シュトローム・マジックⅠ 2022改
「ボクのターン!」
とある地方で行われたクロスレイドのダブルス大会。その初戦。
桂と将角が、初めてペアを組んで出場した思い出の大会。
金将のユニットを手にする桂。プレイ中、そのユニットをじっと見つめる。
そして隣にいる将角にも聞こえないほど、小さな声で囁いた。
「マリス……カトプレパス」
特別な思い出が込められたユニット──金将〈マリス・カトブレパス〉。
桂は、そっと目を閉じて、大切な記憶を思い起こす──
This is an irreplaceable treasure that changed my life.
◇ ◆ ◇
6年前──
「はあっ、はあっ……」
「ひゃっはーっ! おーい、待てぇえええ! 逃げんなよぉ!」
この日、桂は男子中校生の不良4人組に追いかけ回されていた。
まるで女の子のような容姿をしていたため、時折ナンパされては、こうやって追いかけ回されていたのだ。
逃げた先──
ついに袋小路に追い詰められる桂。
「ふへへ。もう逃げられねぇぞ? 手こずらせやがって!」
「ちょ……っと、待って! ボクは男──」
不良たちが4人がかりで一斉に襲いかかってきたのを見て、桂は観念したように目を閉じた。
「──っ!」
不自然な時間の感覚。
何も起こらない。
一瞬というには、あまりにも長い沈黙。
違和感を感じた桂が、慎重に目を開く。
すると目の前には、桂を庇うようにひとりの少年が立っていた。
歳は桂と同じくらい。
派手な服装をしていて、とても強そうな赤い髪の少年────。
この赤髪の少年の名前は『皇将角』。
のちに桂のパートナーとなる人物だ。
「……なんだ、てめぇ?」
「はっ! てめえらみたいな輩に名乗る名前なんてねぇよ!」
「ひゃははっ! なんだこいつ、ヒーロー気取りかよ!? ダサくね? なあ、おまえら!」
「俺よりダセェてめぇらに、ダセェとか言われたくねぇな!」
不敵な笑みを浮かべ、不良たちを挑発する将角。
想定していなかった展開に、桂は驚きを隠せない。
この時の桂の瞳には、将角の背中がとても頼もしく映っていたのだ。
「キ、キミは……?」
「安心しろ。俺は絶対におまえを見捨てねぇ」
これまで何度も男性にナンパされ、絡まれてきた桂。
そのたびに現実を突きつけられてきた。
もう桂は、ずっとまえから諦めていたのだ。
ピンチの時に誰かが助けに来てくれるなど、そんな都合のいい話は、漫画の中だけの幻想なのだと──。
だが、そんなことはなかった。
桂の前に味方として現れた赤髪の少年──皇将角。
桂には彼が、まるで正義のヒーローか何かのように見えていたのだ。
◇ ◆ ◇
数分後──
中学生たちは、4人とも意識を失って地面に這いつくばっていた。
だが将角もすでに満身創痍。身体のあちこちに怪我を負っている。
「ねえ、キミ! だ、大丈夫……?」
将角の怪我を心配をした桂が、将角に手を差しのべた。
しかし将角は、逆にその手を自分のほうへと引っ張って、桂の身体を引き寄せた。
「……え?」
「ほら! さっさとここを離れるぞ」
そう言うと、将角は桂の手を引いて小走りでその場を離れた。
走りながら、将角が桂に話しかける。
「おまえ、大丈夫だったか?」
「……うん」
桂の心臓がドクンと1回、強く脈打った。
そのまま桂の鼓動は、どんどん速くなっていく。
将角に手を引かれて走る桂。
そのあいだ桂は、不意を突かれたような顔で、ずっと将角の背中を眺めていた。
路地から大通りに出ると、将角は立ち止まって、握っていた桂の手を離す。
「ここまで来れば、もうヤツらも追っかけて来ないだろ?」
「う、ん……」
「おまえ。ここからひとりで大丈夫か?」
「……え? あ、あの……!」
まるでミッションを終えたヒーローのように、名前すら名乗らず颯爽とその場を立ち去ろうとする将角。
だが桂は、どうしても彼の名前を知りたかったのだ。
もっと将角と親しい関係になりたいと感じて、思わず何かを言おうとするが言葉にならない。
すると何かを感じ取った将角が、桂に話しかけた。
「なんだ、ひとりになるのが不安か?」
「……ええと、その」
桂は言葉が思いつかず、ただモジモジしている。
すると将角が『将棋の駒のようなモノ』と『何かのカード』を桂に手渡した。
「これやるよ」
「なに、これ……? マリス……カト、ブレパス?」
駒とカードに書かれた文字を読む桂。
その桂の反応を見て、将角が言う。
「クロスレイドのユニットとカードだ。……知らねぇのか?」
「クロス……レイド?」
「今、世界で流行ってる対戦ゲームさ。そのモンスター、俺の持っている中でも結構レアなユニットなんだぜ? 大切にしてくれよ?」
話のキッカケをもらった桂が、将角に話しかける。
「ねぇ。そのゲーム……おもしろいの?」
「……ん? ああ、そうだな。今度の日曜日、全国大会の決勝戦があるんだ。……小学生限定の大会だけどな」
そう言って将角は、桂に大会の観戦チケットを手渡した。
「会場はここからそんなに遠くないから、おまえ観に来いよ。俺、その決勝戦に出場することになってんだ」
「え……すごい! 決勝戦に出るんだ!」
「すげぇでっけぇモンスターを使って戦うんだぜ? 俺が優勝するところ見せてやるからよ!」
「うん! ボク、楽しみにしているよ!」
桂は満面の笑みで、そう答えた。
将角が笑顔で桂に手を差しだす。
それを見た桂もまた、笑顔で将角の手を握った。
この日交わした握手を、桂は一生忘れることはないだろう。
これが桂と将角の初めての出会いだった。
To be continued...