話し
「さて、今日はもう外も暗くなってきたからここで一晩明かすとして、明日の行動を話し合おう」
「おウ」
「はい」
アレルギー反応によって出た鼻水をすすったあとガスマスクをつける。
そろそろ持ってきたタバコが尽きる、車に取りに戻らないとな。
在庫も心もとないし、明日の行動予定にはしっかりタバコ探しの時間も入れよう。
「じゃ、ナナシの記憶の手がかりを探りつつ、その道中でごみ拾い、これでどうだ?」
「意義はないガ、どうやッて記憶の手がかりを探すつもりなんダ?」
今のところナナシの記憶の手がかりは全くと言っていいほどない。
というか、俺たちはナナシの事をほとんど知らない。
「ぁー、そもそもナナシは目覚めてからどれくらいたってるんだ?
それに何をどのくらい覚えているのか、それに何か記憶を取り戻すヒントみたいなものがあれば教えてくれ」
「こんどは私への質問タイム、というわけですね」
ふふん、と息を漏らすナナシ。
「それでは私が目覚めた時の事からお話しましょう。
私が目覚めたのは、大体今いる場所と同じような広さの建物の中でした」
ナナシはそう言って周囲を見渡し、落ちていた瓦礫の中からガラス片を拾い上げる。
「目が覚めて、私は自分が何者なのかわからないことに気が付きました……でも私はそこで取り乱すことは無く、まずは自分の姿を確認しよう、そう思い周囲に落ちていた大きなガラス片に自分の顔を映したんです。
すると、どうでしょうそこには恐ろしいほどに愛らしい顔が……」
「そういう冗談いいから」
「いえ、本気です」
なんか思っていたのと性格違うなこいつ……。
「はぁ……まぁいいや、続けてくれ」
「はいはい、ぇーと自分のかわいー顔を確認していたら、急にファンタジアンに襲われたんです。
すかさず魔法の事を思い出し、1体は軽々と撃破したんですが……まわりの物陰からゾロゾロいっぱい出てきまして」
「逃げ出したト」
「はい、さすがにこの数はまずいと思って逃げ出したんです。
その後は無我夢中で体力の限界まで必死に走り、なんとか隠れる場所を探してあの民家にたどり着きました。
あとは、お2人も知っての通りです」
「え、それだけ?」
「目覚めてから全然立ッてねェナ」
俺の思った以上に情報が少ない。
「……えへ」
「あとは何か覚えてないのか?」
「覚えているのは簡単な一般常識、それに魔法の事……あと、何かをしなければいけない、という漠然とした使命感があるくらいです」
使命感ねぇ……今の時代にそんなもんを持っている奴も珍しいな。
しかしこれだけの情報しかないとなると、取れる選択肢は――
「こうなったら、ナナシが目覚めた所に行ってみるしかないな。
場所は覚えてるか?」
「うーん、正直この場所からは分かりません……。
でも2人に出会った場所まで行けば、多分わかると思います」
「よし、なら明日はまずそこを目指そう 」
そこなら車も近いし、タバコの補充も完璧だ。
「よーし、話が定まッたなら俺様は先に寝るゼ」
そういってブルーは鞄を枕にして床に身を投げ出す。
「ナナシも寝ていいぞ」
「シキはどうするんですか?」
「俺とブルーは交互に見張りだ。
《幻想の住人》には昼も夜もない、そうそう建物に入ってくることもないが、万が一ってこともあるからな」
「では私も手伝います」
お荷物にはなりたくない、という気持ちが強いのはいい事だ、だが――。
「見張りなんて慣れない事して、明日の動動けなくなったらどうする」
「でも……」
「いいから寝とけ」
見た限り、俺たちの中で一番攻撃能力が高いのはナナシだ。
今日出会った頭部が特徴的な2体の巨大な鬼……恐らく、明日の探索でも戦うことになる。
俺の攻撃でも殺しきることが出来なかったほどの強敵、ナナシの火力がきっと役に立つはずだ。
そのためにもこいつにはしっかりと休んで貰わなくては。
「休める時に休むのも、スカベンジャーの仕事のコツだ。
ほら枕」
そういって俺は鞄を投げ渡す。
「そういうことなら……」
俺は渋々と横になるナナシを見届け、周囲の見回りに向かった。
___
「ねぇなぁ……、昔は未成年は喫煙禁止だったらしいしなぁ……。
今回の収穫はこれだけか……」
ゴミ拾いを兼ねた見回りを追わせた帰路で俺は呟く。
「ま、明日に期待だな」
収穫物を脇に抱え、2人が眠っているはずの体育館への扉を開く。
だが、扉の先で寝息を立てていたのは1人だけ。
「なんだよ、寝れないのか?」
「えぇ、その、なかなか寝付けなくて」
ブルーの寝息……ではなくイビキが響く崩れた体育館。
ナナシは俺が渡した鞄の中から本を取り出し、崩れた天井から漏れ出す月明かりでそれを読んでいた。
「なにか面白い本あったか?
俺もまだ確認してないんだが」
「ど、どれも簡単な内容でつまらないですね!」
ナナシの手にもつ本をすっと奪い取り、確認する。
「『絶対負けない投資信託』……」
俺はその本を投げ捨てる。
「こんなもん読むくらいなら、俺が何冊か暇つぶしの本をやるよ。
ビジネス書なんてのは今の時代じゃゴミでしかない」
「そ、そうですか。
通りでつまらない本だと……!
シキはどんな本を読むんですか?」
「俺は歴史や文化の本、車とかの機械やパソコンの使い方に直し方、漫画に小説、教科書や辞書まで……まぁつまり何かの役に立つ物ならなんでも読む。
薄く広くな知識だから、深い専門分野の本は読まないで売るけどな」
「意外と勉強熱心なんですね」
「好きなだけさ、勉強しているわけじゃない。
それよりもほらっ」
俺は脇に抱えていた本日の収穫物を投擲する。
それは緩やかな放物線を描き、ナナシの頭に着地した。
「わっ!
なんですか、これ?」
「さっき見つけた、多分この学校の制服だろ。
スカベンジャーをやるなら、もう少しまともな物を着とけ」
そう伝えてナナシを見る。
彼女が着用していた肌に張り付く様な薄いボディスーツは先ほどの戦闘で所々が破れており、白く透き通る肌が露わになっていた。
「……えっち」
「なっ!?
そういう意味じゃなくて俺は防御力の話をーー」
「わかってますよ。
その……いろいろありがとうございます」
「あ? なんだと?
よく聞こえなかったぞ」
ガスマスクと合わせて被っているフードに遮られ、後半の呟きが聞き取れない。
「なんでもありませんよーだ。
私はもう寝ますからね、おやすみなさい」
そういってナナシは制服を身体にかけて横になる。
「まぁ……どうでもいいか。
おいブルー交代の時間だぞ」
考えても仕方ない。
そう思いながら俺はブルーの横腹を軽く蹴った。