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ワールドエンドの夢Ⅰ

 今日もまた僕は、いつもの場所で手を合わせている。

 大好きだった母の墓前で────。


「待ってて、母さん。かならず僕が、いちばんになってみせるから……」



 I swear to this mother's grave...


◇ ◆ ◇


 歩夢、9歳の夏────。



「……またここに来ていたのですか────歩夢あゆむ

「博士……」


 歩夢は振り返って、憎たらしい笑顔を浮かべながら言う。


「博士こそ……毎度まいど、よく飽きもせずに、僕を探してここまで来るよね」


 歩夢が『博士』と呼ぶ男は、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、飽きれ顔で言う。

「『亞比あびさん』でも『真之助しんのすけさん』でもいいですが、博士だけは辞めてくださいって、いつも言ってるでしょう……」

「別にいいでしょ? なんだかワケのわからないモノ造ってる人なんだから」

「ワケのわからないモノ……ってのは聞き捨てなりませんね……」


 そして亞比は、困ったような顔を歩夢に向けて言った。

「ほら……もう帰りますよ? 歩夢」


 歩夢の返事を待つことなく、勝手に背を向けて歩き始める亞比。

 それに歩夢が、自然とついて歩いていく。


 だが歩夢は、何かを思い出したように、立ち止まって振り返る。

 そして母の墓前に向かって、ひと言付け加えた。


「……また来るよ。母さん」


 ◇ ◆ ◇


 およそ3年前────


 当時6歳だった歩夢は崖の先端に立ち、大粒の涙をこぼしながら必死で叫んでいた。


「おかあさーん……! おかあさーん!」


 歩夢の立つ崖の下では、ひとつの村が大火に包まれていた。

 歩夢が住んでいた村だ。


 歩夢が隣町まで母の薬を買いに行っているあいだに起こった悲劇だった。


 この時、泣きわめく歩夢の前に姿を現した、ひとりの人物。

 よれた白衣を身にまとい、分厚いレンズの眼鏡をかけた男。

 これが歩夢と亞比の初めての出会いだった。


 亞比が歩夢に語りかける。

「……どうしたんです? お母さんに何かあったのですか?」

「家が……! 僕の家が燃えてるの……! おかあさんが……おかあさんが家の中に……!」


 まだ見ず知らずだった亞比に泣きつき、崖下で燃えさかる家のほうを指差しながら必死に訴える歩夢。

 亞比は崖に近づき、歩夢が指で差した先へ視線を向けた。

 黒い煙が立ち上っていたため、遠くからでも大体の見当はついていたが、改めて火事の規模を肉眼で確認した亞比は、その顔を曇らせた。


「こ……これは…………」

「ねぇ……! 助けてよ! おかあさんを助けて!」 


 亞比は歩夢にかける言葉が見つからず、ただ唇を強く噛みしめた。

 それでも必死に亞比に助けを求める歩夢。


 しばらくして亞比が歩夢に言った。

「…………もう……手遅れです……」


 泣きじゃくる歩夢を抱きしめ、その場で天を仰ぐ亞比。

 辺りには、歩夢の泣き声だけが響きわたっていた。


◇ ◆ ◇


 それから数時間。

 歩夢は泣き疲れたのか、大きな木の前でおとなしく座り込んでいる。

 すでに火事も沈下しており、周囲は静まり返っていた。


 空を眺め、何かを考える亞比。

 しばらくして亞比は、歩夢のところまで歩いて行き、目の前でしゃがみ込む。

 そして、歩夢の頭をやさしく撫でながら言った。


「……君。お母さんのほかに身寄りは?」


 目を真っ赤に腫らして、無言で首を横に振る歩夢。

 亞比は歩夢の目をまっすぐ見つめながら、やさしい笑顔で言った。


「とりあえず……私の家に行きましょうか」



 その後、亞比は歩夢を自分の家に置いて、ひとりで火事の現場へと足を運んだ。


 もしかしたら脱出して生き延びているかもしれない──

 その可能性に期待して、歩夢の母親の生存確認に来たのだ。


 歩夢を連れてこなかったのは、燃えてなくなった家の跡と、母親の焼死体を見せることになるかもしれなかったからだ。

 

 生き残った村人に事情を説明しながら、歩夢の家を探す亞比。

 そして、そこにあったのは非情な現実だった。


「やっぱり……そう何もかも都合よくはいきませんよね……」


 眼鏡のブリッジを押し上げる亞比の目は、光る眼鏡に遮られ確認することができない。

 ただ──

 くやしさにうち震えている様子は、誰の目から見てもあきらかだった。


 亞比は、歩夢が不憫でならなかったのだ。

 それは歩夢にとって、母親がたったひとりの家族なのだと聞いて知っていたからだ。


 それから亞比は、歩夢と親しかった村の人間に事情を話して、自分が歩夢を預かって育てるという約束をした。



 亞比が、そこまで歩夢に入れ込んだ理由──

 もちろん歩夢への同情もある。

 だがそれだけで、赤の他人の子を預かって育てるなど、そう簡単にできるものではない。


 歩夢が大事そうに握りしめていた一対いっついのクロスレイドのユニットとカードを、亞比は見逃していなかったのだ。


 ボロボロのユニットとカード──


 今回、歩夢が薬を買うために隣町に出かけた際、偶然それだけ持ち出したのだという。

 歩夢いわく、ただ何となく持っていきたかったそうだ。


 そのモンスターの名は〈ドゥームズデイ・ドラゴン〉────


 歩夢の母が、プロのクロスレイダーとして活躍していたときに、使っていたモンスターだという。

 病気になってクロスレイドを引退した母が歩夢に与えた、いわば母の形見とも呼べるアイテムである。


 だが、もはやこのユニットとカードは損傷が激しいため、もう公式の立体映像システムには反応しないだろう。

 だから亞比は、それをお守りとして肌身離さず常に持っているように、歩夢に言い聞かせたのだ。


「ドラゴン……。これを宿命だと勝手に解釈する私は愚か者だろうか?」


 そうつぶやいてから、歩夢の村をあとにする亞比。

 家に戻った亞比は、疲れて眠る歩夢にやさしく布団をかけ直してから、一冊の本を手に取って外に出た。


 そして月を見上げながら独り言を口にする。

「神よ────。何も知らない子を、自分の都合で過酷な運命に巻き込もうとする私を……どうかお許しください」


 亞比が手にしている分厚い聖書のような書物の表紙には『All about CROSS-RAID(クロスレイドのすべて)』と書かれていた。


 To be continued...

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