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生存戦略

「はぁっ、はぁっ」


 思えば、私が目を覚ましてからの記憶は走ってばかりだ。

 記憶を失う前の私に言いたい事、聞きたい事は沢山ある。


 私の名前は?

 どうしてこんな所にいるの?

 家族はどこにいるの?

 

 質問はいくらでも思い浮かぶ。

 でも……、過去の私に今一番言いたいことはもっと運動した方がいいよ、って事だ。


「し、しんどぃ……」


 脇腹が痛み、足が悲鳴を上げている。

 肺が酸素を求め呼吸が乱れる。

 これ以上走るのは無理だ、そう判断し足を止めると玉のような汗が地面に流れ落ちた。


「これだけ……走れば……」


 大丈夫、だと思いたい。

 正直に言って道はわからないし、周囲は似たような廃墟が続いているためにどれだけ走ったのかよく分からない。

 それでも体力の限界まで体を動かしたのだ、かなり遠くまで来ている、はず。


「そもそも……あの2人が追ってこない可能性も……」


 先ほどの2人組の事を思い出す。

 

 記憶喪失になって初めてわかった事だけど、記憶が無いと言っても何一つ覚えていない訳ではない。

 漠然とした一般常識のようなもの、そういった事であればある程度は思い出す事ができる。


 私が彼ら2人から逃げているのは、そんな私の頼りない記憶が、あの2人は悪人だ!

 と警鐘を鳴らしているからである。


 1人はどう見ても人間じゃ無い犬男。

 鋭い牙をはやした大きな口でガハハッなーんて豪快な笑い方をする人がいい人であるわけがない。


 もう1人はガスマスクの男。

 こっちは口は悪いし、態度も悪い。

 ガスマスクを外さないって事は顔を出せない事情があるんだろう、そんな人は悪人に決まっている。


 きっと助けるフリをして私の事を誰かに売ったり、後で乱暴な事をするつもりなんだろう、多分。


 これが正しい判断だという根拠はない。

 だが、記憶が無いからといって初めて会った人に頼るなどというのは思考の放棄だ。

 少ない記憶と情報で、より生存率の高い方を選ばなくてはならない。


 私には何か使命がある。

 大半が失われた記憶の中で漠然とした使命感が残っている。


 それが何かは思い出せない、だからこそ。


「それを思い出すためにも……まずは生き延びる!」


 そう決意しキッと前を向く。


 正面には角を生やした異形の怪物。

 目を覚ましてから何度も見かけたこちらを狙う明確な敵。


「たしか、あの2人はふぁんたじあん? とか言ってましたっけ……」


 私が知らないことを驚いていたから、恐らく一般常識的に知っている存在なんだろう。

 けどあいにくと私は思い出すことが出来ない。


 だが、不幸中の幸いというべきかあの敵への対抗手段に関しては明確に思い出すことが出来る。


「悪いけど、邪魔をするなら消えてもらいます……!」


 私はスッと手を前に出し、記憶に残るイメージを頭に浮かべる。


 魔法、自身の体内にある魔力を体外に打ち出す攻撃手段。

 その威力は打ち出す魔力の量と、どのような形で打ち出すのかによって大幅に変わる。

 打ち出す際に最も重要なのはイメージだ。


 私の思い描くのは炎の鳥、大きな翼を羽ばたかせ、触れるものすべてを一瞬の後に焼き尽くすような熱量を持った巨躯の怪鳥。

 私はその羽の一枚一枚までを脳内に鮮やかに思い描く。


 イメージといっても漠然と強く大きいものを思い描くだけでは強い魔法は打ち出せない。

 詳細に、具体的に思い描くことが出来なければ、消費した魔力に見合った威力は出ない。

 最悪の場合、魔力が霧散して終わってしまうこともある。


 だからこそ強力な魔法を使用するのには凄まじい回数の反復練習が必要であり、それ故に私の頭から魔法の事は消えなかったのかもしれない。


「《輝く鳥(ヴィゾーヴニル)》」


 頭に浮かんだ魔法の名前をつぶやき、突き出した手の前に作られた炎の鳥を解き放つ。


 炎の鳥はこちらを目掛け疾走して来る鬼に向かって直進、周囲の地面すらも溶解しながら進むそれは、対象への接触を微塵も感じさせないうちに私の敵をこの世から消滅させる。


「これなら!」


 大丈夫、これだけ魔法が使えれば私は戦える……!


「なっ……!」


 そう思った直後に周囲に響き渡る巨大な叫び声に耳を塞ぐ。

 馬の鳴き声を大幅に低くしたようなその声の出どころは背後。


「う…そ、さっきまではあんなのいなかったのに……」


 目に入るのは馬の頭部をした巨大な鬼。


「あっ……」


 馬頭は視界に入った瞬間にはすでにこちらに向かって疾走し、手にした私の身の丈を越える程の大ナタを振りかぶっている。


 終わった。


 周囲の光景がスローモーションのようにゆっくりと再生される。

 思考が加速し、この状況を打開するためにありとあらゆる行動を模索、だがその結果得られた回答が避けられぬ死。


「死にたく……ないな……」


 死の恐怖に耐えられず、目をつぶる。


 あれだけの質量の物でつぶされるんだ、多分痛くはないだろうな。

 それだけは……よかったのかな……。


 希望と視界が共に黒く塗りつぶされた瞬間、コンクリートを砕く凄まじい衝撃と爆音に襲われ、身体が弾き飛ばされる。


「っ……!」


 痛いっ、けど生きてる!?


 固く閉ざしていた視界を開き、訪れるはずの死が逸れた原因を探る。

 

 目に入ったのは2匹の大型犬。

 おそらくは魔法によるものだろう、水によって構成されたその大型犬は大ナタを持つ腕と首にそれぞれ噛みつき、馬頭に対して攻撃を仕掛けている。

 

 あの犬のおかげ……でも。


 だが馬頭は空いた手でその犬を握りつぶし、何事も無かったかのように再びこちらを睨みつける。


 こんどこそ……そう思った瞬間に飛んでくるのは怒号。


「おぉぉぉぉらぁああああ!!」


 そして訪れるのは先ほどの元は比較にならないほどの衝撃。

 その衝撃は4mを優に超えるだろう馬頭の巨体をはるか後方へと吹き飛ばす。


「おいおい、まじかよ。 これで死なないとかクソだな。

 ブルー! あとどんくらい魔力残ってんだ!」


 衝撃を起こしたのはガスマスクの男。


「2割ッてとこダ」


「んじゃ撤退だな」


「ひゃっ、うぐっ」


 そういってガスマスクの男は確認もせずに私の身体を抱える。

 助けてくれた人の手によるお姫様抱っこ……ならロマンチックだったのに、片手で肩に背負って物扱い。

 正直お腹がちょっと苦しい。


「おいクソガキ、魔法がずいぶん得意のようだな」


 男は私の魔法により溶解したコンクリートを見る。


 相変わらず態度の悪い男。

 この抱え方に文句も言いたいし、なぜ助けたのか目的も聞きたい。

 だが今文句を言ってここにおいて行かれても困るので私は聞かれたことに素直に答える。


「得意……だと思います」

 

 自分の魔法以外をほとんど覚えていないため、断言はできない。

 だがなんとなく得意だという自信があった。


「よし、なら手伝え。

 自分の命を守る努力をしろ」


 口は悪いが、正しい意見だ。

 自分の命の全てを他人に預けるようでは生きていくことは出来ない。

 私はお腹の苦しみを無視し、集中を始めた。

 

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