逃走
早い……けど、追いかけてくる敵も早い……!
私を担ぎ、目まぐるしい速度で走るガスマスクの男と犬男。
だが、私の全速力の数倍のスピードをもってしても、何体かの鬼はその速度に食らいつき、こちらへの攻撃の機会を狙っている。
「ちっ、結構早いのがいるな、数を減らすか。
おい、出番だぞガキ」
この速度で走っていてよく舌を噛まないなぁ。
「いいか、でかい魔法は使うなよ、《幻想の住人》はでかい魔法を感知して襲ってくる性質がある」
そうか……だからあの時に馬頭が現れたのか。
「できる限りコンパクトで殺傷能力の高い魔法を使え。やれるか?」
「それくらい、できますよ!」
抱えられたままの全力疾走、身体に伝わる衝撃は大きいが、この程度では集中は乱れない。
返事をしてから数秒後、私達を中心に8つの雷が顕現。
雷はひたすらに走る私たちの周りを高速で回転し、一つのリングのように宙を舞う。
「《雷の雫》」
魔法名を呟いた瞬間、雷球は回転の速度を維持したまま、私達を追いかけていた鬼達の何体かに着弾し雷撃を走らせる。
「なっ!?」
ガスマスクの男が驚いたような声を上げ、少し誇らしい気持ちになる。
ふふん、どうですか私の魔法は。
あなたの期待以上の出来でしょう!
「お前、さっき炎の魔法使ってたよな!?」
「あれ、炎の方がよかったですか?
ふっふっふ、なら見せてあげますよ!」
その言ったのち、先ほどの雷と同様に私たちの周囲には3つの炎が浮かび上がる。
炎は次第に形を変えていき、完成したのは炎の剣。
「《炎の剣》」
呟きの後、残り数体であった鬼たち目掛け炎の剣が疾走。
灼熱の剣はその肉体の頑強さをものともせずに敵を焼き切った。
「おいおいマジか!
ブルー! こいつは当たりだ!」
「ガハハッ! 俺様やッぱり見る目あるだロ!」
「当たりとかはずれとか失礼ですね……」
だが、でも褒められている以上そこまで悪い気はしない。
……これ、褒められてるんですよね?
「わりぃな、だが代わりに絶対助けてやる。
そんで俺たちの仲間に入ってもらう!」
「ぇ、なかま? ってひゃぁ!」
急激な加速につい声が出る。
加速した男は飛び上がり、進行方向に現れた鬼の頭部を踏みつぶした。
「ブルー! 気合いれてけ! ラストスパートだ!」
「おウ!」
___
追っ手を振り切り、身を隠す場所に選んだのは半壊したそこそこ大きな建物。
あの二人が体育館と呼ぶその建物は天井の一部が崩れ落ちてはいるものの、全体としての状態はそこまで悪くはなく、倒壊の危険性は低そうだ。
「ふぅ……」
「そのマスク……普通に外すんですね」
ガスマスクを外し、口から白い煙を吐き出している男の顔を眺める。
隠されていた彼の素顔は、ちょっとだけ目つきが悪い髭を生やした顔。
思っていたよりも悪人面ではない。
「あぁ、ハウスダストアレルギーでな。
本当は今も外したかないんだが、つけたままじゃぁコレが吸えん」
そういって男は手にもつタバコから灰を落とす。
「なるほど、アレルギーでしたか。
てっきり悪人だから顔を隠しているのかと」
「そう思ったから俺たちから逃げたのか、笑える。
記憶喪失でこの辺りを歩くなんてのが自殺行為ってわかったろ」
「……悔しいけど言うとおりです」
生き延びるために私が選んだ選択肢は逃走。
だか結果的にをそれは間違いだったと判明した。
だからこそ、方針転換が必要だ。
今度は生き延びるためにこの2人を利用してやる。
そう覚悟を決めた途端、少し離れたところから犬男の大きな声が聞こえて来る。
「ざッと見てきたがこン中は安全みたいだゼー!」
そんなに大声を出して奴らがやってこないのだろうか。
まぁ、私よりも詳しいこの2人のやる事だから大丈夫なのだろう。
「さんきゅ。
これでようやく落ち着いて話が出来そうだな」
そういって男はその辺りに落ちていたパイプ椅子を拾い上げ、背もたれを自分の正面に持ってくるようにして腰を掛ける。
「今度は逃げるなよ、ガキ」
「ガキじゃありません!」
ガキと呼ばれてついかっとなる。
少しは話が出来る人だと思い始めていたけど、やっぱりむかつく人だ、この人は。
「まァまァ落ち着けよ2人とモ、まずは自己紹介でもしようゼ」
にらみ合う私たちの間に入るのは犬男。
「つーわけでまずは俺様!
俺様の名前はブルゥゥウ! ドッグゥ!
いつかこの日本中に名前を轟かせる予定のラジオパーソナリティ! 以後ヨロシクゥ!
あ、呼ぶときはブルーでいいゼ」
独特な巻き舌で自分の名前を紹介した犬男ことブルーさん。
それにしてもラジオパーソナリティーとか日本中に名前を轟かせるとか少し、いや大分変った人だ。
「俺はシキ。このブルーと組んでスカベンジャーをやってる」
いけ好かない髭面タバコガスマスクの人の名前はシキ。
この人は呼び捨てで十分!
「しかしブルー、記憶と名前が思い出せないやつにどうやって自己紹介をさせる気だ?」
シキは私が突っ込もうと思っていたことを代弁してくれる。
「ァー、じゃぁまずは呼び方から決めるカ!」
「ナナシでいいだろ」
「さすがにそれは嫌ですよ!
適当すぎるじゃないですか!」
名前がないからナナシって……、流石に安直すぎる。
「そりャ雑すぎるッてもンだぜシキ。
ギャラクシーガールとかどうヨ!」
「え……それ、本気ですか?」
「ん? 気に入らないのカ?
じゃぁプリティビューティフルってのはどうダ!?」
「えぇ……」
今一度本気なのかを尋ねたくなるようなとんでも無いネーミングセンス。
だが青白い毛に覆われたブルーさんの輝くように真剣な眼差しは、確認せずとも本気である事を示していた。
「こいつのセンスに期待すんなよ。
自分の事を毛が青っぽい犬男だからブルードッグって名付けるやつだぜ」
その名前……自分でつけたのか……。
「もぅ、ナナシでいいですよぅ……。
案外響きは悪くないですし……」
「ナッ!?
俺様の名前よりシキの案の方がいいっていうのカ!?」
今の話を聞く限り、これ以上待っていてもマシなアイデアが出てくる気がしない。
だからといって自分で自分の名前を考えるのもどうかと思うので、結果として私は1番初めの候補を選択した。
「それじゃ決定だな。
というわけでナナシ、呼び方も決まった事だし本題に入るとしよう」
シキは白い煙を肺から吐き出しながら私を見る。
さぁ、ここからが本番だ。
生き延びるため、少しでも彼らから情報を引き出し、最善の手を選ばなければ。