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記憶の断片

 そこは幾何学模様の入った白い壁に覆われた、埃一つない空間。

 あたり一面に警戒を示す赤い光が明滅しており、周囲は不穏な空気に包まれていた。


「あれは持っているな?」


 そう話しかけてきたのは白髪混じりの男。

 厳しさの中に優しさを感じさせ、そしてどこか安心するような声の持ち主だ。


「もちろんです、父様」


 私は父の目を見つめ、胸から下げたロケットに触れる。


「なら良い。

 それは決して無くしてはならん、肌身離さず付けておけ」


「わかっていますよ、だってこれは……」


 そう、だってこれは私のーー。

 愛おしさすら感じるそのロケットを強く握る。


「これからやるべき事はわかっているな?」


「えぇ、まずは奴から逃げ延び、その後にすべての魔導石を集め計画を実行する。

 ……そうですよね」


「そうだ、この計画だけは何としてでも成し遂げねばならぬ。

 たとえ私、いや私たちに何があったとしても、私たちこ誰かがこの計画を成し遂げなければならん……!」


「父様……」


 血気迫る父の表情を見て不安が押し寄せる。

 本当に、成し遂げる事が出来るのだろうか……。


「そう不安な顔をするな、お前には母さんが付いている。

 それに、先に逃げた仲間もいるし、父さんだって後から追いつく。

 さぁ、お前に不安な顔は似合わない、別れの前に父さんにその可愛い笑顔を見せておくれ」


 その言葉を聞き、私は目に涙を浮かべながら、無理やりに口角をあげて笑顔を作る。


「あぁ、本当にお前は若い頃の母さんそっくりだな……」


 父は片手で目頭を抑え、もう一方の手を私の頭に添える。


「さぁ、もういけ。

 ……また会おう、愛する娘よ」


 頭に置いた手はゆっくり別れを惜しむように離れていく。

 そして長い別れを告げるよう、その手は私の背中を優しく押した。



___




「ぅ……」


 頭が軋むように痛む。


「ここは……」


 目の前に広がるのは先ほどとは打って変わった薄汚く朽ち果てた天井。


「大丈夫か?」


 いまだ夢が現実かハッキリしない寝ぼけた頭を無理やり起こすように、枕がわりにされていた鞄から頭を離す。

 頭は重い、だが身体には痛みはなく、何処かを打った形跡もない。

 恐らくは近くにいたシキが崩れ落ちる私を支えてくれたのだろう。


 上体を起こした時、私の頬に涙が伝う。


 そうか……父様はもう……。


 先ほどの記憶では確実な事は言えない、だが高い確率でもう会うことは無いだろう。

 正直って歯抜けの記憶、父への思い入れなんてほとんど思い出していない。

 それなのに涙が流れ、悲しい気分になるのは不思議な感覚だった。


「すみません、その……」


「次は倒れる前に教えろよ」


 お礼を言おうと思った矢先に飛んでくるのは嫌味。

 でもまぁ、悲しい気分に寄り添われるより今の私にはこっちのほうががずっといい。

 

「それが言えれば倒れてないですよ」


「はっ、そんだけ口が利けるんならもう大丈夫だな。

 で、何か思い出したのか?」


「……少しだけ」


 先程頭に浮かんだ光景、私が思い出せたのは本当にあの場面だけ。

 父との思い出や他の家族の事も思い出す事は出来ないし、やるべき事はわかってもその詳細や、どうしてやらなければならないのかがわからない。

 

 不完全な記憶にもどかしい思いが募る。

 でも、ほんの少しの記憶だとしても、とても大事な私の記憶であり、手がかりだ。


「これを見てください」


 私は手に握っていたロケットをシキに渡す。


「家族写真か?」


 ロケットに入れこまれているのは私の両隣に男女が並んだ写真。


「えぇ、今思い出した記憶では、その白髪交じりの男性が私の父。

 思い出してはいませんが、恐らくはそのとなりの女性が私の母だと思います」


「この写真……なんかどこかで見覚えがある気がするんだよな……、いや気のせいか、似たような家族写真なんて嫌というほど見てるし……。

 一応、知り合いの軍の関係者に聞いてみる」


「ありがとうございます」


 シキが両親を知っている、なんて都合のいい話には初めから期待してはいない。

 それに両親が生きている可能性はあまり高いとはおもえなかった。

 それでもやっぱり家族が見つかるに越したことは無い、だからこそ知り合いのいない私の代わりに情報を集めて貰えるのはとても助かる。


「本題はここからなんです、そのロケットの裏を見てください」


「ん……なんだこれ、宝石か?」


 シキは言われたとおりにロケットを裏返す。

 そのロケットの中心には小さな宝石がはめ込まれており、それを囲むようにして6つの穴があいている。


「それは魔導石というものです」


「魔導石……聞いたことないな。

 なんなんだ?」


「残念ながらそれがどういったものなのかは思い出せていません。

 ですが、以前の私はその穴の全てに魔導石を集め、なにかをする事が目的だったみたいです」

 

