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少女

 音の出所から異変の発生箇所は間違いなく一階、そして今の声は明らかにブルーの物ではない女性のもの。


「先客がまだこの民家にいるとか、さすがにタイミング良すぎだろ」


 俺たちよりも先に別の誰かがこの民家に入っていた事は分かっていた。

 だが普通スカベンジャーはこんな小さな民家を長々と調査をする事はない。

 であれば奇跡的なタイミングで鉢合わせたという可能性が高い。


「ブルー! 生きてるか!」


 階段を降りてすぐに目的の場所はわかった。

 理由は明白、明らかに壁が吹き飛んでいたから。

 俺はいまだ白煙が上がるその部屋へと駆けつけ、ブルーに声をかける。


「おうシキ! 一瞬死ぬかと思ったけどヨ、そこはやっぱり流石の俺様、完璧な魔法障壁の発動でこの通りピンピンしてンゼ!」


 ブルーは壮健さをアピールする様に大袈裟にガッツポーズを見せつけてくる。


 そんな様子のブルーに対し、部屋の中からか細い女性の声が聞こえてくる。


「ば、化け物が……喋った……!?」


 声の発生源は部屋の隅で自らの身体を抱えて震えている1人の女性。

 艶のある豊かな茶色い髪を携えた小柄な少女。


「ぁー……」


 そして俺は今の発言の内容により、この事態を招いた大体の事情を察した。

 ことの発端はこの男、俺の相棒であるブルーだ。


「あんた《幻想混じり(ミックス)》を見るのは初めてか?」


「あ、あなたは誰なんですか……!?

 それにみっくすって……?」


 俺は改めてブルーを見る。

 長年に渡り行動を共にして来たからこそ全く意識していなかったが、こいつの見た目は見慣れていない者にとっては紛れもない化け物だ。

 全身は青白い体毛に覆われており、その手足には鋭い爪。

 極め付けはその頭部、俺たち人間のものとは大きく異なる犬の顔。

 ブルーが独特な発言であるのもこの犬の顔、つまりは鋭い牙の生えたその口が原因だ。

 舌を噛まないように喋るのが大変だとかなんとか。


「おいおい、名前を聞いたことすらないのかよ。

 どこのお嬢様だ。

 《幻想混じり(ミックス)》って言うのは……ってそんな話をしている場合じゃないな」


 本当ならばこの場で誤解を解きたいところだが、どうも呑気に話をしている状況でもなさそうだ。

 恐らく、先程の爆発の原因である魔法が遠くにいる鬼を呼び寄せたのだろう。

 彼女の背後にある窓の向こうに、こちら目掛けて疾走してくる巨大な牛の頭をした鬼が目に入る。


「おい! ガキ、ブルー! さっさとここから逃げるぞ! 《幻想の住人(ファンタジアン)》が迫ってやがる!」


「おうヨ!」


「へ!? い、一体なんなんですか!?

 《幻想の住人(ファンタジアン)》って……それに逃げるってなにから……」

 

 牛のような頭をした鬼は凄まじい速さでこちらに近づきつつ、手にした巨大な棍棒を振り被る。


 いきなり現れた男の言葉が信じられないのは分かる、だが今は一刻の猶予もない。

 俺は少女の手を掴み、乱暴に引き寄せる。


「あぁもう! いいから来い!」


 その瞬間、少女が居たはずの場所は、牛の頭をした鬼が振り下ろした棍棒により凄まじい爆発音と共に弾け飛んだ。



___




「はぁっ、はぁっ、も……無理……」


 つかんでいた手は離れ、少女は道路の真ん中で崩れるようにへたり込む。


「だらしねぇ……まぁこんだけ走れば多分平気か」


「おイ、こっちにイイ感じの場所があるゼ」


 ブルーが指さしたのは内部の大半が雨ざらしになっている崩れた民家。

 これだけ崩れていればさらなる倒壊の危険性は少なく、多少休む程度であれば確かに適した場所だろう。

 俺の感覚ではイイ場所とは程遠いが、道のど真ん中で息を切らしているよりは遥かにマシだ。


「おいガキ、そんな場所でへたり込んでないであっちいくぞ」


 俺はへたり込んだ少女に手を差し延べる。


「わ、私は……、ガキじゃないです……!」


 そんな俺に対して少女は反論し、ジトっとした目つきでこちらを見たあと、俺の手を取らずに立ち上がる。


「ぁ?」


「ガハハ! なかなか気の強い嬢ちャンじゃねェカ!

