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シッタ

作者: 栖坂月

正直に申し上げて実験作です。夏ホラー用に書いたものの、当初は没にする予定でした。

ですが、せっかく書いて無駄にするのも何ですし、どうして今一つなのかなーという明確な答えが見えないので、こちらに置くことにしました。

何というか、笑ってやってください。

 時計の秒針が規則正しく時を刻む。

 その間に、キーボードを叩く不規則な音が割って入る。

 ここにメロディはない。あるのはリズムだけだ。

 手を止めた瞬間、今日はやけに静かだと気付く。

 いや、最近は、と言うべきかもしれない。そういえばいつからだろう。時計の音がこんなにも大きく感じられるようになったのは。

 まぁ、それがいつからであるにしても結構なことだ。何をするにも、静かで困ることはない。壁の薄い六畳一間の安アパートでは、静けさ以上に貴重なものなど滅多にないだろう。

 起きてからの決まり事を果たすようにパソコンのスリープを解除したオレは、半ば習慣と化しているニュースサイトのチェックを終えてから、いつものようにハローワークを覗いてみる。

 思った通り、目ぼしい仕事はない。

 ふぅ、と小さく息が漏れた。

 落胆と安堵、その双方が混じりあっていることを実感する。オレ自身、自らの正直さに少し呆れるほどだ。

 オレは今、世間で言うところの無職に該当する。だが、自宅警備員ニートではない。築二十年以上の二階建てボロアパートではあるが、その一室を借りて一人暮らしをしている。快適とは言えないかもしれないが、生活に困ることは今のところない。

 むろん、それは貯蓄が続く限りの話ではあるが。

 とりあえず、一ヶ月やそこらで干上がるようなことはない。次の仕事は、それまでにゆっくり探せば済むだけの話だ。むしろ今、こうして貴重な静寂の中で自由を満喫できることを、楽しむべきだと思っている。

 そういえば、あのスレはどうなっているだろうか。

 そう思いつつページを開いたところで、喉の渇きに気付く。いや、正確に言うと大して喉は渇いていないのだが、長くなりそうな時は手元に飲み物がないと落ち着かないのだ。

「確か冷蔵庫に炭酸が……」

 うろ覚えの記憶をほじくり返しながら立ち上がる。

 普段は気にもならないヒタヒタという足音が、まるで纏わり付いてくるようで少し鬱陶しい。冷蔵庫の扉を開く音がやけに大きく響き、オレを驚かせた。

 何だろう。今日のオレはいつもより神経質な気がする。

 そう思いつつ毛利もうり印のサイダーを取り出し、早速とばかりに封を開いて一口含む。いつもと変わらない刺激と冷たさだ。

 そうだ。何も変わってなんかいない。ただ、少しだけいつもより静かだったから、調子が狂っていただけの話だ。

「そういえば、今何時だ?」

 サイダーの蓋を閉めて手に持ったまま、オレは居間へと戻ってくる。

 時計を見上げると、そろそろ五時半になろうかという頃合だ。しかし、これでは午前か午後かがわからない。オレは窓際へと歩み寄ると、カーテンに手を掛けた。

 もし午前中であったなら、その向こうに朝日が見えるハズだからだ。

 だが、カーテンを横にずらそうと動きかけた右手が、意に反して動かない。いや、意に反してというのはおかしいか。オレは多分、このカーテンを開きたいと思っていない。

 そもそも、午前か午後かなんて、昼か夜かなんて、どうでも良い問題じゃないか。好きな時に寝て好きな時に起きる。それが出来る今は、むしろ気にしないでいた方が幸せというものだろう。

 世俗のことなど気にするのはやめて、オレはモニターの前に座った。掲示板を渡り、気になるスレを覗いて、いくつかの書き込みを加える。

 今日は珍しく『荒らし』がいない。こういう日の書き込みは気分が良かった。

 ふと気付いて時計に目を向けると、時刻は零時を回っている。やはりネットをしていると時間の経過が早い。楽しい時間はあっという間だと誰かが言っていたが、まさしくその通りだ。