 魔導石が何なのか、全てを集めて何をするのか。

 肝心な記憶は依然として空白、それでも今わかる範囲で目的を定めて動き出す。


「だから……今の私も魔導石を探したい、そう思っています」


「思い出した小さな手がかりを目印に積極的に動く、その考え方は嫌いじゃぁない。

 だが、何の手がかりもなしにこんな小さな石を……、いや待てよ」


 シキは身体を翻し、何かをブツブツと呟きながら空中に表示されたキーボードに慎重に触れる。


「あのー……シキ?」


「このロケットの宝石とくぼみを足した数は7つ、さっき俺がみたあの光の数も……。

 やっぱりそうだ……おいナナシ、これを見ろ」

 

 そういってシキが指さすのは新たに空中に表示された半透明の画面。

 

「これは……?」


「この国の地図。

 といってもこれは地殻変動前の物だから今とは結構違うんだが、それよりもこの光だ」


 シキが指さすのは地図上に示された各地に点在する光。


「既にはまっている宝石と周りのくぼみを合わせた数が7、そしてこの光の数も7。

 さらに、極めつけはこの光だ」


 そういってシキは7つの光のうちの一つを指さす。

 

「ここ、この光の場所は今の俺たちがいる場所と大体一致している。

 これが偶然じゃないとしたら、これは既にはまっている宝石を示しているんじゃないか?」


「たしかに……!」


 確証はない、だが状況から判断するにこれが偶然とは思えない。


「まぁ、地殻変動のせいで大分地図も変わっているから目安程度にしかならないんだが……、まぁとりあえずメモしよう。

 データ破損のせいで文字化けしてなきゃ確証が得られるんだがなぁ」


「それでもないよりは全然いいですよ!」


 手がかりは全くないと思っていた。

 それこそ、砂の中から針を探すような状態で、手探りで探さなければならないと覚悟していた。

 だから想定外の手がかりの発見に心が弾む。


「まぁそうだな、よし他にも手がかりがないか探して――っておいなんだこの振動」


「ひゃぁっ!?」


 突如訪れる地鳴りのような振動。


「おい、なんか段々近づいてねぇかこれ」


「な、なんですかこれ!?」


 その振動は徐々に強さを増しながら、段々と私たちの方へと近づいてくる。


「あれっ、何か聞こえません?」


 振動による音にかき消されているが、よく耳を傾けると微かに聞こえる誰かの声。

 そしてどうやらこの声も同時にこちらに近づいている。


「……ロ……」


「この声……小さいがブルーか?」


「……げロ……げロ」


「ブルーさんですねこれ」


 振動と共に近づいてくるのはブルーさんの声。

 どうやらこの声は上階、この駐車場の上にあるショッピングモールの方から聞こえてくるようだ。


「あぁー……なんとなくこれやばいやつな気がするわ」


 シキが額に手を当て、そうつぶやいた途端、青い影が絶叫と共に崩れた天井から飛び降りる。


「逃げロ逃げロ逃げロお前ら今すぐ逃げロォォォオ!」


「ナナシ逃げるぞ!」


「え、なに、ぐぇっ」


 ぐるじぃ……。


 私は乱暴に身体を持ち上げられ、シキの肩に担がれる。

 そしてシキが走りだした瞬間――。


「ぇ”」


 崩れた天井の裂け目から飛来するのは見たこともない巨大な手。

 私達3人をまとめてつかむことすら容易なその巨大な手は、さっきまで私たちがいた空間を包み込み、あの謎の装置もろとも握りつぶす。


「中華風の衣装に巨大な赤い手、そしてここは地獄。

 だとするとあれはさしずめ閻魔大王ってところ……。

 ってそんなことより、おいバカ犬てめぇなにとんでもねぇもん連れてきてんだよ!」


「この辺一掃したからいると思わなかッたンだもン!」


「慎重に探索しろよ! せっかくの手がかりがぶっ壊れちまったじゃねぇか!」


「ガハハッ! 悪ィ!」


「あぁああ! もうとにかく逃げるぞ!」


「あ、の、せめてもうすこし、マシな体勢で、ふぐっ」


 私の意見は聞き入れられず、目まぐるしく景色の変わる逃走劇が始まる。


 思えば目が覚めてからは逃げ通し、記憶の中でも誰かから逃げ、そして今もまた逃げている。


 きっとこれからの旅もいっぱい逃げることになるんだろう、今度からは自分で走れるようにならないとなぁ……と強く思いつつ、私はお腹の苦しみに耐えるのだった。

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