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東京写真(下)

その違和感に気が付いたときには全てがもう遅かった。

私たちただただその空間に息を吞んだ。


「あのさ…」


先に口を開いたのは九条君だった。

なんとか弁解しなくては、と思うも上手く言葉が出てこない。


「いや、あの、そういうわけではなくて…」

「うん、まぁ、それはわかってるけど…」


お互いに直接的な語句を避けて会話しているけれど、それにも限界が来る。ついに九条君の口が暴走を始めた。


「ココラブホダヨネ!!」

「うん!!」


どうしてか元気に返事してしまう私の口。

リミッターが外れたお互いの口はもう暴走が止まらない。


「俺、成人するまでそういうのはちょっとなんだけど!!」

「い、いや、私は別にだいじょう…じゃなくて、勘違いです!!」

「だ、だいじょうぶ!?」

「あ、あ、だ、太政大臣って言おうと思って!!」

「――あぁ、太政大臣ね。…って納得できるか!!」

「い、一旦休憩しよっ!」

「きゅ、休憩!?」


―――息切れをしながらベッドに倒れ込んだ二人はようやく冷静になった。

私は少し目を瞑り息を整えてから、九条君に謝罪する。


「ごめんね、ちゃんと確認してなくて…」

「いや、俺も由佳のあと追いかけてそのまま入っちゃったから」


なんだか私の全責任のように感じながら大きなため息をついた。

ふと左を見ると、いつもは高い位置にある九条君の顔がすぐ横にある。


私は瞬時に飛び起きて、ピンク色に包まれた空間に自分の置かれた現状を思い出した。


どうしようもなくなった私は、「シャワー行ってくる!」と一声かけて、シャワールームに逃げ込んだ。


水圧の弱いシャワーを頭から浴びながら、ちゃんとホテルの内容を確認しなかった過去の自分に「よくやった!」といいねを押した。


そして、シャワールームに逃げ込んでいる今の自分に悪い言葉を吐いた。


いつもより入念に鏡を見つめながら髪を乾かし終えて部屋に戻ると、九条君が誰かと電話していた。口ぶりからして母親だった。


私も慌ててスマホを見ると、やはり十数件の不在着信が来ていた。

果てしない恐怖に包まれた私は「ごめん友達の家泊まる!」とだけ母親にメールしてスマホの電源を落とした。


「さっき電話なりまくってたけど、ちゃんと親に連絡した?」


心配する九条君に「う、うん、今連絡したから平気~」と笑ってベッドにダイブした。もちろん身体は震えている。


九条君がシャワーに入っている間、スマホでもいじろうかと思うも、電源を入れるのはさすがに怖すぎたので、ただじっとピンク色の天井を見つめていた。


何もせずぼーっとしていると、日中の疲れが一気に襲いかかってきて、気がつくと朝だった。



その日は特に何もなかった。


気まずそうに二人で朝を迎えて、誰にも会わないように急いでホテルを出た。

行きとは打って変わって、電車に乗っている間も終始無言が続いた。


九条君とは別れの挨拶だけして、鬼の待つ家の鍵を開けた。

もちろん数時間にわたって叱られた。



*



―――現在。


過去の自分の初々しさに少し笑いながら、一度日記を閉じた。

記憶を頼りに段ボールを漁っていると、底の方で懐かしい感触があって力強く引っ張り出した。


「あった…」


茶色く汚れたペンギンのストラップを見て急に胸が締め付けられる心地がした。確か何度洗ってもこの汚れが落ちなくて、スマホに付けるのをやめてしまったはずだ。


「そういえばまだあの写真も残ってるかな…」


私は写真部と書かれたアルバムを棚から取り出しパラパラとめくっていく。あの写真は雷門(かみなりもん)のあとで撮ったものだから、一番最初のページにあるはずだ。


初めの頃はちゃんとしたカメラを持っていなかったから、東京で撮った写真も全てスマホのデータを印刷した気がする。


「うわ…」


東京スカイツリーの展望台から撮った写真は、立ち並ぶビル群が散乱しているように見えて、正直気持ち悪かった。


その隣にある九条君の背中は、今よりも頼りがいがなさそうに感じるけれど、やはり変わらずかっこよくて気持ち悪さも希釈された。


ふと時間の存在を忘れていたことを自覚し、時計に目をやると日記を読み始めてからすでに20分ほど経っていた。


といっても、彼が家に帰ってくるまでまだ1時間以上ある。

それまでは特にやることもないので、私の方はもう少し高校時代の自分に帰ることにした。

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