 そういうのは嫌いじャねェナ!」


 ブルーは俺が苛立つ様子を見て派手に笑う。

 さっき殺されかけてた相手だってのに懐のでかい奴だ、いや、何も考えてないのか。


「はぁ……んで、お前はいったいなんなんだ?」


 俺は雨風に晒され、ボロボロになった皮張りのソファを手ではたいている少女に話しかける。


「名前は? 同業者スカベンジャー……じゃなさそうだが、なんでこんなとこに?」


 俺は改めて少女の様子を観察する。

 恐らくは10代半ばくらいだろうか、見るものの目奪うような艶のある肌に恐ろしく整った顔立ち。

 慎重は小柄ではあるが、それに似つかわしくない大きめの胸。

 彼女はそのボディラインを強調するかのような薄く密着した白いボディスーツのようなものを着用しており、とてもじゃないが危険な行為の多いスカベンジャーの恰好とは思えない。

 

「……」


「はぁ、だんまりかよ」


「なァ嬢ちャン別に取ッて食いやしねェぜ、俺たチ」


「……わ、わかんないです……」


「はぁ?」


 ようやく開かれた口からは予想の斜め上の返答が発され、俺は戸惑う。


「わかんないってなんだよ、ふざけてんのか?」


「本当にわからないんです!

 だって……何も、何も思い出せないんだもん……!」


 薄っすらと目に涙を貯めながらキッとこちらを睨みつける。

 その真剣な様子から今の言葉が嘘であるとは思えない、だとすればこれは……。


「ははーン、俺様知ッてるゼ! 

 それ! 記憶喪失ッてやつだロ!」


 空気を読まず自慢げにブルーが口にする。


「ぁー……、自分の名前も覚えてないのか?」


 記憶を無くした少女は無言で俯く。


 本当に記憶喪失だとすれば《幻想混じり(ミックス)》の事や《幻想の住人(ファンタジアン)》を知らずにブルーを化け物と言った事も合点がいく。


 しかし記憶喪失か……どうしたものか。


「おいブルー、ちょっとこっち来い」


 俺は少し離れた場所へ移動し、ブルーを呼びつける。


「あンだヨ、どした」


「どうしたじゃない、どうするかの話し合いだよ」


「ア? 助けてやるんじャねェのカ?

 お前、記憶喪失みたいなミステリアスなの好きだロ」


「いやまぁ、気になると言えば気になるが……」


 ブルーに内心を言い当てられて言葉に詰まる。

 過去の事を探るというのが俺の生きがい、その延長線上のようなものなのか、俺はミステリアスなもの全般が好きだ。


「だが、それとこれとは話が別だ。

 こいつを助けたってメリットが無い、素人のガキを連れ回すリスクは付き纏うクセにな。

 それに助けるって一体どこまで付き合うつもりだ?」


「そりャ、記憶を取り戻すまでだロ」


「おい、それってつまり……」


 記憶喪失の人間の記憶を取り戻す明確な方法はない、いつどこで何をすれば記憶を取り戻せるのか分からない以上、期限が定まらない同行と言うことになる。


「あいつを俺様達の仲間にしよウ」


「はぁ……、本気か?」


 唐突なブルーの発言にため息をつく。

 

「俺様、最近ずッと考えてたんだヨ。

 俺様達のラジオには何かが足りねェッテ。

 でもナ、あの嬢ちャんを見た瞬間、ビビッと来たんダ、俺様のラジオに足りないのはそう、クソ可愛いヒロインだッてナ!」


「まぁあのガキが美形だってのはわかるが」


 ブルーは力強く言葉を続ける。


「役立つ情報、イカしたラジオパーソナリティの俺様、旧時代の最高のミュージック。

 そこに記憶喪失というミステリアスで可愛い最強ヒロインが加わッてみろヨ!

 どう考えても人気爆発だろォ!」


 目を輝かせ力説するブルー、これは間違いなく本気の目、こうなったこいつを説得するのは難しい。


 意見が合わない以上、やる事は一つしかない。


「お前の意見はわかったよ、だが俺の意見は助けるのに反対だ。

 リスクは背負わず、あのガキとはここでおさらば。

 ってわけであとはこいつに任せるしかないな」


 俺は懐から十円玉を取り出す。

 2人の意見が割れた時はコインで決定、決定した事については一切文句を言わず絶対順守。

 これは俺達が共に旅をして定めた唯一のルール。


「俺様は表」


 その言葉を聞き、俺は十円玉を空中に弾く。

 宙を舞う十円を俺から奪うようにブルーがキャッチし、指を開いて俺に見せつける。


 その結果を見て俺は振り向きながら少女に声をかける。


「おいガキ! コインに感謝しろ!

 お前は俺たちが助け……、って……おい」


 振り向いた先にあったのはボロボロのソファのみ。


「あいつ……逃げやがったぞ」



 

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