馬頭鬼
作戦第二工程、分断。
成功。
全力疾走の最中、顔面に猛烈な蹴りを入れられた馬頭鬼。
こちらを強く睨みつけ、涎を飛ばしつつけたたましい雄叫びを上げる。
「はっはっはっ、そんなにむかつくか?
なんてな。違うよな、お前は俺を無視できないんだよな」
普通、顔面に蹴りを入れられてムカつかない奴などそうはいない。
だが、《幻想の住人》に関しては話が違う、何故ならこいつらには感情がないから。
《幻想の住人》は基本的に魔力反応が高い人間を狙う性質がある。
本来であれば魔力を身体から排出することが出来ない俺は極めて優先順位が低い存在だ。
だがそれはあくまで基本的に、という話だ。
奴らに感情はない、だが学習はする。
戦闘中に脅威となる敵がいれば優先的に排除を試みるし、魔力反抗が高くても戦い慣れていない者は後回しにしてもよいと判断される。
だからこそ、先日の俺の攻撃を受け、危険度が高いと判断した馬頭鬼は俺の事を無視する事が出来ない。
「中途半端に頭がいいと苦労するねぇ」
そして《幻想の住人》は学習能力はあるが情報を共有するという行為が出来ない。
それ故に軽くちょっかいを出す事で馬頭鬼だけが俺をねらう、という状況を作り出すことができるというわけだ。
「んじゃ、始めようぜ」
俺はコンクリートに亀裂が入るほどの踏み込みのあと、瞬きの間に強烈な打撃を複数お見舞いする。
人が相手であれば一撃で命を散らしたであろう攻撃の連打、だが馬頭鬼はその攻撃に怯むことなく手に持ったな大ナタで応戦する。
「ははは! 痛えなおい!」
大ナタの一撃を紙一重で回避すると同時に距離を取る。
粉砕されたコンクリートが拳大の破片が頭部に当たり、ガスマスクが弾け飛ぶ。
だが、痛みととも流れる血は俺の気分を高揚させるスパイスのようなもの。
「テンションあがるぜ」
気持ちは昂るが冷静さは忘れない、それを忘れた者から戦場を去る事になるのだ、俺はそう教え込まれている。
今までの俺の攻撃から導き出した結論、それは正面からの殴り合いでは勝ち目がない、という事。
魔力発露不全、魔法を使う事が出来ない代償に強力な身体強化を行う事が出来る先天性の疾患。
常人に比べれば俺の身体能力は遥かに強力、だが純粋な火力比べでは決して魔法の威力には敵わない。
「ならば狙うはカウンターぁ!」
俺の力は特別ではない。
通常の人間であっても、魔力を体や武器に纏わせる事で威力や頑強さの強化を行うことが出来る。
だが、俺の力は単純に威力や頑強さを強化するだけでは無い、持久力に治癒能力、さらには視力や聴力の強化も可能となる、これこそがこの疾患に与えられた利点。
その利点を活用し、俺は魔力を瞳に集中させ、動体視力を向上。
高速で迫りくる大ナタを視界に捕らえる。
「おらおらどうしたぁ!
そんなクソみてぇに鈍い攻撃あたんねぇぞ!」
高速で繰り出される攻撃、強化した動体視力を用いれば避ける事は容易い、だがその攻撃を掻い潜ってカウンターを与えることは至難の技だ。
であれば地形を利用し相手の攻撃を誘導する。
俺は敵に狙いを悟られることの無いよう、ギリギリでの回避を続けながら徐々に後ろに下がっていく。
「さぁそろそろ反撃の時間だぁ!」
たどり着いた目的地、そこは両側を建物で囲まれた狭い路地。
本来の敵の膂力であれば建物を削りながらナタを振るうことは容易い、だがそれは武器を充分に振るうスペースがあっての話。
両側に充分なスペースが確保できない状況では自然と選択肢は限られる。
馬頭鬼はナタを持った腕を高く振り上げ、身体を弓なりにしならせる。
今まで見たこともないようなタメ、恐らくはその攻撃の勢いで建物ごと俺を粉砕する、そんなつもりなのだろう。
「いいねぇ! こいよ! こっちもフラストレーション溜まってんだよ!」
瞬間、音を置き去りにした速度のナタが振り下ろされる。
「おらぁああああああああ!!」
掠っただけで確実な死が待つその斬撃、それと同時に俺は強く踏み込み、馬頭鬼に向かって飛び上がる。
斬撃と交差するように、繰り出したのは鍛え上げた自慢の膝。
いわゆるとび膝蹴り、という奴だ。
その攻撃は馬頭鬼の一撃の威力に俺の全力を重ね合わせた威力をもって相手の顎へと直撃し、周囲を吹き飛ばすかの如き振動と頭部を打ち砕く鈍い音が鳴り響く。
頭を失った巨体は、衝撃で倒壊した建物と共に崩れ落ちる。
「ぁー……、楽しかった」
横たわった巨体が消滅するのを横目でみつつ、俺は胸ポケットから取り出したタバコに火をつける。
「ふぅー……やっぱ強い奴との戦いは上がるな」
白い煙を口から吐き出し、文字通り一息ついた瞬間、遠方からはまばゆい発光。
その少しあと後、耳を塞ぎたくなるような凄まじい轟音がと大地を揺らす振動が訪れる。
「ぅぉっ、派手にやってんなぁ。
当たってなかったら悲惨だぞあれ」
タバコを口にくわえつつ、吹き飛ばされたガスマスクを瓦礫の中から拾い上げる。
「どっかにタバコの自販機ねぇかなぁ」
俺は周囲を見ながら仲間の元へ歩き出した。