうじゃない」
悪寒が全身に伝わり、吐き気すら込み上げてくる光だ。
「……あの光は」
ヤツだ、マブレンで遭遇したあの存在だ。
初めて人を殺した時、特に何も感じたりしなかった。
だが、初めて他人と身体を重ねた時、快楽と共に恐怖を感じた。
孤独を埋め、満たされた心が離れてゆく感覚が怖いと感じた。
「うっあっ………」
肌が濡れ、内股に一筋の雫が垂れる感覚がした。
興奮するとすぐこれだ、自分の悪い癖であり、分かりやすいサインでもある。
満たされぬ恐怖、胃の中に溜まったものを失う恐怖、死の恐怖、それらが一体となって足をすくませる。
ぐしょ濡れのまま歩き出すルーマは、武器を持って脱出挺へと向かった。
「ルーマ中佐!何処へ向かわれるのですか?」
途中、士官に呼び止められるが無視して先に進み、脱出挺に乗り込んだ。
「中佐待って下さい!」
「悪いな空兵、聞き入れたいんだが生憎私は中佐だ」
脱出挺のロックを解除し、艦から投げ出され、船体横に取り付けられたブースターが点火して艦から離れる。
ブースターは脱出時に艦艇に巻き込まれないようする為の物で次に3つのパラシュートが開傘し、挺の落下速度を減少させる。
一時の無重力を味わい、内臓が浮かんで落っこちる。
仕様書通りに動いてくれた脱出挺は、強烈な衝撃と共に着地した。
腰を酷く打ったが、どうせすぐ再生するので痛みを無視して外へ出た。
M4A1とグロックの動作点検を行い、着地時の衝撃で損傷がないか確認する。
「さてと、光の正体を確かめるとしますか」
ロビン王国 武装中立都市アムインガルにて
「素敵な街だね」
ユメの素直な感想に、大抵の人間は同意するだろう。
石畳の路面と夜になるまで眠っている街灯が道を舗装し、レンガ造りの三角屋根の建物が、クレヨンケースに入ったクレヨンみたいに連なっていた。
倉庫街であったここアムインガルは、自動車による輸送によって大陸中から物資が集まる場所であった。
多い時では1日に1000台を超えるトラックがやって来たというが、内戦の影響でインフラは破壊され、車では到底移動出来ないようになると、馬と空中船が輸送の主力となった。
「パジーとマージも一緒に来れば良かったのになぁ」
「行き先が逆だから仕方ないだろう」
あの戦闘の後、端金の報酬を村で貰ってから大剣使いの2人と別れ、数日掛けてロビン王国内の武装中立都市に到着した。
全盛期よりも規模が縮小したとはいえ、ここは今でも物流の中心である。
物が集う場所には人が集まり、人が集まる場所には情報が集まる。
情報の街アムインガル、この街こそ旅の終点を見つけられるかもしれない場所なのだ。
北海道に行っていたので少し投稿が遅れました。
飯が旨かったです。
あと歩いてる最中、砲声が聞こえてテンション上がりました。