 それにしても零時か。

 周囲が明るくなっていないところからすると、深夜なのだろう。だが、それにしては物音が無さ過ぎる。

 階下の住人は帰ってくると決まってテレビを大音量で流し始めるのだが、それが聞こえてこない。隣の住人は歩く音と玄関の開け閉めが派手に響くのに、それも聞こえない。

 珍しいこともあるものだ。どちらもこの時間まで帰ってこないなんて。それに、深夜になると決まって前の通りを走り抜ける大型車両の地響きも、まだ聞こえてこない。

 オレは、くすんだクリーム色をした天井を眺める。

 耳に入ってくるのは、秒針が時を刻む音だけだ。

「……寝よう」

 何かを考えようとした途端に、激しい眠気が頭の奥から鎌首をもたげてくる。オレはそれに逆らえない。正確には、逆らおうとも思わなかった。

 歩くのも億劫で、這うようにして敷いたままの布団に潜り込む。

 途端に目蓋が落ちて、視界は黒く、果てしない闇に覆われた。

 心地良い。

 無が、何よりも落ち着いた。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 電話が呼ぶ。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 面倒臭い。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 いいや、こんな時間に電話を掛けてくる奴が友人であろうハズがない。どうしても必要な用事なら、メールで届く。

 だから、もういい。

 オレは全てを諦めるように、四肢の力を抜いた。

 意識が途切れる瞬間の、心地良さに酔いながら。



 天井が見える。

 目が覚めた。寝る前と何一つ変わらない景色が、当たり前のように広がっていた。

 オレは安堵する。

 安堵する?

 どうしてだろう。オレは何に不安を感じているというのだろう。確かに今のオレは不安定だ。次の仕事も決まってないし、そもそもこんなダラダラした生活がいつまで続くかもわからない。不安がないと言えば嘘になる。

 でも、別に絶望しているってワケじゃない。仕事なんて贅沢を言わなければすぐに見付かる。ただ、慌ててつまらない仕事を選んだところで、長続きしないとわかっているだけだ。

 今はこれでいい。

 これでいいんだ。

 オレは強引に自分を納得させて、いつものようにモニターの前に陣取った。

 今日も静かだ。秒針がうるさい。

「あ、メール……」

 メーラーを立ち上げるのは毎日の習慣だったが、プライベート用のアドレスに届いていることはあまりない。その大半が管理会社からのお知らせだ。

 しかし今日は、珍しく母親の携帯からメールが届いていた。

 開いてみると、その文章は簡潔というより淡白なものだった。

「元気かって……そんなことわざわざメールしてくんなよ」

 呟きながら、こちらからも簡潔な返信を送る。

 親元から離れて、もう十年になる。会社を辞めてバイト生活に入った時は、少しばかり険悪にもなった。でも今は、時折『結婚』や『孫』の話題を口にする以外では、良好な関係にある。

「オレのことより、自分達の心配しろよな」

 まだ定年ではないものの、両親はかなりの歳だ。取り立てて親孝行をしようとまでは思わないが、せめて迷惑を掛けないようにしようという程度の気概はある。

 だが、ハローワークに目ぼしい仕事はなかった。

 冷蔵庫からドリンクを取り出し、それを飲みつつネットを渡る。

 今日も、掲示板は荒れていなかった。



 次の日、目が覚めると電話が鳴っていた。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 オレは動かない。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 いや、動けなかった。

 RRRRRRRR……R……。

 鳴り止む。静寂が戻る。

 秒針が、相変わらずうるさかった。

 オレはいつものようにモニターと向き合い、メールとニュースサイトをチェックする。ついでにハローワークも見ておいた。

 世界は、何一つ変わっていない。

 冷蔵庫を開けると、昨日と同じ場所からドリンクを取り出す。

 モニターの前に戻ってくると、ネットを渡り歩く。

 やはり、今日も掲示板は何一つ荒れていない。

 どこも気味が悪いくらいに、理想的なコメントで埋まっている。

 誰一人、自らの嫌悪をぶつけてくる愚か者はいなかった。

 オレはキーボードから手を離す。

 天井からぶら下がっている、古い蛍光灯を見上げる。

 秒針だけが、正確なリズムを刻んでいた。

「あ……」

 そして気付く。

 何かがおかしい、ということに。

 世界もオレも、どこか歪んでいるように感じた。掲示板が荒れていないことも、階下や隣室が妙に静かなことも、三日くらい何も食べていないのに腹が減らないことも、昼なのか夜なのか全くわからないことも、何もかもが不可解だった。

