人類の敵
「それじゃぁ単刀直入に言うが、俺達はナナシを仲間にしたいと思っている」
仲間……、さっきの逃走中にでた話。
聞き間違いかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
「とまぁ、いきなり会ったばかりで信用して仲間になれ、というのも無理な話だろ。
だから俺たちの仲間になった場合のメリットを教えよう」
最初から信頼関係を構築する気がないのはどうかと思うけど、言っていることは正しい。
「といってもメリットなんて一言で終わる、俺達が居れば生き残る確率が高くなる、それだけだ。
さっきまでの事で記憶喪失の人間が1人で生きるのは難しいって、十分に理解できただろ?」
「……そうですね」
「しかしこれじゃぁ俺たちの仲間にならないと死ぬぞ、と脅してるようなもんだな……。
脅したうえで仲間になっても意味はないし……。
そうだ、先にナナシの気になっている事をいくつか教えよう、それで情報を得たうえで俺たちの仲間になるか判断してくれ」
「いいんですか?」
「別に俺たちは無理やり連れていきたいわけじゃないからな」
「こいつ、意外に本とかよく読ンでるからいろいろ詳しいゼ。
そしてよく本を読ンでる奴は人に物を教えるのが好きダ!
遠慮なく聞ケ!」
「それは偏見だろ」
シキはタバコの煙ともに小言を吐き出しながらブルーを小突く。
「えーっと……それじゃ遠慮なく聞かせてもらいます」
正直に言って助かる。
生きる為には情報は重要だ、それに情報が無ければ仲間になるべきかどうかの判断もつかない。
しかし、私を仲間にしてこの人たちに何のメリットがあるのだろうか……それも踏まえて色々聞いてみるとしよう。
「まず、ここはいったいどこなんですか?」
「ここは新日本皇国、皇国軍管理区域グンマ。
……その顔、ピンと来てないみたいだな。
そうだなぁ、ナナシの役に立ちそうな情報を伝えるなら、ここから南の方角に、車で数時間進めば人の住んでる場所がある」
……自分の住んでいたはずの国さえ思い出せない。
その事が顔に出ていたのだろうか、シキは分かりやすく役に立つ情報にシフトしてくれる。
「そこは皇国軍が管理している駐屯地だ。
もしナナシが軍の関係者だった場合は手を貸してくれるかもしれないが、名前もわからないくらいだから身分証もないんだろう?」
身分証どころか、着ている服以外何一つもっていない。
目覚めた時に周囲を探さなかった事を後悔するが、あのときは急に化物に襲われ、必死に逃げ出したのだからしょうがない。
「はい……」
「だとすると、軍の人間だと証明が出来ない。
まぁ、軍は団体行動が多いから、こんなとこに1人でいる時点で軍の関係者とは思えないがな」
なるほど、となると私が軍の関係者という線は薄そうだ。
それにしても人のいる場所まで車で数時間か、歩いたらどれくらいかかるんだろう……って、今はそんなことよりも次の質問だ。
「場所については大体わかりました。
次は、あの化物達について教えてください」
「《幻想の住人》の事だな。
これについてを教えるのは少し長くなる。
まずは、今のこの世界の状況についてをざっと説明しなきゃならん」
そういってシキは新しいタバコに火をつける。
「俺たちが今いるこの体育館、それにこの周辺の建物、そしてこのタバコ。
これらの全てははるか昔、旧時代と呼んでいる時代に作られたものだ。
旧時代は今よりもずっと人口が多く、文明も進み、そしてなによりも平和だった。
だが、そんな時代は約100年前に崩壊した」
「どうして滅んだのですか?」
「詳細は不明、だが突如として起きた異常が関わっていることは明らかでな、その異常の事を俺たちは『大変革』と呼んでいる」
「俺たちは、ってことはこの話は一般常識ではないのですか?」
「あぁ言ってなかったか、俺は歴史を調べるのが趣味でな。
俺達ってのはそういうのが好きな、もの好き連中を指してるんだ。
今の世の中は生きてくだけで手いっぱいの奴らがほとんどだ、過去に起こったことを知らない連中も多い」
「なるほど」
ということはこの情報は聞かなくてもいいのでは……?
まぁ気持ちよく喋っているしこのままでいいか……、記憶を取り戻すきっかけにもなるかもしれないし。
「話を戻すぞ。『大変革』というのは約100年前、何の予兆もなく訪れた3つの異変だ。
1つ目は隕石の衝突と、それに伴う大規模な地殻変動などの天変地異の発生。
2つ目は人類が魔力に覚醒したこと。
そして、3つ目、《幻想の住人》の出現だ」
魔法についての記憶が残っていたから、魔力の覚醒という言葉を聞いたとき、何か思い出すことがあるかと期待したが、残念ながらなにも思いだすことは無かった。
「ファンタジアン、別名は幻想の住人。
その呼び方の通り、やつらは旧時代の神話やおとぎ話、果てにはゲームや小説といった幻想の世界の存在を模して現れる、人類の敵だ。
この辺りにいるのは、鬼と呼ばれる日本古来の化け物どもだが……」
シキは床に仰向けに寝ているブルーを指さす。
「ブルーみたいに獣と人が混じったような奴や」
「俺様は《幻想の住人》じャねェゾ」
ブルーからの話を無視してシキは大げさに口から白い煙を吐き出す。
「こんな白い煙のような幽霊とか、いろんな姿のやつがいる」
「たしかブルーさんはミックス?って言っていましたよね」
「そう、ブルーは《幻想混じり》というものなんだが……。
これについてはあまり分かっていることが無くてな、まぁ見た目は《幻想の住人》だが、中身が人間の変な奴だと思ってくれ」
「変な奴だト! 失礼ナ!」
「とまぁこんな感じに《幻想の住人》は様々な姿形があり、それとは別でいくつかの分類がある。
ちなみに《幻想混じり》もそのうちの1つだ。
しかし分類については全部話すと長くなりすぎるんだよなぁ……。
とりあえず共通点としては人間に対してのみ、害があるという点」
「人間にだけ、ですか?」
「そう、人間以外の動植物に対しては一切反応を示さない。
2つ目の共通点は魔力の篭った攻撃、もしくはステゴロでなければ傷つけられない点。
この2つの点が全ての《幻想の住人》に共通している」
「なるほど……それで分類、というのはなんですか?」
「うーん……とりあえず今この辺りにいる鬼、こいつらは殺戮型、というものだ。
殺戮型は魔力を検知する力を持っていて、離れた場所からでも魔力に反応して人を探し、視界に入った人間を攻撃する。
魔力反応の高い人間を優先的に狙う性質もある」
「ふむ……」
「あとの分類はまとめて説明するには多すぎるから割愛させてくれ、ただ《幻想の住人》の9割は殺戮型だ。
だから他の分類はあまり気にしないでもいいかも知れん」
聞く限りではただ生きるだけでも絶望的な状況。
しかし何故だろう、自分もかつてはそんな世界で生きていたはずなのに置かれていたはずなのに、シキの説明を聞いてもまったくピンとこない。
少しくらい、何かを思い出してもいいと思うのだが……。
「ありがとうございます。
《幻想の住人》の事は大体分かりました」
まぁ考えても仕方ない、気を取り直して質問の続きだ。
「それでは、最後に貴方達の事を。
それと、どうして私を仲間にしたいのか、それを教えてください」