スカベンジ
「はぁー……」
俺は中空に漂う白い煙を見つめる。
旧時代の人間はタバコの煙で様々な技を披露できたと聞く。
スモークリング、ドラゴン、ゴースト、いろいろな技を試したが、俺は不器用なようでどんな技を何度やっても出来やしない。
「ふぅー……」
ほら、また失敗だ。
吹き出した煙はなんの形も成さずに空中に漂い消えていく。
そんな暇つぶしをしているうちにブルーの放った水弾が最後の鬼の頭を貫く。
「聞いてた話より全然雑魚だったな」
地面に捨てたタバコの火を足で消しつつ、一仕事終えたブルーに声をかける。
「俺様たちが強すぎンだロ、つか遊ンでンなら手伝エ」
「タバコ休憩は立派な仕事、って昔の文献に書いてあんだよ」
「昔の人間はクズばっかりだナ」
そういってブルーはその辺りの瓦礫に腰を降ろす。
「さ、この辺りの敵は一掃した事だし、俺たちスカベンジャーの本業、ごみ拾いと行くか。
ブルー、今日はどっちだ?」
俺は一仕事終えたブルーに声をかけつつ、ジャケットの裏ポケットを弄り、一枚のコインを手に取る。
表には平等院鳳凰堂、裏には10という数字が刻印された銅製のコイン。
現在は使われることのない旧時代の十円玉、という奴だ。
「俺様は表」
「んじゃ、俺が裏だな」
すぐさまコインを親指で弾き、空中でそれをキャッチする。
そしてブルーの見える範囲まで手を伸ばし、ゆっくりと手を開く。
開かれた指の隙間から数字が見えた瞬間、ブルーは頭を抱え天を仰ぐ。
「おい、まァたかヨ! 俺様四連続負けじャねェカ!」
「日頃の行いだな。
というわけで今日も民家から探索だ、商業施設は後回し」
「はァ……、こうなったらさっさと民家の探索終わらせようゼ!」
ブルーは立ち上がり、狙撃銃を肩に担ぐ。
「おう」
俺は相槌を打ち、外していたガスマスクを身に着けた。
___
鬼との戦闘地点から少し歩き、見つけたのは比較的状態の良い民家。
状態が良いといっても周囲の建物と比べてまだマシといった程度であり、その建物も外壁の一部は崩れ、植物のツタがこれでもかというほど生い茂っている。一見すると入り口がどこかすらわからないほどだ。
「おイ、この建物最近人が入った形跡があるゾ?」
俺より先に扉を見つけ、開け放った先の様子をみてブルーがそう判断する。
「聞いてた話と違うじゃねぇか、この辺りは危険地帯だからそうそうスカベンジャーも立ち入らない稼ぎ場だっつってたのに……」
この話はわざわざ金を払って得た情報なのに……あの野郎、騙しやがったのか。
俺たちはほかの同業者とは異なり金銭第一のスカベンジャーではない、だが騙されたとなると腹が立つ。
あいつ、戻ったら金を回収して一杯奢らせてやる……。
情報提供者である知り合いの顔を思い出し、そう決意する。
「どうすンだ、民家は諦めて俺の商業施設を漁るカ?」
「いや、どうせ俺たちの本命は他のスカベンジャーにとっちゃ大して価値の無いもんだ、ここも探そう。
ブルー、早く切り上げたいからって手を抜くなよ」
俺の苛立ちとは裏腹に若干嬉しそうな様子のブルーに釘を刺す。
「わァッてるヨ、先行くゼ」
そういってブルーの姿は民家の中に消えていき、俺もそのあとを追う。
「うぇ……、見ただけでくしゃみが出そうだな」
ブルーによって開け放たれた扉から民家に風が流れ込み、そこかしこに厚く積もった埃を巻き上げ、周囲の空気を白く汚す。
「まったく、なんでブルーは何もつけずに余裕なんだ」
自分はガスマスクが無ければ一呼吸すらしたくないのに……生まれ持った性質の差を嘆きつつ、玄関からすぐ近くの階段を慎重に上がる。
ギシギシと音をたてる階段とフローリングをゆっくりと進みながら最も近くの扉のドアノブに手をかけ、慎重に扉を開く。
「……敵の姿は無し。ここは寝室か」
ツインサイズのベッドの上には放り投げられたような状態の布団。
周囲に並ぶタンスから衣服が乱暴に取り出された跡。
部屋のいずれにも分厚く埃が被さっており、長い月日の間この扉が開けられていない事を物語っている。
この状態……かつての住人が家から急いで逃げだした時のままなのか、それとも俺たちのようなスカベンジャーに荒らされたのか、判別はつかないが特に金になりそうなものはない。
そう判断し、俺は次の部屋へと向かう。
先ほどと同様に慎重に、ゆっくりと隣の部屋の扉を開き……。
「お、当たりだな」
目の前に現れたのは倒れた書棚や片足の折れた仕事机。
床には書棚から溢れた本や文房具、それに朽ちた棚の残骸やガラス片などが一面に広がり、まさに足の踏み場もないような状態だ。
一見すれば金目のものなどなく、ゴミ置き場と間違われるようなこの書斎、だがここは俺にとっては宝の山。
どれどれ、どんな面白い書物があるかな。
漫画、小説、雑誌、学術書に専門書、金になるのは後ろ2つくらいの物だが、旧時代の調査を生きがいにしている俺にとってはどれもが価値のある本だ。
蹲み込んだ俺は近くにある本を手に取ってはめくり、状態の良いものを片っ端から鞄に詰め込んでいく。
「お! あるじゃねぇか!」
そんな中、一冊の本を手にとり、無意識のうちに喜びの言葉が口から漏れる。
手に取ったその本は豪華な装丁ではあるが中身の半分以上は白紙の一冊。
つまりは持ち主が書き記す事が前提の本、日記だ。
かつて繁栄を極めた旧時代、だがその時代が終わった一連の流れについては未だ不明瞭点が多い。
その理由を解明し、知る事こそが俺の目的。
その為にはかつて旧時代に生きていた人々の生の声が多く必要であり、そのためにも日記などの当時の出来事を記した資料が最も適しているのだ。
そんな貴重な資料を手にし、若干興奮気味にその日誌の最後に書き記されたページを確認する。
2049年 7月28日
あぁ、世界の終わりだ……。
予想はしていた、覚悟もしていた。
だが、実際に直面すると此処まで動揺するものなのか。
「これは……」
好感触な出だし。
旧時代の終わり、まさにその瞬間を記していると予感させるような始まりじゃないか。
新たな情報が得られるのではないか、その期待に胸を躍らせつつ続きを読む。
「ぇーと……、ついに娘にパパと一緒に私の服を洗わないでと言われてしまっ……た……、ぁー」
俺は日記を閉じ、苛立ちをぶつけるように日記を床に投げつけ、同時に叫ぶ。
「ゴミじゃねぇか……! ってなんだ!?」
「きゃぁぁぁああああああああああ!!」
俺の叫びと本が床にぶつかる音の両方が別の誰かの黄色い声によってかき消される。
そしてその直後ーー。
「なっ!?」
耳を覆いたくなるような爆発音と衝撃が俺を襲った。