バカとヤニカス
『ォ次はァ! リスナーの皆さまからのお葉書を読んでいくゼェ! 』
「はー……、うるせぇなぁ……」
左手でハンドルを掴み、右手でタバコを蒸しながら俺はぼやく。
苛立ちの原因は後ろから聞こえる独特な喋り方の濁声。
今現在俺が運転している大型のオフロードキャンピングカーの居室空間の住人であり、俺の相棒の声だ。
聴き慣れた声ではあるのだが、騒音というのはどれだけ慣れても苛々する。
原因はそれだけでは無い、ケツが、それと身体のあちこちが痛い。
かつては美しく舗装されていただろう道路は地殻変動と経年劣化によりガタガタに荒れ果て、そこを走る振動がケツ通じて身体に伝わり、地味なダメージを蓄積していく。
「ぁー、早く身体動かしてぇ」
『ァー、まずはペンネーム《ギャラクシーマサオ》さんからの…』
そろそろのはずなんだけどな……と思いながら前方に目を凝らす。
探しているのはある看板、かつてその名を全国に轟かせたという大型ショッピングモールの看板だ。
「お、あれじゃね?」
目に入ったのは殆ど塗装の剥げた巨大な看板。
だが俺は若干残ったピンクの色を見逃さない。
『ぇー何々、ブルードッグさんのおすすめのお店はどこですか?
そうだなァ、俺様のおすすめはずばり……』
タバコの煙を肺に取り込み、短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
「ブルー! 自作自演の葉書きなんて読んでないで準備しろ! そろそろ付くぞ!」
「な、おいちょっとまてシキ! これは自作自演じャねェ! れっきとしたリスナーからの……」
「住所不定の移動ラジオにどうやって葉書送んだよ、馬鹿いってないでさっさと降りるぞ」
ブレーキを踏み、道のど真ん中で車を止める。
路上駐車もいいところだが、咎めるものは誰もいない。
『ァー……リスナーの皆、予定を変更してここからはミュージックの時間だァ!』
俺はダッシュボードに乱雑に置かれたガスマスクを手に取り、装着しながら車を降りる。
扉を閉めた車から漏れ出すのは大気を震わすような爆音。
「今日はロックか」
「いいだロォ! ロックは最高だ! 魂にくる!」
そういいながらドアを乱暴に開け放ったのはパーカーを着た大柄の男、ブルードッグことブルー。
彼は車からギターケースを下ろし、勢いよくドアを閉める。
「ロックだけじゃないだろうに。
お前いつも音楽なら何でも最高って褒めてるだろ」
「事実だからなァ、旧時代の音楽ってのはなんだって最高だゼ」
そういいつつ、ギターケースから取り出すのは銃剣が取り付けられた狙撃銃。
M24……だっただろうか、かつての自衛隊が使用していた銃らしい。
昔ブルーから聞かされたのだが、あまり興味がなかったのでうろ覚えだ。
ブルーはその銃の銃口を天に向けつぶやく。
「じャ、いくゼ」
「あぁ、始めてくれ」
俺の返事と同時に銃口から打ち出されたのは圧縮された小さな水弾。
水弾はある程度の高さまで打ちあがったとたんに弾け、周囲に小雨が降り注ぐ。
いつみても羨ましい……俺には使うことが出来ない超常的な力、魔法だ。
「来るゼ」
小雨となって拡散する魔力におびき寄せられるように、崩れ落ちた建物の合間から複数の異形が現れる。
人間と同じような体系だが2mを大きく超える体躯、頭部に生える角に鋭い牙。
肌の色は赤や青に黒と様々であるが、皆一様に片手にはとげの付いた棍棒を所持している。
「あの《幻想の住人》は……鬼だな」
「鬼ィ?」
俺の言葉にブルーが疑問の声を上げる。
「あぁ、古来の日本で有名な化け物の一種だ。
病気や地震、それに火事。いろんな災い、悪い事全般の理由として考えられたりしていたんだとさ。
旧時代で爆発的に人気になった漫画とかにも出てたらしいぜ」
「はーン……で、弱点ハ?」
ブルーは興味なさげに実用的な事を訪ねてくる。
「豆」
「はァ?」
「魔を滅するっていう言葉遊びだな。
魔を射るという語呂合わせで、炒った豆を投げつける、そうすると鬼は逃げだすんだとさ。
鬼は外ーっ、って叫びながら投げると効果アップだ」
口を大きく開けて間抜けな顔をするブルーに対し、俺は豆知識を披露する。
豆だけに。
「ァー……」
ブルーは片膝をき狙撃銃のスコープを除く。
「豆鉄砲でいいカ?」
相棒の動きに合わせ、俺も身体に力を籠める。
「どうせ相手もぱちもんの鬼だ、それで十分だろ」
俺の言葉が終わるより少し早く、ブルーは銃身の中で圧縮された水弾を射出。
それに合わせるように俺も足に魔力を籠め、走り出す。
一瞬の後、最も近くにいた鬼の頭部に水弾は命中し、その頭に風穴を開ける。
鬼たちはそれを確認し、すぐさま水弾の発射地点にいるブルーに狙いを定め、反撃のために動き出す。
だが、その動き出しの直後、俺の拳が鬼に突き刺さる。
肉と骨を砕く鈍い音と共に爆発のような衝撃が走り、100kgを優に超えているであろう鬼の肉体を吹き飛ばす。
その勢いを殺さずに俺は身体を回転させ、すかさずもう1匹の鬼へと後ろ回し蹴りを放ち、着弾。
蹴りの直撃と同時に再び衝撃が辺りに走る。
先ほどと同様に身体を砕かれた鬼は吹き飛び、その身体は廃墟の壁に叩きつけられ、壁と共に砕け散る。
だが、鬼も黙ってこちらの攻撃を受けているわけではない。
目の片隅に移るのは狙いをブルーから俺に変えた一匹の鬼。
仲間の死に一切の感情を持たず、機械的に振り上げた棍棒を俺に向かって叩きつける、俺はあえてその攻撃に突進し、腕を抱えて背に乗せ投げる。
かつての時代の武術、柔道で言うところの一本背負い、という奴だ。
俺はそのまま鬼を別の鬼にぶつけるように叩き付ける。
一連の流れが終わるまでわずか数秒。
通常では考えられない威力と高速の動きを可能にしているのは、俺の特性。
魔法が使えない代償に、魔力を燃料として使える超身体能力だ。
「鬼はァ外ォー!」
後方からの掛け声とともにブルーの水弾が再度打ち出され、俺の背後で棍棒を振り被っていた鬼の頭部が破裂する。
周囲に見える敵の数はあと3匹。
いずれも若干距離がある、これはブルーの間合いだな。
「なぁにふざけんてんだよブルー、罰として残りは任せた」
「ナァ!? お前が言えって言ったんだろうガ!」
「俺は言え、とは言ってない」
ブルーの抗議を聞き流し、俺はタバコに火をつけた。