 気味が悪い。

 そう、気味が悪かった。

 まるで世界にはオレしかいなくて、この世からオレ一人がはぐれてしまったかのような、得体の知れない孤独感と焦燥感が湧き上がってくる。

 オレは居間を飛び出し、玄関に向かう。

 ドアノブに手を掛け、鍵を開けた。

 そのまま勢いで手首を回す。

 そこで息を呑んだ。

 怖いと思った。

「怖い? 何が?」

 ただ外に出るだけだ。月を見て、あるいは太陽を見て、深呼吸して戻ってくるだけだ。世界に一人などという馬鹿げた妄想を、笑いながら否定するだけの話なんだ。

 それの、どこが怖いっ!

 オレは身体ごとドアにぶつかるようにして、勢い良く外の世界へと飛び出した。



 飛び出した先は、闇だった。

 夜ではない。それは紛れも無く、室内に溜まった闇の中だった。想定していた景色と違っていたので戸惑ったものの、その混乱は一瞬で終わる。

 闇の中に浮かぶ微かな輪郭に、見覚えがあったからだ。

 そこはオレの部屋だった。

 その玄関だった。

 カツカツカツカツ……ギー、バタンッ!

 隣人の出入りは、相変わらず無遠慮だ。

 気付けば、先程まで聞こえなかった階下からのテレビが聞こえる。

 次いで響く突然の地鳴りが、トラックの通過と共にやってくる。

 その全てが、あるべき日常だった。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 いきなりの電子音に鳥肌が立ち、意識が研ぎ澄まされる。

 視界の真ん中で緑色の光が明滅を繰り返している。

 電話だった。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 オレは誘われるように一歩を踏み出し、そこで気付いた。

 電話近くの床に、何かが倒れている。しかもその何かは、こちらを見ていた。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 息が止まる。いや、心臓が止まったような気がした。

 信じられるハズがない。

 そこに倒れているのが、自分自身だなんて。

 奴は胸を押さえ、電話に手を伸ばした状態のまま力尽きていた。その眼差しは虚空を見詰めて、口はだらしなく開いたままだった。息をしていないことも、心臓が動いていないことも、確認するまでもなくわかった。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 いや、違う!

 これは何かの間違いだ。誰かの悪戯だ。そうじゃなきゃ夢だ。

 だとしたら、この数日は何だったんだ。

 ハローワークを確認した。掲示板に書き込んだ。サイダーも飲んだ。母親のメールに返信もした。

 あれが全部、幻だったとでも言うのか?

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……

 五回目のコールが終わった後、留守番電話へと切り替わる。

『タカシ、電話でもメールでもいいから、返事くらい寄越しなさいよ。とりあえず荷物は送ったから、明日届くからね。野菜も入れといたから、お弁当やカップ麺だけじゃなくて、ちゃんと料理して食べるんだよ。じゃあね』

 聞き慣れた声だった。

 理由がわからず、何故か涙が溢れた。

「……何だよ、これ」

 もういい。

 こんなのは違う。ただの夢だ。間違いない。

 そう思い込んで、再びドアへと向かう。

 ドアノブを捻り、ここから脱出……しようとして、手がノブをすり抜けた。腕も、足も、頭もすり抜けた。

 その先に待っていたのは、またも闇だった。

 いや、またというのは正確ではないかもしれない。

 それは夜とは違う、無という名の闇だった。

 身体が溶けていく。

 あぁ、そうか。


 この瞬間、オレは自分がすでに死んでいるという事実を

 シッタ……。


さぁ、酷評どんと来いっ!

すいません。やっぱりあまり虐めないでください。

心臓麻痺でショック死しますんで。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感想を書くのは苦手なのですが、一つ。 途中で、共感できる心や悲しみもある。 そういった事を踏まえて、人の心が移り変わる瞬間が好きです。 個人的には、その瞬間こそがホラーの醍醐味だと思ってい…
[一言] 批評させていただきます。たぶん二日目に少し変化をつけるといいと思います。例えばサイダーの味について少し書いてみてはどうでしょう。死をシッタまではいかないまでも、何か変だということを読み手に振…
[一言]  緊張感のある堅さと、ほんのちょっとの軽さ、前半部分に関しては絶妙なバランスの文章によってこの先の期待感をあおられました。 ってか、「毛利印」て…! にくい表現をやってくれます。  ベタっ…
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